D.I.Y.出版日誌

連載第42回: 書いて読みたいだけなのに

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2017.
03.08Wed

書いて読みたいだけなのに

絶版にした本を体裁を変えて出し直すべきか検討したあげく断念しましたセルフパブリッシングサービスの利用者あえて作家や出版者とは呼びませんをアジろうとして数年前に書かれたものです恥ずべき失敗でした要するに孤独だったのだと思いますいもしない仲間を探してつまらないものにむりやり価値を見出そうとしていました自主出版物の質は向上せず本と読者の出逢いもつくれなかった上に多くの悪意を集めました低品質な本との関連づけが自著に残りましたとはいえ読書や出版について考える試みは必要な通過点だったと思います重要ではないものに見切りをつけこれまで行ってきた読書の価値にあらためて気づけましたいまは愉しんで読むという原点に立ち返ろうとしていますそれが自分をつくってきたと感じるからですよくも悪くも

この十年で本の読み方は変わりました最大の変化は印刷物の制約から免れつつあることですひとたび Kindle (「火をつけて燃やすという意味があるそうですに慣れてしまうと戻れません気になったらすぐ読みはじめられます暗くても読めるとりまわしが楽など自由が増えた分だけ没頭できますところがおもしろそうな本の話題が流れてきても印刷版しかないので読めないことが多いのです紙の本ではたかが文字を読むために印刷して断裁して折って製本して運んで倉庫や問屋やさまざまな場所を経て店に並べて日中その場所に足を運んで家まで持ち帰るもしくはだれかに運ばせるといったまわりくどい手間を求められます読むのに照明やめがねも必要ですし姿勢や持ち方も限定されます置き場のない狭い部屋に机や椅子がほしくなります文字を物体に定着させ置かれた場所まで赴いてはじめて成立する読書は時間と場所に恵まれたひとびとだけに許された贅沢です都会で昼間の仕事に就いていなければ享受できません宅配業者の負担を思うと通販で買うのも気兼ねしますそもそも大手通販サイトで珍しい古本や ZIN ・リトルプレスならまだしも紙の新刊を買いたくないそこにはすぐに読める便利さもなければ実店舗のような偶然の出逢いもありません

効率よく利益を最大化するには売れるものばかり目につかせて売れないものは埋もれさすしかしゼロに限りなく近い確率で売れるので排除はしないのが最適解です売れていないものは売れにくく利益を出しにくいものであり売れているものは売りやすく利益を出しやすいものだからですしかし読書はそもそもが効率と相反する愉しみであって効率重視のアルゴリズムとは必ずしも相性がよくありません。 「売れたものをもっと売る発想で設計された書店は読書の出逢いの場にはなりにくいのが現状ですたとえば Amazon では Youtube や Spotify のようには関連づけもお薦めも機能しておらずランキングはもちろん売れ行き順に並べただけですそのやり方では多くの読者にとって関心のない本しか表示されませんほしいものを検索して買う指名買いには適していてもぶらっと立ち寄って気に入った本を買うといった使い方はできませんライトノベルが得意な出版社が経営する某書店にいたってはアニメの絵がついた本しか売るつもりがないかのような印象すらありますいい悪いではなく単にそうした書店がわたしのニーズに適さないのです

あるひとはニーズがなければ嗤われ淘汰されるといいましたどの視点に立ったニーズでしょうかわたしは効率優先の書店にとってニーズのない読者ですそんな読者にとってニーズのない書店はどうなりますか嗤われ淘汰されるのはどちらでしょうかといいつつも Kindle はやはり便利なのでニーズを満たしてくれる日を待ち望みます素直に従順に


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。