安倍元首相銃撃事件を受けて 2022 年 7 月に 「父、 文鮮明のこと——負の現人神」 という記事を書いた。 だいたい次のような話だ。 終戦後、 天皇という家父長を失った朝鮮半島に再臨の現人神を名乗る教祖たちが雨後の竹の子のように生まれる。 はじめはどんぐりの背比べじみたところがあった。 けれどもそのうちの一つが猥褻なミームとしての頭角をあらわし、 感染爆発を引き起こすことになった。 そこでの僕の関心は、 それを邪悪な淫行集団として切り捨てるのではなく、 その背景にあるものを掘り下げることにあった。 その一環として、 極東の近現代史のなかに事件を位置づけることで浮かびあがってくるものを探った。 そこで言いたかったのは、 かつての日本には神のために自身や他人の生をも犠牲にすることのできる 「神の子」 たちがいたということ、 それゆえに安倍元首相銃撃事件によって噴きあがった血塗られた歴史の重みや信者や二世の苦しみを感知し、 痛み分けをすることもできるはずだということだった。 さらにいえば、 19 世紀の半ばに産まれた “近代的” な 「国家」 や 「家族 / 家庭」、 いまなお列島に蔓延するこれらの物語こそカルトにすぎない。 もともと 「nation/state」 や 「family」 の訳語でもあったこれらの単語に 「家」 の一字が紛れこんでいること、 そのようなスキャンダルが 21 世紀のいまになっても不問にふされていることからも、 イデオロギーとしての家がいまなおいかに強固なものかが伺い知れる。 結局のところ、 世界平和統一家庭連合はこれまで隠されつづけてきた日本国の醜悪な一面の戯画にすぎなかったのかもしれない。
ぽつりぽつりと記事に反応してくださる方々がいた。 世界の片隅みたいなところから発信されたものでもひとの目に留まることがあるのを知り、 ありがたく思った。 同時に安倍元首相の死があってこその反響だったのだろうとも考え、 こころの底から湧いてくるありがたさに不謹慎なものを感じた。 ことばが死によって活気づくことがあるということ。 言い方を変えれば、 ことばが息を吹きかえすためにはひとが死んだり殺されたりしなければならないことがあるということ。 いまだにその重みをはかりかねている。
事件はふりかえってみると、 起こるべくして起こったとしか思えないほどのディティールを開示する。 しかしそれは錯覚でしかなくて、 本当はほかにも無数の結末が用意されていたはずだった。 僕はこの事件によってたまたま、 自分が宗教二世であること、 そのために自分の人生に対して深い羞恥の念を抱いてきたこと、 これからはちゃんと胸をはって生きていきたいと思ったことをまわりのひとに打ち明けることになった。 それがひとりのひとの死によって可能になったことを思うといたたまれなくなり、 ほかにも違う道筋があったはずだと思う。 自分が宗教二世であるということは本当は自分の人生にとっては些末なディティールのひとつにしか過ぎない、 と信じている。 やがて、 だれも統一教会のことや文鮮明のことを話さなくなるときがくる。 そして、 事件はむしろ一つの比喩としての象徴性を日増しに帯びてくることになるだろう。 ディティールそのものは自分自身もいつかけろりと忘れてしまうだろう。 それでも、 死者はかえってこない。
事件が起こってしまったあとに僕ができることといえば、 死の痛みとともにことばを研ぎ澄まし、 僕自身にとってのその死の意味を深めることくらいなのかもしれない。 すでに死をめぐってさまざまなことばが渦巻いている。 特に教団とカルトの癒着の物語、 あるいは二世の人権問題が世を賑わしている。 それに反応するようにして、 これまで素性を隠しつづけてきた二世がテレビやウェブで声を上げはじめている。 このとき、 この事件を単なる見世物としての物語、 邪悪なカルトや政界の癒着の物語として浅いところで消費し悪魔祓いをすれば、 今後も存命の信者や二世が苦しみを引きずりつづけることになるのは疑いようがない。 傷が癒えることもない。 たしかに、 本人が 「我、 一命を賭して全ての統一教会に関わる者の解放者とならん」 と安酒に酔った口調で息巻くように、 今回の事件によってなんらかの形で救われたと感じているひともいるかもしれない。 僕もそのひとりだ。 しかしそれと同時に、 多くの信者や二世を傷つけたこと、 いまなお傷つけつづけていることは間違いないし、 その傷から流れでる痛みを啜って肥えているような浅はかな物語が蔓延しているのも事実である。
そんななか、 もっと豊かなかたちの物語として今回の事件を読むような試みはないものかと思う。 思っているだけでもしかたないので、 ここでは僕自身がどんな読みかたをしたいのかという話をしたい。 ちょっと小難しい方法論的な話になるので、 おもしろくないと思う。 けれども、 それが宗教二世としての僕なりの統一教会への唯一のむきあい方だった。 そのおかげで人殺しや自殺をせずにすんでいる。 僕は自分がしていることをさしあたり 「社会物語学」 と呼ぶことにした。 まずは、 その経緯から話を起こしたい。
1.僕の社会物語学ことはじめ
社会物語学とは何か。 ウェブを検索してもさして目ぼしいものが出てこないので、 はじめて耳にする人も多いと思う。 ひとことで言うと、 社会物語学とは物語の力や働きについて考えるこころみである。 物語といっても映画や小説の一要素であるような、 形ある 「もの」、 つまりテキストではない。 むしろ目に見えない 「こと」、 出来事といっていいかもしれない。 「社会」 という語が冠されているのは、 従来からあるテキスト分析としての 「物語学」 とは違うということ、 むしろ社会学的な発想をベースにしていることを示すためのものだ。
