さらば甘き口づけ
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さらば甘き口づけ

酔いどれの私立探偵スルーはカリフォルニア州の酒場で、捜索を依頼されたアル中作家トラハーンを見つけた。が、トラハーンは怪我のため入院することになった。足止めをくったスルーは、そこで、酒場のマダムからの別の依頼を引き受けた。依頼は、10年前に姿を消したきり行方の知れない娘を捜してほしいというものだった。病院を抜け出してきたトラハーンとともに娘の足跡をたどり始めたスルーの前に、やがて、女優志望だった娘の10年間の哀しい軌跡が浮かびあがってきた…。さまざまな傷を負った心を詩情豊かに描く現代ハードボイルドの傑作。


¥43
早川書房 1988年, 文庫 452頁
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虫のいいアル中の妄想(この傑作よりおれのほうが巧い)

読んだ人:杜 昌彦

さらば甘き口づけ

アル中の犬に再会したくて 30 年ぶりに読みかえした。物語の 折り返し地点ミッドポイント(実際には本のまん中よりやや手前)にさしかかるまではすごくいい、一章につきひとりずつ丁寧に描写していて、登場人物がちゃんと人間に思える。それが推理小説にしようと中途半端な商売っ気を出しはじめてから急に文章も構成も 筋立てプロットも何もかも雑になり、人物とりわけ女たちが紙人形と化して、映画化権でも皮算用したのであろう派手なアクションで支離滅裂になり、しまいには何がいいたいのかさっぱりわけがわからなくなる。哀愁漂うアル中の話かと思わせておきながら色情狂の高齢男性の幼稚な妄想だった。戦争の逸話もまったく機能してない。戦争で人格形成した人間がどうなるかを書いていまなお現在の物語として読める『深夜プラス 1』とは大違いだ。変態爺の屑っぷりを強調するのはおおいに結構だが、それと直後のアクションのためだけに登場させた都合のいい人物の薄っぺらさが、それまで書けていたすべてを巻き添えにし、わざわざ読者に吐き気を催させたその意図までをも白々しいものにする。『高い窓』みたいに気色の悪い家族を書くつもりかと思えば、中途半端にほのめかしただけの乱暴なオチをつける。これは読者への甘えだ。おかげで物語が完全に意味をなさなくなった。要するに、可視化され得ないものを見極めて言い当てるだけの才能も技術も人間性もなかったのだ。これは作家として致命的だ。最低限の資質がないということなのだから。『長いお別れ』を当てこする低俗で幼稚なギャグをこれでもかと繰り出す一方、文学性やらアクションやらにも中途半端に欲を掻くものだから、コミックノヴェルにすらなりきれていない。こんにち完全に忘れ去られたのもむべなるかな。物語が忘れ去られてもアル中の犬だけはだれもが憶えているのは唯一ちゃんと書かれて魅力的だったからだ。その犬にしても最後ああなるし⋯⋯。まぁ公平に割引くならば時代の差でしかない部分も大きいとは思う、おれにしたって当時はこれが下手だとわからなかった。 30 年前の男は全員こんな世界観に生きていたのだ。だれもが統合失調症で性依存の DV 野郎だった。これならおれの若書きのゴミ『崖マロ』や糞以下の『血と言葉』、無残な失敗作『GONZO』のほうがまだマシだ。小説の書き方を学ぼうとしていた修業時代、こんなふうに書きたいと感動したはずの一冊で、『オールタイム・ベスト 50』に加えるために再読したのだが、まさかこんなにひどかったとは。逆にいえばおれはこの 30 年間でそれだけマシになったのだ、そう信じたい。

(2023年07月07日)

(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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ジェイムズ・クラムリー
1939-2008

テキサス州スリーリバー生まれ。南テキサスで育ち、ベトナム戦争に従軍。兵役終了後、ベトナム戦争を扱った『我ひとり永遠に行進す』でデビューした。 その後、モンタナ大学などの講師を勤めながら『酔いどれの誇り』を発表し、正統派ハードボイルドの継承者としての評価を得た。 しかし『ダンシング・ベア』を上梓後は創作に苦しみ、一時期はマニア向けの現定本やB級映画の脚本などで食い繋いぐというかなり苦しい生活を送ったという。

ジェイムズ・クラムリーの本

“さらば甘き口づけ” への1件のコメント

  1. 杜 昌彦 より:

    22 年ぶりに読み返した。 作家になろうとしていた…