透明な対象
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透明な対象

さえない文芸編集者ヒュー・パーソンは、スイスに住む大作家Rのもとを訪れるため列車に乗り込んだ。車内で同席した若く美しい女性アルマンドに心惹かれた彼は、やがて奇妙な恋路へと足を踏み入れていく。ナボコフ一流の仕掛けが二重三重に張り巡らされ、読者を迷宮へと誘い込む最後の未邦訳作品、待望の刊行。


¥2,000
国書刊行会 2002年, 単行本 207頁
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もやっとする

読んだ人:杜 昌彦

透明な対象

恋愛のくだり要る? というのが最大の感想発達特性が偏っているのは自分だけではないと思いたくてナボコフを読むのだが特有のエピソードは本作でもてんこ盛りで夢遊病で未来を幻視して妻を殺害しその経験を再現し追体験するために手の込んだ自殺油を撒いたのはだれか夢遊病の彼かもしれないし未知の第三者かもしれないしおれが読み落とした何かなのかもしれないけれどをしたりといった夢遊病と既視感のはざまを行ったり来たりするような感性や唯一神であることをついうっかり忘れる聖書の神のような亡霊たちの語りはおれにはなじみ深いもので安心させられるおれも虐待されていた子ども時代たびたび夢遊病の発作を起こしていた成人してからは治まったはずだが眠るおれを観察しうる人間がいないので本当のところはわからないルビー色の格子を通した光景といった比喩など実際に試した経験がなければ伝わらないしそのような個人的な経験をあたかも万人の共通認識であるかのように取り違えるところも発達障害らしい。 『ロリータにも出てきたからよほどお気に入りのイメージなのだろうがそうした他人にはわからない着想に執着するあたりもおれだけじゃないと安心させられる感性の偏りだしかし不可解なのは筋運びの配分だ。 『スワン家のほうへのパロディめいた退屈さを耐え忍びプロット上の駒としての主人公実際の主人公は語りそのものが妻を殺害するくだりに達してしまえばようやく意図が見えやすくなり夢遊病だの遺伝だのといった発達障害あるあるエピソードや光学的現象への偏執的な関心といったいかにもな感性をパズル的な仕掛けに転化するおもしろさを楽しめるのだがあいにくその時点で本は終盤に近づいているいかにもそこに作劇上の主眼があるかのような見せかけの恋愛エピソードは長編であれば商売上の魂胆から豊かに盛り込んでよかろうし、 『アーダなんかではあまりにも露骨なやっつけ感とともに実際にそれをやっているがそれはあの大長編だから成立したのであってこの短さでは機能しないのが見え透いている普通なら削るか全体を厚くするかどちらかにしていたはずだなのになぜこんな風に書いたのか単なる配分ミスではなくナボコフは実際にあたかも定型発達者のように本気でなんの疑いもなしに書いたのではないかと思えて不安になるだったらそれはそれで仕掛けのほうが余計になりやはりなんだか腑に落ちないこういう違和感気持悪さをあえて残すのが作家のやり口なのかもしれない

(2022年02月26日)

(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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AUTHOR


ウラジーミル・ナボコフ
1899年4月22日 - 1977年7月2日

帝政ロシアで生まれ、欧州と米国で活動した作家・詩人。米国文学史上では亡命文学の代表格の一人。自作の翻訳も手がけ、大小を問わず改作を多く行ったのみならず、その過程で新たに生まれた作品も存在する。