物語って何だろう。 僕がそのことばかりを考えて生きてきたのは、 きっと家庭環境のせいでもある。 僕は統一教会の合同結婚式でマッチングされた両親のもとに 「神の子」 として生まれた。 再臨の救世主の聖なる血を引いた直系の子である。 「ほんとうはお母さんの子じゃないのよ。 神の子なんだから。 この世界の人たちとは違うんだから」 と母にささやかれたときの幼い記憶がよみがえる。 驚きはしなかった。 ふしぎと腑に落ちる気持ちがあった。 とはいえ、 底意地の悪かったせいか、 教団の教えを鵜呑みにすることができたのは小学校の低学年までだった。 高学年のころには家出と非行を繰りかえすようになっていた。 いまふりかえってみると、 そのときの自分には、 この地球上には話の通じない存在、 絶対にわかりあえない存在がいる、 ということへの圧倒的な確信だけはあった。 しかも、 そのような存在が自分に最もちかしいはずの身内のなかにいた。 子供の自分は、 それを諦念としてではなく、 畏れとして受けとめていた。 カルトにのめりこむ男と女がすぐそばにいて、 操り人形のようになったそのふたりの背後には、 得体の知れない邪悪な力がはたらいていた。 このひとたちはいったい誰なんだろう。 そして、 自分はいったい何者なんだろう。 わからなかった。 ただ、 こころのそこからこわかった。 いまでもこわくなる。 混乱して、 奇声を発することが何度となくあった。 そのときの自分にできたのは、 とにかく自分の素性を隠すことで 「この世界の人たち」 の輪に紛れこみ人生をやり過ごす、 ということだった。 それは後ろめたいことだった。
僕は中学校を卒業したあと、 パン屋ではたらきながら一人暮らしをすることになった。 やがて、 日本を出て統一教会を知らない人たちの国に行きたいと思うようになり、 紆余曲折の末、 まずは大学に進学した。 大学には東浩紀さんや渡部直己さんをはじめとするさまざまな人たちがいた。 そこですくなくとも二つのことを学んだ。 一つ目は、 統一教会は単なるカルトに過ぎないけれどもこの世界はそもそもそんな単なるカルトに過ぎないようなもので満ちているということ。 二つ目は、 日本には中上健次という作家がいて自分が抱えているのに似た問題を物語という観点から掘りさげようとしたということ。 この二つの発見を機に、 自身の生い立ちをもうすこし一般的な問題系のなかで受けとめられるようになり、 自分は特別な存在でもなんでもないことを知った。
それから、 日本を出た。 飛行機のなかの機内地図をながめていると、 中国語版だったのか、 「本州島」 という語が目にとまり、 胸を打たれた。 島なんだなあ、 と思った。 たしかに日本が島国であることは一般論として知っていた。 しかし、 それがどういうことなのかをまったく知らずにいる自分を思い知らされた気がした。 いまでもよくわからない。 日本の外で暮らすようになっても、 日本語だけは忘れずにいた。 日本語はいわば、 かりそめのもの、 借りもののようなものなのだけど、 返すことはできない。 解けない呪いをかけられていた。 いっときはその空恐ろしさに悩まされていた時期もあった。 日本語もまた物語なのだと中上健次は言っていた。 その意味はよくわからなかった。 けれども、 そのころから腰をすえて中上を読んでみたいと思うようになった。 宗教も物語である。 中上が考えていたことの一端を 「社会物語学」 として捉えなおすことにしたのはそのころのことだった。 これからその試みの一部を駆け足で紹介することで、 今回の事件を豊かな読みへと開くための道筋のひとつを提示したい。
2.アーサー・フランクによる社会物語学
社会物語学という語はもともと 「socionarratologie」 という仏語の和訳として自分が思いついたものだった。 しかしよくよく調べてみると、 すでに 2014 年には日本で使われていたことがわかる。 日本オーラル・ヒストリー学会の十周年記念講演会にアーサー・フランクという社会学者が招かれていて、 そこで 「Narrative Truth and the Dilemma of Multiple Accounts: Remarks on the Relevance of Socio−narratology to Oral History」 と題された講演をしている。 それを横浜市立大学の有馬斉さんが 「ナラティヴの真実と、 複数の説明のジレンマ : 社会物語学のオーラル・ヒストリーへの関わりについての所見」 と訳していたのだった。
さらに、 フランクは 2011 年に 『Letting Stories Breathe: A Socio-Narratology』 という著書を出版していて、 そのなかで社会物語学とはなんぞや、 ということを説明している。 これまで自分以外に 「socio-narratology」 という語を使ったことのある人は知らないとフランク自身は述べているけれど、 英語圏での初出はすくなくとも デビッド・ハーマンが 1999 年に発表した 「Toward a socionarratology: New ways of analyzing natural language narratives」 まで遡ることができる。 とはいえ、 それをひとつのまとまった理論として提示したのはまぎれもなくフランクが初めてである。 フランクは、 アクターネットワーク理論というものに拠りつつ、 社会物語学は行為者としての物語の働きを研究することであるという。 ここでは、 当該の本の第一章 「The Capacities of Stories」 と第二章 「Stories at Work」 をざっくり紹介したい。 それから中上の物語論との簡単な比較をした上で、 安倍元首相銃撃事件に戻りたい。
2.1.物語の力: The Capacities of Stories
アーサー・フランク (2011) は、 物語は生きているという。 息をして、 さまざまなかたちで働いている。 その働きを実現するための能力が物語にはそなわっていて、 フランクはそのうちのいくつかを列挙することから議論をはじめている。 参考のために原文を引用しておくけれど、 読み飛ばしてもらってもまったく問題ない。
- Trouble. Stories have the capacity to deal with human troubles, but also the capacity to make TROUBLE for humans.
- Character. Stories have the capacity to display and test people’s character.
- Point of view. Stories have the capacity to make one particular perspective not only
- plausible but compelling.
- Suspense. Stories make life dramatic and remind people that endings are never assured.
