D.I.Y.出版日誌

連載第325回: 何がおもしろいの?

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2021.
07.31Sat

何がおもしろいの?

十代の夏、エイミー・トムスン『ヴァーチャル・ガール』やパメラ・サージェント『エイリアン・チャイルド』といった性暴力や DV を題材にした傑作 SF を読んだ。奪われたものを取り戻さないことに幸福を見出すそれらの結末を、当時は理解できなかったけれどいまなら正しいと思える。理解できなかったのはおれ自身、虐待によって社会的能力を奪われていて、取り戻すことでしかエンパワメントできないと思っていたからだ。だから若い頃はずいぶん無理をしたし、苦しむだけだとわかったいまでさえも、本を売るために twitter に適応しようと見込みのない努力をしている。でも結局のところ、奪われたものは取り戻せないし、取り戻せたふりをして傷を掘り返して、つらい思いをするだけだ。自分にとってよくないことだと見定めて、距離を置くのがいい。そういう幸福もあるのだと学んだ。そうした理想郷を描こうとしたのが『ぼっちの帝国』だった。この本のなかで主人公たちは、苦手な社会と距離をおいて自分たちなりの生き方を見出そうとするのだけれど、その努力そのものが社会の怒りを買って、焼き打ちにあう。彼らの「家」は灰になり、主人公は精神を病む。実際、この本はだれからも評価されなかった。それでおれは意欲を失った。期待がなければ落胆もない。がっかりしたのは、出版したからには売らねばならなかったからだ。つまり社会から離れる幸福について書いた本を出版することで、あべこべに社会と関わらねばならなくなった。できないことを無理にすれば心を病む。書いて出版することはこの矛盾から免れ得ない。出版の成功には交流が不可欠だという。政治家や演歌歌手の挨拶回りと同じだ。書く暇があればソーシャルメディアで交流しろとある作家は説いた。それは現代の出版における常識になりつつある。誰も本になど関心はない。知っている人の本だから、知っている人が褒めたから読まれる。名刺を配り顔を売れ。他人とうまく関われないから本を読み、書いて出版する。読まれなければ出版したことにはならない。そのためには交流せねばならない。社会的能力がなければ読まれない。顔を使い分けてよく思われなければ。器用に世渡りできるくらいなら本なんか読みもしないし、まして書いて出版したりなどしないのに。交流が許されるのはごく一部の、社会的に価値があると見なされた人だけだ。話しかけたつもりなどなくとも引用リツイートの通知が飛ぶだけで迷惑行為として指さされ、取り巻きに寄ってたかって石で打たれたりする。それはビデオゲーム化された名刺交換会であって、交流技能が支持者や共有数といった得点として可視化される。生身の社会生活での交流と異なり、物理的な制約を免れることで技能の多寡が増幅される。恵まれた者はより成功し、持たぬ者は機会を抑制されるばかりか、迂闊に他者の前に表示されると暴力と見なされる。最適化されたユーザがイディオムめいた定型文で会話しているのは以前から気づいてはいたけれど「twitter 構文」なる言葉が本当にあるとは知らなかった。しかもそのことについて調べていたら「twitter 言い回し 気持悪い」なる検索候補が表示された。適応できているユーザの方が少数なのでは。そこまで厳密に個性を排除して定型化するのであれば生身の人間が投稿する意味はないのでは。 AI の自動生成でいいじゃないか。それも雑な人工無能の水準で通用しそうだ。そして違和感をおぼえるユーザが検索候補になるほど存在するのにそこまで定型化が求められる場とはなんなのか。もはやテキストボックスは要らないんじゃないのかな。ツイートボタンをクリックすれば人工無能が適切な「構文」で自動生成すればいい。生身の人間の投稿なんて厄介のもとでしかない。なんなら人間が読む必要もない。時間と手間のむだだ。映画はもはや娯楽としてではなく交流の手段として消費される商品となったと耳にする。その交流においてさえも人間性は求められず、アルゴリズムへの最適化を妨げる夾雑物として排除されるのであれば、そうしたものこそアルゴリズムが代替すべきだ。ファスト映画ならぬファストソーシャルメディア。

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(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

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