ウッツ男爵
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ウッツ男爵

幼き日、祖母の館でマイセン磁器の人形に魅せられたウッツは、その蒐集に生涯を捧げることを決意する。第二次大戦中、そして冷戦下のプラハで、ウッツはあらゆる手を使ってコレクションを守り続けた。ひとりの蒐集家の人生とチェコの20世紀史を重ねあわせながら、蒐集という奇妙な情熱を絶妙の語り口で描いた小説。


¥1,540
白水社 2014年, 単行本 221頁
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チェコの暗い時代とコレクターの執念が鮮やかに描かれる。

ウッツ男爵

この作品は物語だこの本の内容はフィクションでウッツ男爵などという怪しい人物は実際には存在しないそれなのに私はこの物語の内容をすっかり信じ込み面白い人物がいたものだと感心しながら読み終え巻末の解説を読んで盛大に脱力した簡単に騙されてしまったのは単に私がそそっかしく西洋史に疎いせいも大いにあるだろうしかしそれを割り引いて考えてもこの物語に描かれるウッツ男爵やその周辺の人々の姿や当時のチェコの様子が見てきたような存在感で書かれているのでまんまと信じてしまったのだ

幼い日に祖母の家のガラス戸棚の中に並んでいた道化師の陶器人形に魅せられ父を亡くした年のクリスマスにそれを贈られてからウッツは陶器を救うことを一生の仕事とすることを決める陶器を愛し集めコレクションを守ろうとするウッツ

ナチスによる支配が影を落とす時代の騒乱さえも利用して一大コレクションを集め決して広くも豪華でもなさそうなアパルトマンの一室に陶器を飾るウッツチェコが社会主義国家になりコレクションを没収されるかもしれない危機をうまく乗り切るウッツ欲しいものを手に入れたりピンチを切り抜けたりするのに優れた機転を効かせることのできるウッツの頭脳明晰さと度胸の良さには感心させられる

ウッツの周辺の人々もなんとも人間臭い魅力があるウッツの友人でハエとマンモスの研究をしているオルリーク両親を失い不遇な生活をしていたところをウッツに拾われた家政婦のマルタウッツの部屋の階下に住む狂った元オペラ歌手そしてルドルフ皇帝のような蒐集家に興味を持っていたためにウッツを紹介され食事を共にしウッツの自宅に招かれ素晴らしいコレクションを目にした語り手の」。

ウッツの最後歩んできた道ウッツ自身のキャラクターそしてウッツを取り巻く人々やウッツの生きるチェコの空気や街の姿みな陰気で仄暗く妖しく胡散臭くそれ故の魅力に満ちている

読み終えてこれがフィクションであるならば結末をベタベタにして愛の物語にしたりウッツ亡き後の陶磁器の行方を明確にすることでサスペンスとしてのすっきりした解決を与えることも出来ただろうと思ったがむしろそうでないところがこの物語の良いところだとも思った物足りない中途半端だと感じる方もいるかもしれないがそういうところこそを私は好ましいと思う

この物語はウッツの葬式の場面から幕を開ける参列者がオルリークとマルタのたったふたりという寂しい葬式にウッツの晩年はどんな惨めなものだったのかと蒐集に取り憑かれた者の哀れな末路を想像しながら読み進めていったしかし最後ウッツとマルタらしき夫妻が郊外の村に出かけていく姿やウッツの葬式でのマルタの計略を知りウッツの晩年は存外幸せなものであっただろうと想像させられたラストシーンにはマルタの愛と矜持を感じて胸のすく思いがした

晩年のウッツは陶磁器への執着を無くしたのだろうかその答えは語り手のがウッツ亡き後に陶磁器の行方を追い複数の人物の証言からおそらくこうであろうと想像したことからしか想定できずあいまいにぼかされているウッツは愛を得たことで陶磁器への興味を失ったと素直に解釈することもできるが私はむしろ逆なのかもしれないと思った

自分が亡き後陶磁器が美術館に押収されないよう手を下したウッツは最後まで自分のコレクションに執着していたのではないか自分以外の誰にも絶対に渡してなるものかという執着蒐集という病の業の深さを感じた

そしてこの物語の影の主人公は他ならぬチェコという国だろうウッツが療養を口実にたびたび飛び出したチェコという国政治に翻弄され自由がなく陰気な顔しか描かれていないのにどういうわけかこの物語を読んでいるとそんなチェコの暗い石畳の小道を歩いて路地裏に迷い込んでみたくなるウッツが嫌悪して何度も出ていきながら何度でも戻ってきた母国チェコ国に対する複雑な想いとそれでも故郷を愛する国民の姿がこの物語からは伝わってくる

国の事情に翻弄される人々の姿とそれでも好きな物を蒐集したり研究したりする自由を手放さない強かさ監視社会の中でも僅かな自由を見いだし時代の流れや権力の動向を見据えて上手く立ち回り好きな物事や人のために生きたウッツたちの姿人はそう簡単に権力に屈したりはしないし何かの支配の下でもそこから何らかの形で逃れる術を見つけて好きに生きることができるという希望をこの物語は示している

いつの時代のどんな立場の人も日常にささやかな幸せを見いだすことは誰にも止められないし心の中は自由だこの物語はチェコの暗い時代を生きる人々へのエールだったのではないだろうか

(2022年12月29日)

寝る前の読書を愛する本好き。趣味で一箱古本市に出たり、ツイッターで本をオススメしたりしている。人格OverDriveに憧れてダメ元でお願いしたら書かせて頂けることになってしまい震えている。永遠の前座。
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AUTHOR


ブルース・チャトウィン
1940年5月13日 - 1989年1月18日

英国の作家。シェフィールド生まれ。サザビーズに勤めたのち、エジンバラ大学で考古学を学び、新聞社の特派員をへて作家活動に入る。南米、西アフリカ、オーストラリア、プラハなど世界各地を舞台に小説を発表。第1作『パタゴニア』はイギリスのホーソンデン賞、E・M・フォースター米国芸術文学アカデミー賞などを受賞、ニューヨーク・タイムズ・ブックレヴュー最優秀書籍に選ばれる。

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