- Interpretive openness. Stories have the capacity to narrate events in ways that leave open the interpretation of what exactly happened and how to respond to it.
- Out of control. Stories are like the magic spell that Mickey Mouse creates in the “Sorcerer’s Apprentice” segment of the film Fantasia, when the enchanted broom keeps on bringing more and more water until the place is flooding. Stories have a capacity to act in ways their tellers did not anticipate.
- Inherent morality. Stories inform people’s sense of what counts as good and bad, of how to act and how not to act.
- Resonance. Stories echo other stories, with those echoes adding force to the present story. Stories are also told to be echoed in future stories. Stories summon up whole cultures.
- Symbiotic. Stories work with other things-first with people, but also with objects and with places.
- Shape-shifting. Stories change plots and characters to fit multiple circumstances, allowing many different people to locate themselves in the characters in those plots.
- Performative. Stories are not only performed; they perform. Basso quotes an informant, Benson Lewis, saying: “Stories go to work on you like arrows.” Stories do things; they act.
- Truth telling. Stories’capacity to report truths that have been enacted elsewhere is always morphing into their more distinct capacity to enact truths. These truths are not copies of an original. They are enactments in which something original comes to be, as if for the first time, in the full significance that the story gives it.
- Imagination. Stories have the capacity to arouse people’s imaginations; they make the unseen not only visible but compelling. Through imagination, stories arouse emotions.
フランクはこういったキーワードをとおして物語にそなわった能力をとても具体的に論じている。 とはいえ、 このような列挙のかたちでは論としての収まりが悪いので、 もうすこし包括的な表現を提案してもいる。 そこで、 ジョン=ローやダナ・ハラウェイに倣いつつ、 社会物語学にとっての物語は 「material-semiotic companion」 なのだという。 訳しにくい表現である。 「物質=記号的な相手」 とでも訳せるのかもしれないけれど、 ここでは単に 「マテリアル=セミオティック・コンパニオン」 とカタカナにしてしまう。 これがいったい何であるのかを手短に説明すると次のようになる。
第一に 「Symbiotic」 や 「Shape-shifting」 の項にも示されているとおり、 物語はさまざまな次元の形を持つという点で、 物質=記号的である。 たとえば、 日本では刺青が入っているだけで銭湯に入れてもらえなかったりする。 それは刺青という物理的な次元のしるしが記号的な次元に結びつき、 やくざ者の世界を呼び起こしてしまうような土壌があるからだと言える。 見方を変えれば、 見えないやくざ者の世界が物質的な粋となって見える刺青のかたちになったとも考えられる。 あるいは、 部落差別を例にとってもいい。 土地は単なる物理的な空間の広がりではありえない。 避けがたく意味づけがなされてしまう。 その結果、 ある土地の生まれだというだけで愛する人との結婚が許されなかったりする。 このような物理的な次元と記号的な次元の仲介をするのが物語である。 物語はかたちを変えてどこにでもある。
第二に、 上述の 「Trouble」 や 「Out of control」、 「Performative」 の項にもあるとおり、 物語は 「もの」 としてひとの支配下にあるのではなく、 ひとの手を離れており、 ひととの対等な 「相手」 として存在している。 この語を通してフランクが言いたいのは、 物語がひとを作りひとが物語を作る、 ということだ。 この相補的な関係を別のことばで言いかえると、 物語なしには人は存在しないしひとなしには物語は存在しないということになる。 英語には 「inform」 という便利な動詞がある。 これは単に 「情報を与える」 という意味のほかにも 「形を与える」、 「命の息吹を吹きこむ」 という意味もある。 物語はひとにひととしての生をふきこむ。 物語なくしては、 ひとは自分自身であることができない。 それゆえフランクは、 ひとと物語がいかによく付き合うことができるか、 ということを第六章の 「How Stories Can Be Good Companions」 で論じることになる。 そして、 社会物語学の存在意義の一つは物語とよりよく生きることを考えることにあるという。
