杜 昌彦

GONZO

第13話: レイピストを殺す機械

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, 投稿日時: 2020.10.28

 第一報では姫川邸を襲撃したのは単独犯とされた。男が複数名を殺傷して逃走中という。やがて殺害されたのは家族や使用人、及び通報で駆けつけた警官数名ということになり、金品を強奪した末に、猥褻と身代金目的で姫川尊を略取したとの設定も加わった。テロや脅迫の可能性も論じられた。会長と社長の不在時を狙った犯行とも、本来の標的は彼らであったともいわれた。犠牲者数や現場の凄惨さが判明するにつれ辻褄が合わなくなった。死者のおよそ半数が県警の特殊部隊であることも判明した。数時間後には武装集団を率いていた設定にすり替えられるが、主犯はあくまで梶元権蔵とされた。単独犯だろうが何だろうが、武装した特殊部隊を含む大勢の凄惨な遺体が見つかったのは紛れもない事実である。そしてその犯行をなし得たのは梶元権蔵のほかにあり得ぬのもまた確かだった。しかしそれはそれでおかしな話だ。送電線は切断され、停電に備えた地下発電設備までもが破壊されていた。屋内は非常灯の明かりしかなかった。いくら熟練の殺し屋で、サングラスで闇に目を慣らしていたとはいえ、暗視スコープを着けた特殊部隊を相手にナイフ一丁で立ち向かえるものだろうか。何もかも理屈に合わない。まるで子ども騙しのお伽噺だ。本当は何が起きたのか。宗一郎と直継の姫川親子、及び彼らの秘書細谷は、偶然にも(とこの時点ではしておこう)遅くまで本社ビルに留まっていて難を逃れた。この夜の姫川邸を生き延びたのは、加害者のゴンゾを除けば姫川尊ただひとりで、その彼は口をつぐんで行方を眩ました。だれにも知り得ず正す者もなければどう語ろうが自由だ。肚をくくって話を前章のつづきに戻そう。
 闇のなかから出現した殺し屋に、見張り役のふたりは狼狽した。丸腰で無抵抗の民間人を殺害する訓練しか受けておらず、闖入者は想定していなかった。ましてやコスプレ芸人の扱いに指示などあろうはずもない。いち公務員たる警官は独断で行動はできない。それぞれ銃を構えてはみたものの、射殺どころか誰何すいかも威嚇射撃もできなかった。人間を殺すのは怖くない。銃口を向けて引き金に力を入れるだけだ。殺したのは自分ではなく命令であり銃ということになる。怖いのは組織における失態だ。何をしてもしなくても上官に叱られるのが怖かった。何か異常があれば無線で連絡しろとは命じられていた。と同時にくだらぬことで騒いで作戦を邪魔するなとの言外の意図もふたりは上官の態度から感じていた。何が異常で何が異常でないのかわからなかった。短銃しか支給されなかったほうは考えた、漫画じみた扮装のデブ中年は確かに異常だ。かくも荒唐無稽な人物はあまりに場にそぐわない。現実とも思えなかった。緊張のあまり幻覚を見て騒いだとあれば叱責どころでは済まない。ボーナスの査定や昇進に響く。せっかく出世の足がかりとなるような作戦に参加させてもらえたのに、愚かしい失態は許されまい。上官の想定した異常事態には該当せぬと彼は判断した。何も見なかったことにするのがいちばんだ。小学生のとき同級生が駄菓子屋で万引きするのを見たときも、深夜の繁華街で黒いワゴンへ引きずり込まれる女を見たときもそうしたじゃないか。
 短機関銃を持つ地元育ちのほうが少し賢かった。該当するもせぬも上官が決めることだ。無線で指示を仰ごうと考えた。しかし実行に移す前に忘れた。おそらく自分がだれで何をしているかさえも忘れていたろう。思いついたときにはすでに眉間にナイフが突き刺さっていたからだ。破壊された脳の関心事はそちらへ移った。男の両目が刃を見つめたかと思うと、ぐるりと回転して宙を向いた。喉からはかすかにうーんと息が洩れた。膝の力がぐにゃりと抜けた。何が命運を決めるかわからない。油断して暗視スコープを引き上げたりしなければ、高価な光学機器の破損だけで済んでいたはずだ。わずか数センチの差が生死を分けた。光増幅装置の円筒とナイフの柄、三本の角を額に生やして彼はよろめいた。その様子をもうひとりが唖然として見つめた。風のように歩み寄ったゴンゾはくずおれる男からナイフを抜き、もうひとりの頚を掻き切った。切られた男は白目を剥いて何かいおうとした。ごぼ、と濡れた鈍い息がマスク越しに洩れた。間欠的な血飛沫をあげつつ彼は仰向けに倒れた。薄れる意識に月が見えた。ゴンゾはひらりと身をかわした。すでにお気づきかもしれないが彼はいつもこの動作をやっている。お気に入りの三つボタンスーツを汚したくないからだ。やることなすこと雑な割には妙なところで潔癖症なのだ。前途有望なふたりの若者が異変に気づいてから死ぬまで二秒とかからなかった。人間の運命はかくも短いあいだに激変する。
