杜 昌彦

GONZO

第29話: Triple Dog Dare

書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2021.08.03

娘たちがまだ幼かった夕食時に姫川事件十周年の特番が流れたことがある夕食時に夫がいたからには休日だったのかもしれない食事中にテレビをつけたがる人間の心理がわたしには理解できないその気になれば必要な情報はインターネットで得られる時代にわざわざ字幕ばかりの下世話な空騒ぎを好む心理も数分もあればインターネットで片づく手続すら夫は自分でやりたがらない帰宅するまでにやっておけよと命じ自分ばかりが苦労しているとでもいいたげな渋面で帰宅してし損じがあれば罵倒するだけだ不機嫌になられるのが厭だったので逆らうのは交際中にやめた
 気がそれて遊びはじめる幼児の口へ泥のような食品を突っ込む努力を放棄して席を立ち苛立った怒声と泣き叫ぶ声放送局が元同級生を貶める音声を背にしながらトイレで吐いた映像の多くは十年前の使いまわしで目の前の光景が当時の食卓に重なりおかげであれほど逃げ出したかった家庭を醜悪な戯画よろしく再現している事実に気づかされた会話はまして笑顔などなくあるのは息を詰めたような沈黙金属的な騒々しい音声咀嚼と嚥下の音父親の機嫌を損ねないために母親が子どもらを叱責する囁き……あんな女にだけはなるまいと誓った母親に自分がなった家族の前に盗撮画像が大写しになりしたり顔のコメンテーターと司会者がストックホルム症候群云々とほのめかす食べる暇がないので胃液しか出なかっただれもわたしを気遣わなかった多くの日本人にとって永遠に十代でありつづけるであろう同級生の顔が抱えた便器の前にちらついた
 進学を機に家を出て戻らぬことを決めたのは同級生の失踪から二ヶ月目大型特番が放送された夜だったかもしれないあの頃にはさまざまな憶測があたかも事実のように公然と報じられた襲撃犯によって拉致され殺害されたとの見方が大半だったが実は襲撃時に殺害されていて遺体の損傷が激しく識別できずにいるとも噂された自殺を図ったとの説もまことしやかに報じられたその噂は字幕と効果音煽情的な音楽出演者の嘲りでバースデイケーキさながらに飾り立てられたおかげで家族と縁を切ることだけを目的に進学し就職し結婚してかけがえのない家庭なんて存在せぬのを知るはめになる地獄を抜け出るために地獄を再生産しただけだ彼の絵の呪いが別なかたちで作用したのかもしれない
 情報提供を涙ながらに訴える姫川工業社長の姿は切り貼りされ改変されネットミームとして増殖した教室ではお調子者が物真似をして喝采されたやがて姫川尊本人が保護されたことで苦く変わるそのクリームにだれもが蟻のように引き寄せられた実際には生徒のだれひとり安否を気遣ってなどいなかったのに動揺を収めねばとでも考えたのだろう放送の翌朝学級活動で担任はかけがえのない命云々とあたかもどこかに教則本が存在して大学の必修科目にでも指定されているかのような定型化された説教をした
 大人たちのその言葉を聞くたびに若き日のわたしは奇妙に感じた彼らにかけがえのないものとして扱われた経験がなかったからだなぜ彼らは大切にしていない相手に対してそんなことを信じてもいない空疎な概念を説いたのだろう厄介ごとに巻き込まれたくなかっただけではないか地上へ叩きつけられたり浴槽で手首を切ったりした遺体はだれかが片づけねばならない迷惑だから見えないところで死んでくれというのが本音ではないか当時の大人たちよりも歳をとったいまでも疑う気持は変わらないむしろ迷惑という本音のほうがいう側いわれる側ともに身に染みて感じられる
 遠くから見るだけだった同級生が殺し屋と逃避行をしていたあの頃生命のかけがえのなさにはあからさまな格差があった女性よりも男性が若者よりも老人が優先された老いた男たちは足を踏みつけた相手に頭上から説教した言葉を発するな身の程をわきまえろとその演説は女たちのだれよりも長くつづいた疫病は若者のせいにされ望まれぬ五輪開催は利権のために強行されワクチンはだれよりもまず老人のために確保された行政窓口がオンライン化されるまでに四半世紀は猶予があったはずなのにインターネットが普及しはじめた頃には老人でなかったはずの男たちは身のまわりの世話を身分の低い人間にやらせるのに慣れきっていて携帯やパソコンで自ら予約するのを侮辱と捉えたつながらないコールセンターで彼らに罵倒され人格否定されるのは順番がまわってくるまでに感染して死ぬかもしれない若い女たちだった