2.2.物語の働き: Stories at Work
フランクは 「マテリアル=セミオティック・コンパニオン」 である物語が具体的にどのように働き、 どのような結果をもたらすのか、 ということについて章を割いて論じている。 そのなかで 「どのように物語はひとをそのひとたらしめるのか」 という問い、 「どのように物語はひととひとを結びつけるのか」 という問い、 「どのように物語はひとの生をよくしたり危険にしたりするのか」 という問いを設定し、 説得力のある議論を展開している。 特に一つ目の問いにおいては、 ルイ・アルチュセール、 ピエール・ブルデュー、 ピエール・バイヤールの三者の仕事に拠りつつ、 独自の理論の構築を試みている。 それをざっくりまとめると、 次のようになる。
まず、 物語は 「呼びかけ」 を行う。 その呼びかけを感知できたりできなかったりすることによって、 ひとはそのひと自身になることができる。 新聞にさまざまなニュースが載っているように、 この世界には物語があふれている。 しかしひとの関心は有限なので、 あらゆる物語に反応することはできない。 ある種の物語のみを感知することができ、 そこに共感や反発を覚える。 ほかの物語はそのとき後景に退いたり、 意識の網にかからなくなる。 たとえば、 自分にひとりの弟がいるとして、 その弟から 「兄ちゃん」 と呼ばれ、 その呼びかけに反応してしまう自分がいる。 このとき自分はひとつの兄弟の物語を気づかずに生きてしまっていると言えるだろう。 「私」 という不可分な単位=個人が与件としてあって、 それが別の個人と兄弟という関係を結び、 兄という属性を帯びるのではなく、 兄としてはじめて自分が存在できる。 フランクはこのように物語にはひとのアイデンティティを形作る力があると考えた。
次に、 フランクは、 ひとにはそれぞれの物語への感性や感度のようなものがあると考えた。 それを 「ナラティヴ・ハビトゥス」 と呼んでいる。 ひとことでいえば、 趣味のことである。 自分の肌にあう物語もあれば、 あわない物語もある。 そういう肌感覚はさまざまな物語に触れていくうちに徐々に形作られてゆく。 それはひとつのフィルターのようなものでもある。 ひとはフィルターとしての不定形の物語を生きていて、 その物語を通して、 ほかのさまざまな物語の呼びかけを感知したりしなかったりする。 たとえば、 統一教会の教えを信じているひとは、 神や悪魔といった登場人物が出てくるような物語を生きている。 こういう二項対立からなる物語は楽だし、 ハリウッド映画のように楽しい。 このような物語が身についてくる、 というか板についてくると、 ひとはほかの物語も同様のかたちのなかで解釈するようになるか、 そのような解釈を許さない物語はそもそも無視するようになる。 そして、 やがてそこから抜け出せなくなる。 物語が、 そのひとになってしまう。 その物語なしには、 そのひとはそのひと自身でいられなくなる。 つけた仮面を引き剥がせば、 肉ごと取れてしまう。 カルトからの脱会の難しさはそういうところにもある。
物語には危険がつきものである。 前述の 「Point of view」 や 「Inherent morality」 の項にもあるとおり、 物語はちょうど写真と同様に、 ひとの視野を限定し、 ひとを近視眼にすることで、 その視野の外にあるものを不可視にする。 もうすこし別の言葉で言えば、 物語はつねに自己中心的である。 さらに言葉を変えれば、 物語は想像力を奪い、 ひとをひとつの無知のなかに置く。 無知ゆえに、 人はなにかを知ることができる。 そして、 フィルター機能をはたすナラティヴ・ハビトゥスによってひとがそのひと自身になることができるのである以上、 このような自己中心性から逃れることはできない。 このような物語の限界について論じた上で、 フランクは物語とのよりよい付きあい方を探ろうとする。 そして、 そのためには物語が制御不可能なものであること、 物語がつねに多様な解釈に開かれていること、 この世界にはさまざまな物語に満ちていることなどを自覚することが重要だという。
以上が 『Letting Stories Breathe: A Socio-Narratology』 の核になる部分のあらましである。 ここでの話の流れ的にはこれで十分なのだけど、 要約では伝わらないおもしろさとわかりやすさがあるので和訳が出版されるといいと思う。 フランクの提示する社会物語学は、 従来の宗教学や社会学では扱いきれなかったところをすくいあげることができる。 特に、 フランク自身が述べているように、 単なる記述的な仕事に徹するのではなく、 物語とよりよく生きるという規範的な目標を掲げていることも重要である。 その是非はともかく、 カルトをはじめとする物語をおぞましいものとして切り捨てたり目を背けたりするのではなく、 もっと別のかたちで付きあう道筋を示してくれている。 そして、 カルトの問題を社会学や文学をはじめとする様々な分野へと接続するすべを教えてくれてもいる。
いずれにしても、 フランクのこのような仕事を紹介した上で自分が言いたいのは、 日本では 1980 年代に中上健次がすでに同じようなことを論じていたということ、 それでいてもっと根本的な問題に取りくもうとしていたということだ。 そして、 戦後の日本のあり方や天皇制、 差別について考えていたという点では、 安倍元首相の死によって噴きあがった問題を先取りしていた作家であるとも言えるだろう。 これから中上の物語論の一部を紹介したい。
3.中上健次による社会物語学
