リンク先は小鷹訳で、 これが決定版なのだけれども絶版で手に入らない。 グーテンベルク 21 の古い翻訳で二十年ぶりに読み返した。 「はいちゃい (「はいさよなら」 の幼児語)」 って⋯⋯と呆れたが、 うーん、 でもこれはこれで雰囲気でてるかなぁ。 ハメットならではのユーモアが強調されていて登場人物の個性が際立つ気がする。 小鷹訳で何度も読んでいるのに 25 歳の大女の、 何を着ても破れてしまう描写とか、 だれもが夢中になってしまう感じがよく伝わってくる。 こっちが歳をとったせいなのか翻訳が口語的なせいなのか、 どっちのおかげかわからないけれど。 女という弱い立場で生き抜くため、 そのとき、 そのときでいちばん強い男にすり寄りながらも、 肺病病みの弱い男に甘えて暴力をふるわずにはいられない、 そういう人物像が巧みに描かれている。 この小説ではだれもが死にもの狂いで生きている。
連載短編シリーズの長編回、 といった話なので、 きわめて短いサイクルで殺人が起きては解決される。 その繰り返しに加えて派手なアクションがひたすら連続する。 若い頃に読んだときは構成に難があるように思えた。 たしかにハメットはのちの作品ではアクションを抑え気味にして、 静かに緊張を高める手法を洗練させた。 けれどもこの作品がまずいわけでは決してない。 なかなか練られた構成だと思う。 たしか雑誌掲載時には中盤の脱獄シーンでダイナマイトによる爆破がくわしく描写されていたのを、 長編にまとめる際に削ったのだったと思う。 中編 『血の報酬』 を踏み台にして長編の技術を習得したのだろう。 ハメットが作家として活動した期間は長くない。 実際の経験を活かした実録ものにはじまって、 短い期間で書き方を身につけた。 どうしたらそんなことができたのだろう。 そこまで優れた作家だったのになぜ書けなくなったのだろう。
「自分が殺したのかもしれない」 と悩む主人公には、 何度読み返しても胸を締めつけられる。 ハメットが実人生で経験した理不尽や罪の意識が盛り込まれているのだ。 生活費のために書かれたに違いないのに、 にもかかわらず、 書かずにはいられなかった切実さがこの本にはある。 人間の心理を活き活きと描いた古典的傑作。