セバスチャン・ナイトの真実の生涯
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セバスチャン・ナイトの真実の生涯

1899年ロシアの名門貴族として生まれ、米国に亡命後「ロリータ」で世界的なセンセーションを巻き起こしたナボコフが初めて英語で書いた前衛的小説。早世した小説家で腹違いの兄セバスチャンの伝記を書くために、文学的探偵よろしく生前の兄を知る人々を尋ね歩くうちに、次々と意外な事実が明らかになる。

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著者: ウラジーミル・ナボコフ

(1899年4月22日 - 1977年7月2日)帝政ロシアで生まれ、欧州と米国で活動した作家・詩人。米国文学史上では亡命文学の代表格の一人。自作の翻訳も手がけ、大小を問わず改作を多く行ったのみならず、その過程で新たに生まれた作品も存在する。

2020.
06.05Fri

セバスチャン・ナイトの真実の生涯

眠りが浅くてまともに起きていられない。読みながら眠って目覚めたらつづきを読む。どこから夢でどこまで実際に読んだのかわからなくなった。しかしそもそも本書は何ひとつ現実ではない。作り話なのだ。小説には言葉のおもしろさと物語のおもしろさがあって、どちらに偏ってもつまらない。ナボコフは前者を志向しつつ後者の手管も巧みに援用する。しかもただ用いるのではなくいったんバラして組み上げ直し、より遠い場所へ到達するための曲芸的な手段へと変換する。ノンフィクションと探偵もののジャンル手法を換骨奪胎、なんだかわけのわからぬ怪物キメラを生み出す。とはいえ前半はいささか言葉の側に偏重して調子が鈍い。歴史的大傑作『淡い焰』を先に読んでしまうと物足りなさは否めない。愚作『ぼっちの帝国』ですらおなじことを娯楽のいち手法としてもっとこなれたかたちでやっている。奇妙な人物が続々と現れて物語性に傾く後半から俄然、おもしろくなる。ナボコフ先生はご不満かもしれぬが小説はこうでなくてはならない。わたしが気になるのは彼がこの小説を便座の蓋をおろして書いたのか、それともズボンをおろして書いたのかだ(Wikipediaによればかの亡命作家はこの本を便座に座り、トランクを机代わりにして書いたそうだ)。『絶望』にも通じる発達障害らしいオチのあと、結びに至る文章は意図はわかるのだが文意がよくわからない。早くいえば雑だ。催して筆を急いだのではないか。脱×のために慌てて脱稿したかのような印象がある。思えばわれわれ読者には本がどこでどのように書かれたかなど知りようがない。百万人が落涙し感動した傑作が案外、排×しながら書かれたかもしれないのだ。ちなみに『プリズムの刃先』では意味が通らないように思う。『虹めくベゼル』あたりが妥当ではないか。発達障害特有の着眼と比喩のように感じた。Lou Reed “Some Kind a Love”の有名な一節 “between thought and expression lies a lifetime” が本書の”the bridging of the abyss lying between expression and thought”からの引用だとわかったのは収穫だった。なぜそのことをだれも言及しないのかわからない。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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