中上健次は 1980 年代に小説家として名を馳せた人だった。 晩年にはノーベル賞の候補として目されてもいた。 しかし、 ちょうど文壇文学の衰退とも重なるようにして 46 歳の若さで夭折してからは、 一部のコアな批評家やファンの間でのみもてはやされるような存在になった。 かくいう僕も中上の小説には興味がない。 個人的には、 中上はむしろ思想家として再評価されるべきだと考えている。 特に、 彼が 『岬』 で芥川賞をとった 1976 年ごろから昭和の終わりの 1989 年にかけて物語とは何かという問いに向きあいつづけたということは、 もっと見直されてもいいと思う。 この問いには、 中上が日本語の作家であり被差別部落出身の作家であったということが、 大きな意味を持つことになる。 なぜなら中上は、 第一に 「物語」 という和語の豊かさや物語という営みの長い伝統を甘受することができたし、 第二に物語を部落差別の問題として身をもって生きることができたからだ。
これまではフランクのいう 「story」 を断りもなく 「物語」 と訳してきたしそれで問題はないのだけれど、 その反対に中上のいう 「物語」 を 「story」 に置きかえることは絶対にできない。 というのも、 フランクが 「story」 をある種の 「もの / 物 / 者」、 ひとと対をなすような行為者として理解していたのに対し、 中上は 「物語」 をひとつのプロセスと捉えていた。 定義上、 物語は 「物語ること」 でもあり 「物語られたもの」 でもある。 これは 「語る」 の名詞形の 「語り」 に 「物」 が組みあわされているという単語の成り立ちからきている。 「story」 という語にはない中上はこの二重性に導かれる形で、 物語は差延であり差別である、 というようなことを述べるのだけど、 ここでは立ちいらない。 ただひとつ重要なのは、 中上はひとの存在そのものが差別=物語の産物であると考え、 ひとと物語という対立軸を設定することはなかった、 ということである。 もっといえば、 そのようにひとと物語を対置するアーサー・フランクのような発想それ自体をツメの甘い物語のひとつとして切り捨てている。 中上にとっては、 物語は 「もの」 として対象化できるものではなく、 一つの避けようもない与件、 いわば重力のようなものとしてあるのだった。 そして、 このような感性は彼が被差別部落出身だったこととも無縁ではない。 ひとは物語に呼びかけられる以前に物語のなかに生まれ落ちてしまうものだからだ。
中上は、 物語との付きあい方を考えるというような発想をするかわりに、 抜けだすことのできない物語のなかに存在してしまっていることの意味を問いとして掘りさげようとした。 そこで実にさまざまなことを論じているのだけれど、 そのうちの特に二つの論点をここでは紹介しておきたい。 一つは物語はポリフォニックであるということ、 もう一つは物語はボーダーを設定するということだ。 さらに小難しい話になってしまうのだけど 「物語の系譜」 や 「現代小説の方法」 といったテキストのなかに中上にしてはそれなりに丁寧に書かれていることなので、 よければ原書をあたってほしい。
さて、 第一に、 物語はポリフォニックであるということは、 フランクのいう 「Resonance」 や 「Interpretive openness」 に通じるものがある (バフチンのいうポリフォニーとは似て非なる概念だ)。 中上がポリフォニーという表現で言おうとしたのは、 物語は、 文字通りの一義的な意味ではなく、 含意=倍音の重なりによってできているということだ。 多層的な意味がある。 一つの解釈に収まることはない。 そのため、 物語はつねに別の物語の比喩として読むことができる。 その典型が風刺である。 あるいは、 聖書の物語。 なにか別のものの変奏としてあらわれる。 たとえば、 統一教会の教義によれば、 蛇にそそのかされたイヴが知恵の実を食べたことはイヴと天使長との性交をあらわしている、 と考えることができる。 このことを言いかえれば、 物語は匿名的であり流動的である、 ということでもある。 いわば影のようなものだ。 ある特定のひとの影なのだと思っていたら、 いつのまにか別のひとの影に変わっている。 だれの影とはいえない。 それは騙ること、 かこつけることでもある。 たとえば、 雨宮純さんは 『あなたを陰謀論者にする言葉』 のなかで 「自然派でスピリチュアルなヒーラーかつ陰謀論者で、 さらにはマルチ商法の販売員」 であることはよくあることなのだという。 実際、 僕の母もそうなのだった。 さらにいえば、 トランプ、 安倍、 天皇制を支持する右派でもあった。 これらは一見関係がないように見えるけれども、 ある意味では、 どの物語も別の物語の変異種にすぎない。 物語論的な分析をすれば、 かならず共通する構造が見えてくる。 フランクの議論に引きつけていえば、 どれもフィルターとしてのナラティヴ・ハビトゥスとなんらかの親和性を持つかたちの物語なのだ。
第二に、 物語はボーダーを設定する。 中上にとって、 これは物語は差別するということと同義なのだけど、 フランクの 「Point of view」 の項に引きつけていえば、 物語は 「視る者」 と 「視られる者」、 あるいは 「物語る者」 と 「物語られる者」 の区別を立ちあげ、 その枠組みに入り切らないものをすべて視野の外に排除することによって成りたっている。 そのため、 物語の内部にボーダーが引かれているばかりでなく、 物語もそれ自体で一つのボーダーになっている。 中上の文学的な目論見の一つはこのボーダーといかに戯れるのかということにあった。 晩年になって三島由紀夫を評価するようになるのは三島にボーダーとの戯れの才能を見出したためなのだけれど、 それはようするに、 山口昌男らの議論に学びつつ、 三島をひとりのトリックスターとして理解するということでもあった。 トリックスターというのは物語における両義的な側面を持った存在のことである。 そのため、 トリックスターはボーダーを破壊したり創造したりすることができる。 フランクはそもそも物語それ自体がトリックスターであるという。 そのフランクがトリックスターの一例として北欧神話のロキに触れ、 次のような物語を紹介している。
