お薦め!
スローターハウス5
ASIN: 415010302X

スローターハウス5

主人公ビリーが経験する、けいれん的時間旅行! ドレスデン一九四五年、トラルファマドール星動物園、ニューヨーク一九五五年、ニュー・シカゴ一九七六年……断片的人生を発作的に繰り返しつつ明らかにされる歴史のアイロニー。鬼才がSFの持つ特色をあますところなく使って、活写する不条理な世界の鳥瞰図!


¥990
早川書房 1978年, 文庫 296頁
※価格はこのページが表示された時点での価格であり、変更される場合があります。商品の販売においては、購入の時点で Amazon.co.jp に表示されている価格の情報が適用されます。

そういうものじゃない

読んだ人:杜 昌彦

スローターハウス5

このところずっと若い頃に読んだ本を読みかえしている記憶に裏切られあの若造ちっとも読めちゃいなかったなと思わされるのは毎度のことでこの本についても肝心のドレスデン爆撃の描写がほとんどないとの感想にはいやいやおまえほんとうに読んだのかよ老人と子どもといった売れ残りみたいな監視役と百人の部隊で地下の食肉貯蔵庫にいて助かって翌日に炎の嵐が収まるまで待って地上に出て田舎で生まれ育って人生ではじめて見た美しい都会が黒い月面のような焦土と化していて焼け跡を掘り返して丸太みたいに焦げて縮かんだ屍体を片づけさせられる描写がちゃんとあるじゃないか音も熱も臭いも書き込まれているだろうがよと過去の自分に腹が立ったが一方でその不信感が向かう先は当時のおればかりではなかった戦争はすべての人間から個性を奪うものだからあえて性格描写をしないのだとの弁解にはいやあんたどの本でもそうじゃないのピンチョンでいえばブリーディング・エッジみたいに普通の書き方がされているホーカス・ポーカスを除いて⋯⋯といいたいところだけれどその印象にしても当時のおれの読解力はあてにならないいずれ読みかえす必要があるだろう)、 たしかに無残な人生と距離を置くための必然ではあるにせよそのいいぐさは不誠実だとまず思ったしドレスデンが古い歴史をもつ美しい都市であったのは事実であるにせよまったくの非武装都市とのふれこみは疑わしいしどちらの側も人間だと訴えたいのはわかるけれどもナチス政権下のドイツ人が兵隊も含めあまりに罪のない普通の人間として都合よく誇張されすぎていてたとえば空爆後のドレスデン市民が米国人捕虜に親切すぎあんな目にあわされていながら石を投げる描写すらないし戦闘を勇ましく美化しないためとはいえ飢えや寒さや疲労や病気が克明に記される一方でおなじ扱いを自軍に対してまでやったあげく昆虫の手脚をもいで観察する小学生よろしく海水を輸血したらどうなるか捕虜に試したりしたわが国との差を思わされた)、 捕虜となる前に何を行ったか解放後の略奪以外には罪らしきものがほとんど描写も言及もされないのは空爆や引き上げや抑留や焼け跡や飢餓や病気といった被害体験ばかり語っておきながら加害については言葉を濁すわが国の戦後教育と大差ない欺瞞に感じられた四半世紀前は描写がそっけないことも加害への言及の欠如も単につらすぎて書けなかったのだろうと同情的に考えたけれどもこれはどうも違うんじゃないかと作家と同年齢になったおれは思うドイツ系米国人としてドイツ人を殺すことを求められドイツの捕虜となり米軍の空爆で地獄を見た作中でも捕虜と監視役の子どもが遠い従兄弟同士だと語られる作家にとって向き合いようがない経験だったにちがいない⋯⋯それはそうだろうだからこそのあの文体だでもだからといってその欺瞞が免罪されるとは思わないその欺瞞ですら保守的な米国人には受け入れられず公共図書館や教育の場から排斥される事実には暗澹たる気分にさせられるそして欺瞞ということでいえばわが国が敗戦後わずかな期間で復興できたのは隣国の戦争で儲けたからだしこれまで戦火を免れてこられたのも他者を踏み台や傘にしたおかげなのであってその意味ではおれだって当事者といえる結末近く実際には経験してもいないドレスデン爆撃についてご立派な本を書く高齢の大学教授は知能指数こそ平均でありながら教育に恵まれず文字を読めない幼妻にあたかも性別や年齢や学歴や職業の差が価値であるかのように威張り散らし弱い人間は淘汰されるべきだ云々と相模原障害者施設殺傷事件の犯人さながらの価値観をふりかざしてすぐ横にいる現実の生存者を見下して認めようとしないいっぽう墜落事故による脳損傷あるいは PTSD ゆえに乖離障害に陥り記憶と現在を行き来する主人公はポルノショップで見た女優や三文 SF 小説とともに妄想の未来でその夫婦の権力勾配を模倣することでポジティヴな現実逃避として暗いこの物語に救いをもたらそうとするそれを物語上の救いとして機能させる作家の発想そのものが他人の頭上に爆弾を降らせたり家や持ち物を奪ったりするのと同様のふるまいにおれには感じられる⋯⋯しかしそうした欺瞞を責められるかと問われたら結局のところそこにいなかったおれにそんな権利はないと答えるざるをえないのだ

(2023年11月19日)

(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
ぼっち広告

AUTHOR


カート・ヴォネガット
1922年11月11日 - 2007年4月11日

米国の作家。人類に対する絶望と皮肉と愛情を、シニカルかつユーモラスな筆致で描き人気を博した。現代アメリカ文学を代表する作家の一人とみなされている。20世紀米国人作家の中で最も広く影響を与えた人物。