 水力発電において高低差がエネルギーを生むように人間の価値における格差が企業を儲けさせる彼らの一員である政治家は金と票のために格差を拡大させるわたしたち一般人はそのための燃料にすぎないし政治家やマスコミといった大人たちが発するメッセージもまさにそのことだ綺麗ごとは抜きにして実際かけがえのない人間など世の中にどれだけいるのだろうか政治家の自己愛やメディアの幻影にしか存在しないのではないか芸能人や人気アカウントにしても広告代理店やアルゴリズムによって機会や権威が与えられるから価値があるかに映るにすぎないその証拠に彼らのかけがえのなさは決して長続きしない
 これまでの人生で出逢っただれひとりとして他人と交換のきかぬ生命はなかったわたしが別な人間であったなら両親も夫もこれまでに勤めてきた職場の上司や同僚も喜んだろうしわたしにとっての彼らもまた似たようなものだった社会病質の冷血漢とは思われたくないので断っておくけれど娘たちを大切に思ってはいる姫川尊と梶元権蔵のふたりが大勢の他人にしたようなやり方で彼女らを喪ったなら立ち直れぬほどの痛手を被るに違いないしかしそれは社会によって適正と定義された家族を維持するために若さを犠牲にして産み育てたわが子だからだ親の欲目を棄てて公平に捉えれば娘たちもまたいくらでも代わりの利く凡庸なその他大勢にすぎない肉体的な痛みを経験しなかった夫は同じ血が流れていてさえもわたしほど彼女らに関心がないかに見える
 知る範囲であえていえば姫川尊だけは違ったのかもしれない彼はわたしたちとは確かに違った美しさや高い知能に価値を見出す社会通念からすればまずまちがいなく特別だったし他人の尺度など通用せぬ揺るぎない何かがあるようにさえ感じられたしかし彼にしても他人から求められるのは容姿であり若い肉体であり報道やソーシャルメディアの虚像であり虐待によって記憶に刻まれた文字列コードでしかなかった内側に何があろうとだれも関心を向けなかったそれどころか目を背けられたわたしも無数の加害者のひとりである事実を否定しない彼は特別だっただがそのかけがえのなさはだれからも求められはしなかった姫川尊がほかのだれでもない彼自身である必然性はこの社会においてひとつもなかった
 メディアは見せたいものを見せる見せられた客はそれを全世界と信じる自らの意思と信じて操られるひとびとは国家や企業にとって都合がいい従順な彼らは自分自身であることを手放さぬ者を許さないそのようにして姫川尊は制裁されたあの頃の大人たちが説いたように本当に命にかけがえがないのならなぜ彼はあのように無残に消費されたのか姫川事件は疫病とともにわたしたちの世代を定義した毎日机を並べて授業を受けていながらマスクの下の顔も知らない他人はだれとどのように交流するかで自分の価値を規定するための手段であり記号でしかなかった
 けばけばしい字幕がテレビに煽情的な見出しが紙面に踊るのを昨日のことのように思い出すそれらはアンプに近づけた集音器さながらにソーシャルメディアと相互作用したあぶくの内部に反響するかのように増幅されあたかも裏づけのように報道に再利用された煙を立てる意欲に火をつけられたひとびとはアルゴリズムに操られるまま大喜利よろしく競い合って十代の被害者を貶めた姫川工業と関連銘柄の株価は襲撃事件の直後こそ乱高下したがどれだけ耳を塞いでも姫川の名を聞かぬ日がないせいかやがて高騰が常態となった事件を題材としたとおぼしきワンルームの幸福なるBLもののウェブコミックは数百万リツイートされ大手出版社から書籍化されると同時に休日の情報番組で紹介されタレント推薦の帯をつけて全国の書店に平積みされてたちまちのうちに増刷され重版された
 担任の演説は同級生らの熱意に油をそそいだ報道が規制されていたとはいえ指先の悪ふざけで数多くの警官を無残に屠ったとは夢にも思わぬ彼らは既読の途絶えたタイムラインを勲章のように見せびらかしテレビのなかの美少年を掌で操った事実を自慢したやがて教師たちまで生徒に媚びるように被害者をネタにして笑いをとるのが日常風景となったあからさまに耳を塞ぐ勇気はなかったわたしは教室の片隅で視線を落としときには生き延びるために愛想笑いさえ浮かべたそして十年後に便器を抱え驢馬のいななきを連想させる勝者らの声を聞いた
 十代のわたしはテレビに映る尊の家族にずっと違和感をおぼえていたとりわけ父親とその横に立つ秘書らしき人物に生理的な不安を感じたなぜなのかそのときはわからなかった事件のあらゆる背後が掘り返され語り尽くされた今に至るも確証はないしかし概ねそのようなことであったろうとさまざまな専門家に推測されてはいることだし身勝手な妄想を交えてわたしなりの結論を記そうこの文章を記す今までわたしは姫川尊に非現実的な夢を託して彼だけは違うと思おうとしてきたそうすることで生にしがみついてきたしかしあるいは彼もまたかけがえのなさの面ではわたしと大差ない人生だったのかもしれない物語が終盤にさしかかった今初めてそう思えるようになった彼が読んだらどう思うかわからないけれど
 どうかな姫川君?


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
ぼっち広告