北欧神話にはバルドルという光の神が登場する。 オーディンとフリッグの間に生まれたこの男神が悪夢に怯えはじめることから物語ははじまる。 息子のことを心配した母のフリッグは、 世界中のあらゆるものに呼びかけ、 彼を傷つけることのないように誓わせた。 こうしてバルドルは鉄壁の肉体を持つことになった。 あるいは、 こういってよければ、 文字通り 「無敵の人」 になった。 それを祝うために神々が宴を開き、 その余興としてありとあらゆる武器をバルドルに投げつけてみた。 実際、 バルドルには傷一つつかなかった。 それを面白く思わなかったのがトリックスターのロキである。 ロキは悪知恵を働かせてフリッグから秘密を聞きだした。 ヤドリギだけには誓いをさせずにいたのだった。 ロキはヤドリギを槍の先端につけると、 バルドルの弟であり盲目の神であるヘズをたぶらかし、 兄を槍で突かさせた。 バルドルあっけなく死んだ。 というような話だ。
フランクは当初、 トリックスターであるロキに純粋な悪の化身の姿を見ていた。 たしかに一見すると、 ロキは善を欠いている。 ところが、 後にルイス・ハイドの説を知り、 考えを改めることになる。 ハイドによれば、 強固な善悪の二分法を持つキリスト教の影響下においては、 バルドルを殺すロキは絶対的な悪にしかならない。 しかし、 キリスト教以前にはもっと別の解釈の形があったのではないかという。 そこでハイドが読みとるのは、 息子の不死を求めた母のフリッグの罪である。 不死は自然の摂理に反する。 この世界から個体の死がなくなれば、 自然は新陳代謝を失うことになる。 個体が滅びつづけているからこそ、 世界は浄められている。 ひとつひとつの死、 連鎖するおびただしい数の死が、 このいまもこの世界を崩壊の危機から救ってくれている。 そのような新陳代謝がとまれば、 世界は停滞し不浄に満ちあふれることになる。 そのような状況下で世界のあるべき姿を回復したのが文化英雄としてのロキだったのではないか。 そう考えると、 ロキには善悪の二分法をこえるような両義性を備えていることがわかる。 それこそがロキがトリックスターである所以である。 というようなことをハイドは考えたのだった。
どうしてこの話を持ち出したのかと言えば、 まさにこのようなトリックスターへの関心が中上の物語論の中核にあるからだ。 中上自身、 トリックスターだった。 というのも、 中上の母親には読み書きができなかったことに象徴されているように、 中上はもともと文字を持たなかった被差別部落世界と文学の世界との亀裂のなかに身をおいていた。 二つの世界のどちら側にとっても、 中上は部外者として振る舞うことになる。 そして、 中上自身は彼が 「天皇」 と呼ぶ存在にも同様のトリックスター性を見出すことになる。 中上には部落民である自分自身のことを負の天皇と考えたり、 あるいは天皇もまた部落民にすぎないと考えていた節がある。 このように発想してみることで、 中上は物語にポリフォニーを聴きとり、 物語のボーダーと戯れることができた。 そして、 そのような試みのなかから創作や思考の糧を見出すことができるような作家だった。 ここでは最後に、 中上の考えていたことを導きの糸にしつつ、 今回の事件を僕なりの仕方で読みなおしてみたい。
4.トリックスターとしての文鮮明と山上徹也
安倍元首相の死の余波にふるえながら、 文鮮明や山上徹也さんのことに関心を寄せるなかで気にかかったことが一つある。 山上さんにとっては不本意なことなのかもしれないけれど、 いくつかの点で両者はよく似ているということだ。 まず、 二人は次男坊である。 つまり長兄がいる。 文鮮明の兄は文龍壽。 精神に異常をきたしていたという。 武田吉郎の 『聖地定州』 によれば、 悪魔に取り憑かれていたらしく、 あるときは包丁を持ちだして 「キリスト教徒は皆殺しにしてやる」 などと叫びだしたこともあったという。 兄はもともと儒教を信じていた家族がキリスト教に改宗するのを快く思っていなかったようだ。 それでキリスト教に恨みを持ったことで狂人扱いをされたという一面もあったのかもしれない。 エクソシストも駆り出されたようだ。 ここには山上さんの兄を思わせるものがある。 山上さんの兄も包丁を手に教団の幹部のもとに押しかけ殺そうとしている。 それが未遂に終わると精神病院に隔離されベッドに縛りつけられた。 さもなくば、 よこしまな魂が人殺しをしてしまう。 そんな山上さんの兄は結局、 退院後に自分を殺すことになったのだった。 さらに、 中上健次にも長兄がいた、 ということもここに付け加えておかなければならない。 中上の兄もまた気を病み、 刃物を手に大立ち回りを演じた末に自殺している。 それが中上の物語論の出発点のひとつにあるといってもいい。 死ななければならなかったのは、 なぜ自分ではなく兄のほうだったのか。
精神を患った兄を持つ三人の次男坊。 このうちの文鮮明と山上さんが中上健次と比べて大きく異ることが一つある。 それは二人とも舌足らずであるということだ。 文鮮明はそのような弱点を持ち前の性欲と山師的はったりによってカバーしたとも考えられる一方、 山上さんはそのような突破口を見いだせないままいわゆる 「無敵の人」 状態に陥った。 その点、 二人の境遇はあまりにも対照的である。 それでもなお、 二人には今回の事件を読み解く上できわめて重要な共通点がある。 それは、 二人とも日本という神なき不感症の国に穴を穿つことのできた類まれなトリックスターだということだ。 その点、 1970 年に天皇の身代わりとして自殺した三島由紀夫にも通じるものがある。 そして結局のところ、 この三者のどのふるまいも戦後の日本の浅はかさを映す鏡にほかならないのではないか、 という疑問もよぎる。
以前 「父、 文鮮明のこと——負の現人神」 のなかで述べたように、 ある一面においては、 文鮮明はGHQによって生け捕りにされた天皇にかわって極東に再臨する現人神となり、 八紘一宇のための闘争を継続した、 という見方ができる。 そもそも文鮮明自身、 1920 年に神国日本に生まれた神の子であり、 戦後も軍国行進曲の替え歌としての賛美歌を熱唱するような男、 万歳三唱を信者にさせてかつての天皇を気取るような男だった。 それと同時に、 天皇の暗殺を企てたという過去も持っている。 それだけ父なるものの物語の呼びかけに強く反応していたということなのだろう。 冷戦構造が極東に膠着する 1950 年代のなかばにさしかかると、 文鮮明は列島を彼自身の 「天一国」 に併合するための野心を抱くようになる。 そこで崔奉春 (西川勝) を日本に密航させ、 1959 年に日本統一教会を立ちあげた。 そして、 三島が割腹自殺を遂げた 1970 年以降、 高度経済成長のピークをむかえるころに、 戦後生まれの日本人の信徒を急速に獲得してゆくことになる。
