iTunes で 『クリミナル 2 人の記憶を持つ男』 をみた。 家族の記憶のエピソードには大いに泣かされたし、 荒唐無稽な SF 設定を割引けば悪くない筋書きだった。 結末は腑に落ちなかった。 たしかに CIA 職員は善人だったろうし犯罪者はいないほうがいい人間だ。 かといって CIA 職員は死んだのだし、 犯罪者が社会病質になったのは前頭葉の損傷が原因であり、 その障害の治療法として SF 的な設定が用意されたのではなかったか。 であればあるべきハッピーエンドは、 善人の記憶を移植して前頭葉を正常に発達させ、 人間としての機能を回復することであるはずだ。 社会病質という障害が消え失せることではあっても、 CIA 職員が犯罪者に取って代わることではない。 CIA 職員の視点・主観で物語が進行するのならそれもありだったかもしれない。 犯罪者視点の映画ではどうもしっくりこない。
家族の記憶のエピソードで泣かされつつも腑に落ちなかったといえば 『ゴースト・イン・ザ・シェル』 もそうだった。 『クリミナル』 と違ってこちらは見どころが少ない。 桃井かおりの演技くらいだ。 全体にひどい出来でありながら彼女だけはよかった。 おそらく SF 的な意匠を盛り込みすぎたのが失敗の要因だろう。 押井守のアニメ映画が成功したのは切り詰めた表現のおかげだった。 ハリウッド版はまるで冴えない素人の二次創作作品を見せられているかのようだった。 タルコフスキー的な鏡像イメージのオマージュにも必然性がなかった。 ああいう描写は主題を象徴する意味があって初めて成立するものだと思う。