D.I.Y.出版日誌

連載第43回: 読書の自由と独立出版レーベル

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2017.
03.20Mon

読書の自由と独立出版レーベル

先月から EBook2.0 Magazine を購読しています自主出版はどこまで行くのかという記事を読みました。 「’self’ は表現行為よりも経済行為としての出版にかかるものなのだとは苦い事実ですね読書を豊かにする手段ではなく編集者やデザイナーを雇って自分でやるほうが得だという判断でしかない現代の職業作家は単に物語の書き手であるばかりではなくみずからの事業をマネジメントする経営者としての能力も強く求められているのでしょう

わたしにとっての電子書籍元年は 2010 年でしただれでも自由に扱える epub が広まりセルフパブリッシング元年ともなりました翌年の震災でソーシャルメディアの即時コミュニケーションが見直されるなどの変化があり携帯電話はスマートフォンが主流になりました漫画などのコンテンツに登場する電話は明確に 2011 年を境に二つ折りの携帯からスマートフォンへと切り替わりますさらにその翌年には日本でも Kindle ストアがセルフパブリッシングのサービスとともに開始されましたepub とスマートフォンの普及で読書と出版の自由が広がったかに見えましたしかしそうではありませんでした

孤独に深く潜ることで乗り越える力を得るようなところが読書と出版にはあります大きな力を得るにはそれだけ息を詰めて深く潜らねばなりません本を読むために買ったスマートフォンで本ではなく読書の話題を共有するひとびとを眺める時間が増えました手軽に孤独が紛れるからです読書と相反するその手軽さはやがてかえって孤独を深めますたとえば先日は何か学べるかと思い息継ぎや力の配分について話そうとしたところ幼稚な押しつけと見なされたようで伝わりませんでしたわたしがいないかのように話し合うひとたちを見て哀しい気分が残りました

またおなじ場所で差別的な意識で書かれた小説を読まないとする作家の発言を見る機会がありましたわたしもそうなのですがそれゆえにわたしが読める小説は年々少なくなっています自分とおなじ場所に立ってくれている寄り添ってくれていると感じられる小説には滅多に出逢えません結局のところ、 「ニーズのある側に立たなければ出版されないし広まらないからですセルフパブリッシングはそのような時代に抗う手法にもなり得ましたが実際には単に経済的な効率化の手段でしかありませんでした

書き手として出版者としてよりよくなりたい具体的な手段を知りたいし優れたひとたちから学びたいこのままここにいてはだめだと感じました次のやり方を見つけるべきときですこの七年間読書と出版の自由について考えつづけてきました実質的な変化は一企業である Amazon によってもたらされましたそこでは購入の手軽さから読書の道具に至るまで一貫した統合環境が提供されていますその生態系には ebook やプリントオンデマンドの出版サービスすら含まれています本来は埋め込み可能な試し読みビューワや書評 SNS著者をプロモーションする youtube チャンネルなどもあるはずなのですが日本では運用されていません

独立系書籍の販売チャネルを比較した資料を読むと海外でも Amazon の占める率は他書店を大きく引き離していますさまざまな囲い込み施策も影響しているのでしょうがそればかりではなくそもそも狭義のセルフパブリッシングは徹頭徹尾Amazon という一企業が牽引してきたように思います実質的にはイコール Amazon といいきっても差し支えないほどに当レーベルは 2010 年から数年間複数の販売チャネルを利用してきました作風によっては他ストアの販売実績が好調とも聞きますが修正が必要になったときの対応の煩雑さなどを思えば専売の利点を放棄するに充分な根拠とはなりませんでした

狭義と書きましたが広義のセルフパブリッシングには旧来の自費出版も含まれますしかし資本を投下して利益を回収する事業と見なされコストをかけるのが当然となりつつある昨今では、 「旧来の自費出版もまた自主出版と呼ばれるなど両者の区別がなくなりつつありますそのためまさに旧態依然とした詐欺業者にとって都合のいい事態が出来する一方でそれまで企業にしかできなかった出版事業を個人がおこなう手段もまた整いつつあるといえます冒頭に引用した記事ではKindle 限定を選択しやすい事業者として三つの可能性が示唆されています

・印刷本は出版社E-Book は自主出版を選択する職業的著者

・ E-Book /自主出版主体で発行しているインディーズ著者

・書店売りや通販を主体としE-Book は Kindle に限定する中小出版社

当レーベルが進もうとしている道は三番目に近いかもしれませんしかしながら現状では出版と流通の手段においてどの組み合わせも一長一短で迷っています人格 OverDrive はこれからも今後もひとりの作家を擁した独自レーベルでありつづけますがその作家はレーベルにとって全体をなす構成要素のひとつでしかありませんepub も Amazon もプリントオンデマンドもウェブサイトもそれを構築する WordPress やプラグインや html や css や php や JavaScript もすべてが同格ですそれらの手段を使って何ができるかそれとは別に作家としていまの時代に何が書けるかも考えてはいるのですがこれはどちらかといえば長期的なレーベルの運営とは別の課題です


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。