このときに文鮮明が吹きこんだ物語の肝は、 この世界には父なる神がいてその神は深い悲しみのような恨みの念を抱えていらっしゃる、 ということだった。 当時の日本にはそんな神の 「呼びかけ」 に応える若者たちの魂があり、 天一国建設の尖兵である神の子へと次々と転身していった。 なぜ、 どのようにしてそんなことが可能だったのか、 という問いには、 幾通りもの答えが考えられる。 いずれにしても確かなのは、 それは戦中の極東を覆った物語の変異種としてあった、 ということだ。 その物語の核には父なるものを中心とした国家という儒教的な観念や父系の血統主義がある。 1945 年に解体される国家神道をベースにした国民国家の物語がそれほどまでに根強く残り、 新たな現人神が再臨するための土壌を用意していたということなのかもしれない。 天一国の物語という病原体は日米韓の右派の思惑に乗じるかたちでひそかに列島へ侵入し、 大きな抵抗を受けないまま感染拡大し、 半島と列島を結びつける一つの暗い穴を穿つことになる。
この穴は政界や経済界を結ぶパイプの役割を果たしただけでなく、 極東の歴史の軋みや痛苦を感知させるものにもなった。 戦後生まれの若者は半島で虐げられてきた者たち、 たとえば従軍慰安婦たちの苦しみを知らない。 無知ゆえに、 免疫もない。 文鮮明はその痛苦に悲しみの神の摂理の物語という形を与えることができた。 そして、 極東に再臨する現人神となり、 神なき国の若者に呼びかけ、 八紘一宇の変奏としての物語をいまいちど吹きこみ、 神の子としての形を与えなおすことができた。 その点、 すくなくとも物語に呼びかけられた者たちにとっては、 文鮮明はたしかに聖なる存在なのだったと言わざるをえない。 もちろん、 統一教会の創始者のひとりである朴正華がその著書 『六マリアの悲劇』 の副題に 「真のサタンは、 文鮮明だ !!」 という文言を掲げていることからも明らかなように、 ひたすら邪悪な存在でもあった。 そして、 まさにこの両義性こそ文鮮明を偉大なトリックスターたらしめている。 文鮮明その人は単なる猥褻な山師にすぎないし、 その主張そのものはあまりにも稚拙なのだけど、 さまざまな偶然の重なりの結果、 トリックスターの役目を担わされ、 負の現人神として祭りあげられることになったのだった。
トリックスターとしての文鮮明の働きのひとつをひとことでいえば、 戦中の日本は善良なる神の国などでは決してなく大きな過ちを犯した 「悪魔の国」 であることを戦争を知らない若者の魂に叩きこんだ、 ということである。 想像力や知性によってではなく、 生きとし生けるものの持つ痛覚をとおして、 ある種の強姦魔として、 文鮮明は戦後生まれの若者のやわらかなナラティヴ・ハビトゥスに穴を開けた。 これは従来の物語に対する破壊でもあり、 新しい物語の創出でもある。 また、 そのような強姦行為の果てに産みおとされた僕自身に引きつけていえば、 文鮮明はさらに別の点でもトリックスターである。 物語のマテリアル=セミオティックな働きによって、 僕は痛覚をもった肉を与えられ、 この世に生を受けた。 天一国の理想の粋のような存在である。 その点、 文鮮明は紛れもなく父なる神であるというほかない。 それと同時に、 この穢れた血を持つ化け物を産み出したおぞましい存在でもあるのだった。 このように両義的な存在を一つ物語の枠組みに押しこめて理解するのは浅はかなことである。 北欧神話のロキがキリスト教的な解釈を逃れ、 ひとつの文化英雄としての側面を持ちあわせてしまうように、 トリックスターを抑圧するのは容易なことではない。 安易に読めば、 読み手のほうがひとつの物語のボーダーに囚われ、 その視野の狭さを露呈することになる。 朴正華が文鮮明を救世主か悪魔の二分法、 本物と偽物の二分法のなかでしか理解できず、 結局のところ統一教会の物語の枠組みのなかにとどまり続け、 その視野狭窄を強固にすることしかできなかったように。
ひるがえって、 山上さんの場合は、 文鮮明のような性欲の塊とは違い、 どちらかといえば温和で善良な人柄だったのではないかと想像する。 そんな山上さんが、 光の神バルドルを殺害したロキのようにトリックスターの邪悪な役割を担わされることになった。 不正には物語的なものと非物語的なものがある。 前者の代表例は殺人である。 明確な終わりがあるから、 ひとつの事件になる。 それに対して後者は人目を引かない。 始まりも終わりもない。 そのことに対して山上さんは憤っていたのかもしれない。 後者の例は一線を超えない形で行われる陰湿ないじめである。 この国が戦後にしてきたことをいくつか挙げてみるだけでそのような不正を例証できる。 弱い立場のひとを生かす殺さず利用する。 たとえば、 外国人を奴隷状態に置く。 「家」 や 「女性」 にしわ寄せのための無償労働を押しつける。 半殺しである。 統一教会がしてきたことは結局のところ、 信者の半殺しだったのではないか。 殺すのではなく 「献金」 と 「献身」 をさせる。 搾取をする。 一世はそういう半殺しの目にあうのをみずから望んだのだとしても、 さらに非力な子供の二世までもがなぜ同じ目にあわなければならないのか。
非物語的な不正。 二世は物語としての豊かささえ奪われている。 ただ端的に 「貧しい」。 単に経済資本のことを言っているだけではない。 文化資本や社会関係資本をも収奪されている。 たとえば僕の両親には趣味がない。 僕は習い事にも通わせてもらなえなかった。 歯磨きの仕方さえ教えてもらえなかった。 また、 社会関係資本の貧しさについていえば、 両親には友達がいなかった。 近所付きあいも親族付きあいもなかった。 教団の外を出れば、 だれも親しく付きあえる人がいなかった。 どのように人付き合いをして、 どのように世渡りをすればいいのかを両親が僕に教えてくれることはなかった。 カルトに違和感を抱いた二世は 「孤立という貧しさ」 のなかに置かれる。 親からも教団からも地域社会からも孤立した二世に行き場所はない。 それは豊かな経験ではない。 ただ端的に貧しい。 そして、 貧しさが貧しさを呼ぶ。 文化、 経済、 社会関係資本を持たないまま 「無敵の人」 への道を歩むことになる。 ちなみに、 資本格差が引くボーダーはときどき愛によって乗り越えることができる。 たとえば 「結婚」 によって 「社会的移動」 が起こることがあると言われている。 しかし統一教会は二世が愛によってボーダーを超えることも禁じている。 合同結婚式によって搾取の構造を再生産しようとする。 統一教会を信じていなかった僕自身も、 二世としての自分の 「貧しさ」 をずっと悲観してきた。 お金もない。 教養もない。 友達もいない。 もう 30 余年以上も魂が疼いている。 そのような非物語的な貧しさを物語的なものへと転化する意志がトリックスターの山上徹也にはあったのかもしれない。 他のあらゆる点で貧しくても、 すくなくとも物語としては豊かになれる。 そういう山上さんを物語へと仕むけた殺人へと駆りたてたこの日本国。 それもまた物語である。
