お薦め!
沙羅乙女
ASIN: B07YN1CYTL

沙羅乙女

主人公・遠山町子は煙草屋の雇われ店主をしながら父親と弟の家族三人で慎ましやかに暮らしている。そんな健気な彼女の姿に惹かれる男性が二人現れ「恋物語」として進んでいくかに思えた話は、恋敵の横槍、そして、父のある行動から起きた事件をきっかけに急展開。仕事も恋も二転三転、想像もしなかった方向へ動き始めた町子の人生に衝撃の結末が待っていた。


¥880
筑摩書房 2019年, Kindle版 351頁
※価格はこのページが表示された時点での価格であり、変更される場合があります。商品の販売においては、購入の時点で Amazon.co.jp に表示されている価格の情報が適用されます。

読んだ人:杜 昌彦

沙羅乙女

処女と童貞ばかり出てくる恋愛小説である冒頭にいかにも昭和の父親らしいサイコっぽい描写がありちょっとひくのだけれどそういうのはすぐ終わるので我慢して読みすすめていただきたいそこから先はむしろ戦前の小説がどうしてこうも現代の感覚で読めるのかとふしぎになるくらいだ当時の職業婦人がおかれていた状況が現代のわたしたちにも推し量れる言葉で書かれているはっきりいえば当時の日本人男性は⋯⋯いやよそう察してください小津安二郎のスキーの映画なんか見るとカフェの店員なんかは安い売春婦くらいに思われていたのがわかる気になるのは結末の感動についてだ同時の社会では兵隊になってよその国で虐殺したり強姦したりするのが一人前の男性と見なされていたそれは祝福されることだったしそのようにして戦死して急ごしらえのカルトの洗脳装置であるサティアン的施設にまつられるのが尊敬される立派なことと見なされたそのカルトの人気は敗戦後も衰えを知らず政治家はことあるごとにその施設に詣でて拡大再生産に貢献しようとするほどだだからまぁ赤紙が届いたら実際に感動したんだろうなとは思うその辺の感覚は現代人には想像もできない⋯⋯いやどうだろう本気でそんなふうに考えるばかは当時よりむしろ増えてるのかもしれないな実際に痛い思いをした経験がないだけにでもこの小説でその言葉はどうもちぐはぐだ禍福はあざなえる縄のごとしを地で行くような物語の構成上作劇術の必然でどうしたってここは絶望的な悲劇として語られるはずの場面なのだどういうことかいかなる思いで書かれ連載時の新聞購読者に受容されたのかどう読んでも口実としての感動としか受け取れないあるいは当時の読者もまた理解して調子を合わせたのではないかという言葉になされぬ不穏な気配を感じるもっとも大半はそこまで読みとれず侵略を無邪気に礼賛する天真爛漫な読者だったろうが⋯⋯だいたいにおいて底本は学生運動華やかなりし 69 年の全集なのだから手が入っていておかしくないところだ実際悦ちゃんなどは明らかに戦後手を加えた形跡が見てとれるし本作のいつか理解されるはずの女性の生き方なんてくだりもさすがに現代的すぎるので全集出版時に直された疑いがある戦前にフランス人と結婚した作家だから最初からそう書かれた可能性もおなじくらいあるが)。 だからいくらでも改変する余地はあったはずなのにそれをあえて作家は感動なる不自然な描写を残した国策に協力した事実から逃れぬため当時の民衆のしたたかさを記録するためにあえて不自然な表現が残されたかにわたしには思える当時の若者にもいまと同様に身を立てようとする無我夢中の青春があってでもそれが GoTo 満州的な無能かつ頭のおかしい政治によって無残にも踏みにじられた若い男女のささやかな夢であった小さいおうちは空襲で焼かれ兵隊にとられた菓子職人の青年はなんの装備も食料もなく密林を行進させられたあげく餓えと熱病で野垂れ死んだかもしれないし覚醒剤を打たれて虐殺と強姦に明け暮れたあげく爆死したかもしれないしあるいは部隊でひとりだけ死なずに帰還して腑抜けになって蔑まれながら生涯を終えたかもしれない主人公とその弟だって防空壕で抱き合いながら蒸し焼きになったかもしれないし焼夷弾に脳天を貫かれて火だるまになったかもしれないし全身に大やけどを負って屍体だらけの川に飛び込んで溺死したかもしれないのだがどうもそうはならなかったのではないかという気がする弟はどうか知らないが少なくとも女主人公だけは生き抜いて戦後の物資不足を知恵と努力としたたかさで乗り越えて青年の考案した新菓子はいまでも人気の銘菓として代々受け継がれているのではないかという気がするそうであってほしい

(2020年08月09日)

(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
ぼっち広告

AUTHOR


獅子文六
1893年7月1日 - 1969年12月13日

日本の作家、演出家。多くの作品が映像化された。1961年にNHKでテレビドラマ化された『娘と私』は、連続テレビ小説の第1作となった。1963年、日本芸術院賞受賞、1964年芸術院会員、1969年文化勲章受章、同時に文化功労者となる。