 岡山出身の男が握っていたのはスミス&ウェッソンのM三九一三だった。遺体の服で刃を拭ったゴンゾは、その銃も拝借して腰のベルトに突っ込んだ。離れに侵入するのに足音を潜めたりはしなかった。近所のコンビニにカップ酒でも買いに行くかのようにぶらぶら歩いて行った。税金で訓練されただけの素人集団だと気づいたからだ。教団の「悪夢っ子組」で生き残れなかった軟弱な連中と同じに思えた。恩人たる田澤老人がいかなる意図でこの騒ぎに巻き込ませたのか、ゴンゾは理解に苦しんだ。あの狸親爺のことだから予期していたに違いない。だからこそ家庭教師などというふざけた名目で下調べに派遣したのだ。そこまでは見当がつくがその先がわからない。歳を喰って足手まといになった子飼いの殺し屋を切り棄てる、というのであればもっと洗練されたやり口があるはずだ。手間も金も流れる血もすべてが無駄だ。そしてあの強欲な年寄りは無駄を何よりもきらった。これは親爺からの謎かけだ。その答えがおれにはわからないと彼は思った。姫川邸に向かう車内で連絡を取ろうとしたが田澤老人は電話に出なかった。こちらからかけて出たためしがない。連絡を取りたければ直接出向くしかないが、先のことはあとで考えることにした。
 ふたりの警官がMP五を構えて立っていた。どちらの男も順調すぎる成り行きにいささか拍子抜けしていた。国家反逆を企てる悪党の巣だ、実践では何が起きるかわからない、油断するなと散々脅されてきたが、緻密な予行演習をくりかえした襲撃計画は毛ほどの狂いもなく進行していた。所詮は民間人、思ったより簡単じゃないかと彼らは思った。マスクで息苦しくなるほどの運動でもなかった。七分後には予定通り退却し一時間後には解散して祝杯をあげていられるはずだ。ひとりは次の賞与と昨年建てた家のローンを思い、もうひとりは婚約者に電話で労われることを考えていた。ローンを気にする警官の背後の闇から太い腕が伸びた。結婚を控えた警官の耳に何か生理的に不快な音が聞こえた。振り向くと相棒は消えていた。名を呼びたかったが声を発することは禁じられていた。彼は血相を変えて左右の暗がりに素速く銃口を向けた。そして命令に反して声をあげた。背後から頚をかっさばかれたからだ。間欠的な血飛沫をあげながら彼は血溜まりにばったりと倒れた。
 ゴンゾの耳に悲鳴が聞こえた。少女とも少年ともつかぬその叫びはミコトの声に相違なかった。怒号や下卑た笑い声、何かが倒れる音。昼間ミコトが絵を描いていた応接間からだ。その手前にふたりいた。邪魔だなとゴンゾは思った。量販店ルックの家政婦が悶え苦しんだ形相で壁にもたれて座り、絶命していた。その屍体を銃口でつついて検分していた男の頚をゴンゾは背後から掻き切った。さすがの不可視性も目の前で同僚を殺害されては有効ではなかった。もうひとりがゴンゾに向けて発砲した。ゴンゾは砂袋のようにぐんにゃりした男の屍骸を盾にして撃ち返した。遮蔽物としては役立たないがまともな人間は同僚に首の新しい口を見せつけられたら戦意が失せる。人生の最後に見る光景が大写しで迫る仲間の屍骸であるなどとこの警官は予期しなかった。正義の味方がことごとく悪漢に殺される映画など観たことがなかったからだ。
 母屋では死にかけた男が無線連絡を試みていた。握り締めた無線機に何も訴えることはできなかった。薄れる意識に同僚の声と、それに発砲するような音も聞こえた。応接間では武装警官のひとりが応答せぬ同僚に呼びかける。そこへ二発の銃声。飛び込んできた肥満漢に男たちの視線が集中した。視線を集めたゴンゾが見たのは彼らではなくその上官数名だった。さらにいえばその数名の尻だった。社会病質の殺し屋ですら嫌悪を抱く光景だった。画架が倒れ鉛のチューブやパレットや絵筆が散らばり、開け放たれた窓からは冷たく湿った夜風と月光が流れ込み、カーテンがはためいている。市民を護るはずの警官らによっていかなる指令、いかなる軍事的意図においてそのような行為がなされたのか、数十年後の語り手であるわたしにもわからない。漫画じみたデブの殺し屋よりも遥かに支離滅裂で、荒唐無稽に思えるが、しかし現実の戦場やテロにおいては、往々にしてそのような犯行が、組織的かつ計画的に行われるのも歴史が証明するところである。それは標的の魂を引き裂き、踏みにじって、いいなりにするための実証された効果的な手段なのだ。
 この夜、数名の民間人を交えた県警特殊犯罪テロ対策課の行動班が、わが同級生に行った犯罪は、言葉にしてみれば極めてばかげて感じられる。暗視スコープを装着し短銃を手にした屈強な男が三名、下半身を丸出しにして姫川尊を組み伏せていた。さらに四名が周囲を固めて銃を構え、ひとりが携帯無線機を手にして固まっていた。昼間と同じ黒ドレスの少女/少年は、集団で床に押さえつけられながらも鬼のような形相で抵抗していた。わが同級生の美貌を称えるにやぶさかでないが、しかし人間としての尊厳を奪われたこの夜の姫川尊は、お世辞にも美しいとはいえなかった。整っているはずのその顔は恐怖と絶望に醜く歪んでいた。そういうものだ、との事実はどうか心に留めておいていただきたい。その顔を見てもまだ昂奮できるのは性欲ではない。それは悪意であり支配欲であり、世界を害そうとする邪悪そのものなのである。


(1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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