事件の起きた 7 月 8 日といえば、 二つのかけ離れた星が急接近すると言われる日、 天に願いを託す日の翌日のことである。 祈るような気持ちもあったのだろうと思うと胸が痛む。 加害者となり被害者となる二つの星が奈良市の交差点で五メートルの距離にまで接近した。 取りだされた手製の火器から発射された豆粒のような鉄の玉がその距離を埋め肉を食い破り血管を裂き血を吹かせた。 山上さんの人生が老いた権力者の人生に鋭く交差した瞬間のことだった。 このようにして、 ヤドリギのように非力であり、 それゆえに無敵の人でもあった山上さんは豆粒大の穴を穿つことで、 神なき不感症の国である日本に愉楽と痛苦とを与えた。 血祭りにあげられたひとりのひとの死が不浄な世界を浄めた。 穿たれた穴からさまざまな膿があふれ、 凝りかたまっていたものが解けてゆく。 トリックスターの使命の一つは、 行き詰まった世界を活気づけ、 世界を崩壊の危機から救うことにある。 言いかえれば、 トリックスターはひとつのシステムが危機に瀕しているしるしでもあり、 システムがまだ崩壊を免れるだけの底力を残していたということの証左でもある。
英雄というものは、 場合によってはトリックスターでありえる。 しかし、 トリックスターが英雄であるとはかぎらない。 そして、 山上さんは英雄ではない。 英雄という乱暴な言葉づかいによって見えなくなるが多くある。 殺人者や加害者、 あるいはテロといった語によっても見えなくなるものがある。 また、 安倍元首相銃撃事件によって引き起こされた騒動はまさに山上さんの目論見どおりだと考えるむきもあるけれど、 そのように考えることで見失われるものもある。 もちろん、 自害した三島がそうだったように、 それなりの計算は働いていたのだろう。 しかし、 フランクが 「Out of control」 の項で述べているように、 物語はひとの手を離れている。 パンドラの箱が開くためのひとつのきっかけとして事件を理解することは不可能ではないけれど、 同時に忘れてはならないのは、 山上さんもまた物語の登場人物のひとりに過ぎない、 ということだ。 物語が山上さんをそそのかした。 山上さんは物語の呼びかけに素直に応えただけなのだ。 ようするに、 山上さんはたしかにトリックスターではあるけれども、 物語にのせられたという点では、 ロキにそそのかされた盲目の神ヘズ、 長兄殺しをした次男坊の神としても読まれなければならない、 ということだ。
さらに、 山上さんは物語に導かれた果てに、 ほかのさまざまな物語のボーダーにも出会い、 抵触することになる。 刑法や倫理、 社会道徳をはじめとする物語の力だ。 山上さんはそれらの物語のなかで、 それぞれの仕方で裁かれ、 それぞれの場所を与えられ、 そこでさまざまな不如意を知ることになるだろう。 いずれにしても、 ここで僕が中上にならって言いたいのは、 物語はつねにポリフォニックであるということ、 そして物語はボーダーを設定するゆえにつねにその外側があるということだ。 この事件は単なる政治とカルトの結びつきの問題では決してない。 表面的にはそのような側面ばかりが取沙汰されているのだとしても、 ひとたび見方を変えれば、 それまでとはまったく異なるあらたな輝きを物語は放つ。 そして、 負った傷の浅さゆえに、 いまはまだしかと気づかないのだとしても、 ほんとうはだれしもにとってもあまりに切実な物語でもあるのだ。 それゆえ、 だれしもが神の子として産みおとされた二世の痛苦を感知できる。 だれしもがもうひとりの山上徹也でもありえたはずだ。
物語の文脈においては、 かけがえのないひとりのひとの死もまた一つの物語論的な役目を担ってしまう、 という身も蓋もない事実がある。 それは一面において死を矮小化するが、 それと同時に死を豊かにもする。 そして、 死が物語を豊かにもする。 死はけっして物語を黙らせることはない。 なぜなら、 物語は生者の側にあるからだ。 山上さんが安倍元首相を撃っていなければ、 この文章を僕が書くことはなかっただろう。 この一年はほんとうに希死念慮がひどかった。 しかし、 安倍元首相の死の余波を受けて震えるなかで、 こんこんとこみ上げてくるものがあり、 すぐにそれが深い感謝の念であり、 勇気でもあるということに気づいた。 罪深く不謹慎なことに、 死によって勇気づけられる自分がいた。
僕は教団に対して明確な憎しみを懐きつづけてきたし、 いまもまだ殺意に近いものを抱いている。 とつぜん、 自分の存在そのものに対して、 自分のものではないような怒りがこみあげてくることがある。 山上さんと同じトリックスターの役割を担わされていたのはこの僕自身だったのかもしれない、 と思う。 しかし、 気づけば山上さんがかわりに引き受け、 山上さんがかわりに裁かれることになった。 そのことを何度もふしぎに思ったし、 きっとこれからもそう思いつづけることになる。 しかしそう思うのは、 単に僕が統一教会の神の子という化け物として生きてきたというあまりにもとるにたりない理由からではない。 そうではなく、 ひとえに、 いつ死んでもおかしくないはずの自分がいまだに生き延びていて、 自分のかわりに死んでゆくひとたちのおびただしい死の上にやすらかなあぐらをかいていて、 それゆえにまだひとの痛みを感知することができる存在であり、 日本国という家に生まれ、 いまもこうして日本語のなかにいるあなたと同じ穴の狢だからなのだ。 今回の事件の背景には山上家の事情があった。 それが日本国という家の問題にすり替わっただけなのだ。 山上さんが日本国からの家出を果たしていれば、 もっと違った景色が見えたかもしれないとも思う。