やっさもっさ
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やっさもっさ

舞台は横浜。志村亮子は才気と実行力を買われ孤児院「双葉園」の運営に奔走する。そこへアメリカ人実業家、文芸評論家、婦人運動家と三流プロ野球選手など、個性的な人物が集まりドタバタ劇が始まる。一方、夫の志村四方吉は戦争による虚脱症で無為の生活を送っているように見えたが…。戦後の社会問題を巧みに取り込み、鋭い批評性と高い諧謔性で楽しませる傑作。


¥825
筑摩書房 2019年, Kindle版 頁
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著者: 獅子文六

(1893年7月1日 - 1969年12月13日)日本の作家、演出家。多くの作品が映像化された。1961年にNHKでテレビドラマ化された『娘と私』は、連続テレビ小説の第1作となった。1963年、日本芸術院賞受賞、1964年芸術院会員、1969年文化勲章受章、同時に文化功労者となる。

2020.
07.18Sat

やっさもっさ

打ちのめされた。日本版の『サイダーハウス・ルール』だ。細部に至るまでじつによく取材して書かれている。JAZZが米語譲りの泥臭い俗語として描かれる事実からもそれは窺われる。そりゃ書かれた時代が時代だから言葉や書かれようはひどいよ。現代の人権感覚に照らしてひどいとしかいいようのない箇所も多出する。心臓を突き刺されたように感じる箇所や吐き気を催す箇所もやたらある。何もこんなひどい書きようをしなくたっていいじゃないか、と苦情を述べたくなるのも数カ所に留まらない。ごく当たり前の人間を、生まれないほうが幸福であったかのように捉えたり、あまりにもあからさまな優生思想であったり。でもそれは当時のありのままの現実に取材して書かれたのだとわかる。そのような書きようもまた当時の日本人男性なりの誠実さだったのだ。バドガールめいた意に沿わぬ扮装をさせられて占領軍から性暴力に遭うシュウマイ売りであったり、優生思想を声高に訴え避妊法を説いて同性のセックスワーカから笑われるフェミニストであったり。獅子文六は物事を、人間をちゃんと見ている。ほんとうのことをしっかり見て、嘘をつかずに書いてある。現代日本の作家にはこれがない。できても出版が許されない。これがわたしには腹立たしくてならない。作家も出版人も恥ずかしくないのか。七十年近く前の小説に、あんたらの仕事は政治的な意識において遠く及ばないんだぞ。シスジェンダーの中年男性であるわたしの主観でしかないけれど、獅子文六は日本の作家でもっとも生身の女性を描くのがうまい。美化することも貶めることもなく、いいことも悪いこともありのまま、地に足のついた、生きるのに懸命な、血の通ったひとりの個人として書いている。人間の弱さ、惨めさ、哀しさ、そこから這い上がるしたたかさを目をそらさずに書いている。なぜ現代日本の作家は、出版は、それができないのか。なぜ過去の偉大な作家にしかそれが求められないのか。われわれはそのことを深く恥じ入らねばならない。希望を窺わせつつも苦い結末はビリー・ワイルダー『アパートの鍵貸します』を思わせた。いつだって時代は若い男女につらく当たる。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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