いうまでもなくタダジュンの装画にひかれて読みはじめた。 つまらなくはなかった。 愉しめる箇所もいくつかあった。 しかし心から 「おもしろかった」 とまではいえない。 なんだか説得力のないテレビゲームのような、 地に足の着いていない、 匂いも温度も手応えも感じない、 それでいてお上手な印象だけ受ける小説だった。 『メッセージ』 や 『ブレードランナー 2049』 といったドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の SF 映画と同じ感触だ。 このところこういう作品に出くわす機会が増えた。 優等生的でお上品で、 人間味を感じない。 つまらないとまではいえない程度に巧いのがまた厭な感じがする。 もちろん小説は作り話なんだから、 地に足なんか着いてなくてもいいし嘘くさくても構わない。 基本的には人間を描くものだけれど、 必ずしもそうでなくてもいい。 人間性が欠如しているからいいものもあれば、 人間とは無関係にいいものもある。 なんでもありなのだ。 それに下手よりは巧いほうがいいに決まっている。 なのになぜかしっくりこない。 読んでよかった、 とまでは思えない。 宣伝文では安部公房に喩えられているけれど似ているとは思わなかった。 よくないときのポール・オースターを思わせる瞬間もあったが、 あの薄ら寒さはない。 村上春樹のように感じる場面もあったが、 あのぐねぐねした気色の悪さはない。 何かに喩えているようだけれども、 自然に湧き出た表現というよりは、 あくまで技巧としてほのめかしたにすぎず、 意図も意味もないかのような印象がある。 単に真実味がないだけではない。 捉え方がずれているというか、 言葉で捉えられぬものを捉えようという発想がそもそもない気がする。 関心のある場所が異なるのだ。 そもそも関心などどこにもない。 あったことも、 あったほうがいいと思ったこともない風だ。 おれはまさに消えゆく地方都市に暮らしている。 そこでは何もかもが同じでなければならない。 暴力はあるが喧嘩はない。 若くて元気なやつはみんな出て行く。 互いに牽制し合うつまらない年寄りしか残らない。 なのでなぜこの小説の登場人物がだれもかれもが元気に大騒ぎして喧嘩するのかわからない。 ちぐはぐな感じがする。 何も考えはなく、 ただ思いついたから書いたかのようだ。 確かに小説に考えなど必要ない。 意図も意味もない技巧的なほのめかしだって構わない。 思いついたから書くのでちっとも構わない、 はずなのだが⋯⋯。 外部からの承認を求めながら閉塞してだめになっていくガールフレンドは、 まぁなるほど現代的ではあるのかなと思った。 でも元気に大騒ぎしている時点で、 どうかな。 なんだか違う。 なんというか小説にはある種の切実さがあったほうがいいような気がするんですよ。 少なくともおれには必要だ。 小器用だから上手に書けました、 と見せられても、 ふうん、 と感心二割、 だからなんなのと困惑八割といった感じだ。 世間的にはスマートに立ちまわればそれでいいのだろう。 オーストラリアの作家だそうだけれど、 歴史を遡ろうとするときの根無し草感みたいなものは、 そういえばピーター・ケアリーも書いていたなとは思う。 でもケアリーのような深みや豊穣さはやはり微塵も感じられず、 褒められるよう上手にほのめかしました、 といった印象しかやはり残らない。 そのあたりはオーストラリア人でないのでよくわからないけれど。 巧いしつまらなくはないけれども諸手を挙げておもしろいとまではいえないあたりと、 衰退する地方都市の寓話という二点でホセ・ルイス・ペイショット 『ガルヴェイアスの犬』 に似ていると感じた。
ASIN: 4152098716
穴の町
by: ショーン・プレスコット
『ニューサウスウェールズ中西部の消えゆく町々』という本を執筆中の「ぼく」。取材のためにとある町を訪れ、スーパーマーケットで商品陳列係をしながら住人に話を聞いていく。寂れたバーで淡々と働くウェイトレスや乗客のいない循環バスの運転手、誰も聴かないコミュニティラジオで送り主不明の音楽テープを流し続けるDJらと交流するうち、いつの間にか「ぼく」は町の閉塞感になじみ、本の執筆をやめようとしていた。そんなある日、突如として地面に大穴が空き、町は文字通り消滅し始める…カフカ、カルヴィーノ、安部公房の系譜を継ぐ、滑稽で不気味な黙示録。
¥2,750
早川書房 2019年, 単行本 272頁
特集: 国のかたち
※価格はこのページが表示された時点での価格であり、変更される場合があります。商品の販売においては、購入の時点で Amazon.co.jp に表示されている価格の情報が適用されます。
読んだ人:杜 昌彦
(2019年10月22日)
(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
『穴の町』の次にはこれを読め!