沙羅乙女
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沙羅乙女

主人公・遠山町子は煙草屋の雇われ店主をしながら父親と弟の家族三人で慎ましやかに暮らしている。そんな健気な彼女の姿に惹かれる男性が二人現れ「恋物語」として進んでいくかに思えた話は、恋敵の横槍、そして、父のある行動から起きた事件をきっかけに急展開。仕事も恋も二転三転、想像もしなかった方向へ動き始めた町子の人生に衝撃の結末が待っていた。

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著者: 獅子文六

(1893年7月1日 - 1969年12月13日)日本の作家、演出家。多くの作品が映像化された。1961年にNHKでテレビドラマ化された『娘と私』は、連続テレビ小説の第1作となった。1963年、日本芸術院賞受賞、1964年芸術院会員、1969年文化勲章受章、同時に文化功労者となる。

2020.
08.09Sun

沙羅乙女

処女と童貞ばかり出てくる恋愛小説である。冒頭にいかにも昭和の父親らしいサイコっぽい描写があり、ちょっとひくのだけれど、そういうのはすぐ終わるので我慢して読みすすめていただきたい。そこから先はむしろ戦前の小説がどうしてこうも現代の感覚で読めるのかとふしぎになるくらいだ。当時の「職業婦人」がおかれていた状況が、現代のわたしたちにも推し量れる言葉で書かれている。はっきりいえば当時の日本人男性は……いや、よそう。察してください。小津安二郎のスキーの映画なんか見るとカフェの店員なんかは安い売春婦くらいに思われていたのがわかる。気になるのは結末の「感動」についてだ。同時の社会では兵隊になってよその国で虐殺したり強姦したりするのが一人前の男性と見なされていた。それは祝福されることだったし、そのようにして戦死して、急ごしらえのカルトの洗脳装置である、サティアン的施設にまつられるのが尊敬される立派なことと見なされた。そのカルトの人気は敗戦後も衰えを知らず、政治家はことあるごとにその施設に詣でて拡大再生産に貢献しようとするほどだ。だからまぁ、赤紙が届いたら実際に「感動」したんだろうなとは思う。その辺の感覚は現代人には想像もできない……いやどうだろう、本気でそんなふうに考えるばかは当時よりむしろ増えてるのかもしれないな、実際に痛い思いをした経験がないだけに。でもこの小説でその言葉はどうもちぐはぐだ。禍福はあざなえる縄のごとしを地で行くような物語の構成上、作劇術の必然で、どうしたってここは絶望的な悲劇として語られるはずの場面なのだ。どういうことか。いかなる思いで書かれ、連載時の新聞購読者に受容されたのか。どう読んでも口実としての「感動」としか受け取れない。あるいは当時の読者もまた理解して調子を合わせたのではないかという、言葉になされぬ不穏な気配を感じる。もっとも大半はそこまで読みとれず、侵略を無邪気に礼賛する天真爛漫な読者だったろうが……。だいたいにおいて底本は学生運動華やかなりし69年の全集なのだから、手が入っていておかしくないところだ。実際『悦ちゃん』などは明らかに戦後手を加えた形跡が見てとれるし、本作の「いつか理解されるはずの女性の生き方」なんてくだりも、さすがに現代的すぎるので全集出版時に直された疑いがある(戦前にフランス人と結婚した作家だから最初からそう書かれた可能性もおなじくらいあるが)。だからいくらでも改変する余地はあったはずなのに、それをあえて作家は「感動」なる不自然な描写を残した。国策に協力した事実から逃れぬため、当時の民衆のしたたかさを記録するために、あえて不自然な表現が残されたかにわたしには思える。当時の若者にもいまと同様に身を立てようとする無我夢中の青春があって、でもそれがGoTo満州的な、無能かつ頭のおかしい政治によって無残にも踏みにじられた。若い男女のささやかな夢であった小さいおうちは空襲で焼かれ、兵隊にとられた菓子職人の青年は、なんの装備も食料もなく密林を行進させられたあげく餓えと熱病で野垂れ死んだかもしれないし、覚醒剤を打たれて虐殺と強姦に明け暮れたあげく爆死したかもしれないし、あるいは部隊でひとりだけ死なずに帰還して、腑抜けになって蔑まれながら生涯を終えたかもしれない。主人公とその弟だって防空壕で抱き合いながら蒸し焼きになったかもしれないし、焼夷弾に脳天を貫かれて火だるまになったかもしれないし、全身に大やけどを負って屍体だらけの川に飛び込んで溺死したかもしれないのだが、どうもそうはならなかったのではないかという気がする。弟はどうか知らないが、少なくとも女主人公だけは生き抜いて、戦後の物資不足を知恵と努力としたたかさで乗り越えて、青年の考案した新菓子はいまでも人気の銘菓として代々、受け継がれているのではないかという気がする。そうであってほしい。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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