D.I.Y.出版日誌

連載第36回: セルフパブリッシングは出版の可能性を広げたか

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2017.
02.21Tue

セルフパブリッシングは出版の可能性を広げたか

日本語でセルフパブリッシングの情報交換をする場が事実上存在しないAmazon のフォーラムはあるが機能しているとはいえないのは初心者にとって残念なことです出版の一手法でしかないのでやりたければ他人に訊かずに自分で調べればいいとはいえるかもしれませんそれでも権威とされる情報源が業者の利権がからんだひとたちばかりでは誘導される先は必ずしも読者や著者/出版者を利するとは思えませんAmazon の提供する情報は公平ですがローカライズが不充分な翻訳文でいささかわかりにくいそもそも彼らは書店のひとつでしかありません

なぜ書いたり出版したりするかといえば読書のためですさまざまないい本を読みたいセルフパブリッシングは従来の手法よりも出版の可能性を広げるかもしれませんしかし残念ながら現状は従来出版の欠点を助長する方向で発展しています読者と作家ではなく業者の都合が質よりも効率が地方よりも中央が読むことよりも世渡りが優先されますセルフパブリッシング時代の到来で当レーベルが夢みていた出版のありようは読書の多様性作家の自主性魅力や資質を引き出す編集地方で読んだり書いたりすること時間をかけた本づくり独自の価値や視点、 「ひとそれぞれの事情に寄り添うこと⋯⋯などなどだったのですが実際にはそれらとは真逆のものだけが尊重されそこになじめないものはただ排除されるばかりか上から目線でばかにされたりひどいときには権威者やその取り巻きから恫喝されたりします

最近はあえて流れに抗おうとは思わなくなりましたつまらない世の中とはかかわりたくないそのような場で受け入れられたところで嬉しくありません書店のランキング表示を眺めてあの場に好きな本や自著を並べたくなるひとがどれだけいるでしょうかもちろん大人の事情を使いこなして世の中をわたるひとたちもストアのアルゴリズムやそれに対する攻略法も別にまちがったことではありませんそういう商売に単にわたしがなじめないだけです人脈やアルゴリズムを相手にした世渡りゲームを好むひとがいるようにそれとは真逆を好むにすぎません読書や出版にはひとそれぞれの自由があっていいそれだけの話ですかたや世間で尊重されかたや赦されないという違いはありますがそれだってどう感じるかは自由です好きなようにやればいい

他人がどうでもよくなったのは気にするだけの価値があるひとにあまり出逢えていないせいです自分の出版活動には現状少しも納得できていませんがそれでも何か上を見て向上したいと思ったときに目標にしたい相手がなかなか見つからないのも事実です。 「こんな活動をしたいとかこんなものをつくりたいとか思わせてくれる存在がほとんど見当たらないこれは批判ではなく単なる個人的事情です人格 OverDrive はきわめて私的な出版レーベルですからしかしその事情を突き詰めていけば近いものを実現できているのは結局のところ少数読者に向けた出版をおこなう余力のある大出版社だけだったりします編集の重要性がセルフパブリッシングではないがしろにされがちという事情もありむしろ可能性を広げる余地があるのは従来出版かもしれないとさえ考えます少なくとも彼らには条件がうまく噛み合えばいい本をつくれる実績がありますこれまで読んできた本わたしという人間を形づくった本は彼らの商品ですしね


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。