この作品は物語だ。 この本の内容はフィクションで、 ウッツ男爵などという怪しい人物は実際には存在しない。 それなのに私はこの物語の内容をすっかり信じ込み、 面白い人物がいたものだと感心しながら読み終え、 巻末の解説を読んで盛大に脱力した。 簡単に騙されてしまったのは、 単に私がそそっかしく西洋史に疎いせいも大いにあるだろう。 しかしそれを割り引いて考えても、 この物語に描かれるウッツ男爵やその周辺の人々の姿や当時のチェコの様子が見てきたような存在感で書かれているので、 まんまと信じてしまったのだ。
幼い日に、 祖母の家のガラス戸棚の中に並んでいた道化師の陶器人形に魅せられ、 父を亡くした年のクリスマスにそれを贈られてから、 ウッツは陶器を 「救う」 ことを一生の仕事とすることを決める。 陶器を愛し、 集め、 コレクションを守ろうとするウッツ。
ナチスによる支配が影を落とす時代の騒乱さえも利用して一大コレクションを集め、 決して広くも豪華でもなさそうなアパルトマンの一室に陶器を飾るウッツ。 チェコが社会主義国家になり、 コレクションを没収されるかもしれない危機をうまく乗り切るウッツ。 欲しいものを手に入れたりピンチを切り抜けたりするのに優れた機転を効かせることのできるウッツの頭脳明晰さと度胸の良さには感心させられる。
ウッツの周辺の人々も、 なんとも人間臭い魅力がある。 ウッツの友人でハエとマンモスの研究をしているオルリーク。 両親を失い不遇な生活をしていたところをウッツに拾われた家政婦のマルタ。 ウッツの部屋の階下に住む狂った元オペラ歌手。 そして、 ルドルフ皇帝のような蒐集家に興味を持っていたためにウッツを紹介され、 食事を共にし、 ウッツの自宅に招かれ素晴らしいコレクションを目にした語り手の 「私」。
ウッツの最後、 歩んできた道、 ウッツ自身のキャラクター、 そしてウッツを取り巻く人々や、 ウッツの生きるチェコの空気や街の姿。 みな陰気で仄暗く妖しく胡散臭く、 それ故の魅力に満ちている。
読み終えて、 これがフィクションであるならば、 結末をベタベタにして愛の物語にしたり、 ウッツ亡き後の陶磁器の行方を明確にすることでサスペンスとしてのすっきりした解決を与えることも出来ただろうと思ったが、 むしろそうでないところがこの物語の良いところだとも思った。 物足りない、 中途半端だと感じる方もいるかもしれないが、 そういうところこそを私は好ましいと思う。
この物語はウッツの葬式の場面から幕を開ける。 参列者がオルリークとマルタのたったふたりという寂しい葬式に、 ウッツの晩年はどんな惨めなものだったのかと、 蒐集に取り憑かれた者の哀れな末路を想像しながら読み進めていった。 しかし最後、 ウッツとマルタらしき夫妻が郊外の村に出かけていく姿や、 ウッツの葬式でのマルタの計略を知り、 ウッツの晩年は存外幸せなものであっただろうと想像させられた。 ラストシーンにはマルタの愛と矜持を感じて胸のすく思いがした。
晩年のウッツは陶磁器への執着を無くしたのだろうか。 その答えは、 語り手の 「私」 がウッツ亡き後に陶磁器の行方を追い、 複数の人物の証言からおそらくこうであろうと想像したことからしか想定できず、 あいまいにぼかされている。 ウッツは愛を得たことで陶磁器への興味を失ったと素直に解釈することもできるが、 私はむしろ逆なのかもしれないと思った。
自分が亡き後、 陶磁器が美術館に押収されないよう手を下したウッツは、 最後まで自分のコレクションに執着していたのではないか。 自分以外の誰にも、 絶対に渡してなるものかという執着。 蒐集という病の業の深さを感じた。
そしてこの物語の影の主人公は、 他ならぬチェコという国だろう。 ウッツが療養を口実にたびたび飛び出したチェコという国。 政治に翻弄され、 自由がなく、 陰気な顔しか描かれていないのに、 どういうわけかこの物語を読んでいると、 そんなチェコの暗い石畳の小道を歩いて路地裏に迷い込んでみたくなる。 ウッツが嫌悪して何度も出ていきながら、 何度でも戻ってきた母国チェコ。 国に対する複雑な想いと、 それでも故郷を愛する国民の姿が、 この物語からは伝わってくる。
国の事情に翻弄される人々の姿と、 それでも好きな物を蒐集したり研究したりする自由を手放さない強かさ。 監視社会の中でも僅かな自由を見いだし、 時代の流れや権力の動向を見据えて上手く立ち回り、 好きな物事や人のために生きたウッツたちの姿。 人はそう簡単に権力に屈したりはしないし、 何かの支配の下でもそこから何らかの形で逃れる術を見つけて好きに生きることができるという希望を、 この物語は示している。
いつの時代のどんな立場の人も、 日常にささやかな幸せを見いだすことは誰にも止められないし、 心の中は自由だ。 この物語はチェコの暗い時代を生きる人々へのエールだったのではないだろうか。