知らないともだち
第1話
私の中には、 大きな空洞がある。
最近、 昼食を食べた後、 インターネットの動画を観るのが日課になっている。 最新の話題に関する動画、 視聴者を笑わせにかかる動画…画面上、 流れる映像を観て、 自分の感情を動かさなきゃと身構える。 しかし私の顔の筋肉はほとんど反応しない。 次にスマートフォンでインターネットの記事を見る。 目に入った文字は、 私の脳を素通りしていく。
これが午後から夕方までのルーティーン。
一度だけ夫に尋ねたことがある。 私が無気力になったのはいつからかと。
夫は、 五年前に知り合った頃からそうだったと答える。 当時、 夫にとっての私は 「けだるい雰囲気」 の女性で、 イベントコンパニオンという仕事をしていたこともあって、 高嶺の花に見えていたようだ。
「あのときは、 こんなきれいな人と付き合えるなんて夢みたいと思ったんだけどな」
夫はため息をつく。
私と夫の視線が重なることはほぼない。 テレビを見ながらふたりで食事し、 順番にお風呂に入り、 寝る。 家族である夫と会話が少ないのは気楽だ。
子どもが欲しいと思ったこともないし、 夫も私に求めてこない。
淡々と日常は過ぎる。 休日も夫はずっと家にいない。 私もどこに行くのか聞かない。
ただ興味のない動画、 頭に入らない文章を読むルーティーンを、 平日と同じように繰り返す。
こんな私でも好きなことはいちおうある。 堅いフローリングの床に寝ころび、 頭や背中からかすかな痛みを感じること。 目の前に広がる、 変わらないクリーム色の天井を見つめること。 いつかはばからしくなるはずの、 何の役にも立たないことを私は大事にしている。
「世の中のすべてのことはいずれ飽きるから、 生物は死ぬようにセッティングされてるのかも」
なにげなく夫にそう言ったとき、 夫は私の言葉を独り言として処理し目をそらした。
食欲、 睡眠欲、 排泄欲。
私がまだ人間であることの証拠のように、 生理的欲求が自分の中で存在しているのが不思議だ。 性欲は、 私の体から省かれているようだけど。
性的欲求をインストールするにはどうすれば良いのだろう。
床に寝ころんで天井を見つめる日々は、 夫に見捨てられれば失う。 結婚前、 夫は性欲をかきたてられて私に惹かれたのだし、 恩返しとして私も性欲を得なければならない。
考えを重ねたあげく、 毎日のルーティーンのついでに、 夫のアダルト動画を見始めた。 男の上で女が動き、 時にはそれがさかさまになり、 肌と肌のこすれ合う様子がまぶたにこびりつく。 一度それを見て吐き、 「私の中には何もないわけではなかった」 と安心した。
直後、 アダルト動画を見ていることが夫にばれてパソコンのパスワードを変えられた。
今の日常とこんな自分に嫌悪感を抱くべきだろうか。 なぜ私は自分の人生を捨てられないのだろう。
その日の午後二時頃、 私はいつものように床に寝そべり、 天井を見つめて過ごしていた。 毎日見ている天井に、 私はなつかしさも感じている。 子どもの頃にどこかで同じような天井を見たことがあるのかも知れない。
そんなことをぼんやり考えていると、 インターホンが鳴った。