Sale!
SKU: 4909247181

血と言葉 逆さの月 崖っぷちマロの冒険

by: 杜 昌彦

『血と言葉』(『悪魔とドライヴ』改題)
県警本部長の娘、海堂ちありは援助交際の男に連れられて訪れた店で、カウンターに立つ国語教師、辻凰馬に激しく惹かれる。ちありの小説は波紋を呼び……。異色の恋愛小説!(2016年)

『逆さの月』
あたし渡辺聡美、17歳。悪友たちのおかげで今日も二日酔い。携帯電話がまだふたつ折りだった頃。ツインタワーが倒壊する少し前。あたしと幸田と春ちゃんはだれとも違うあたしたちだけの時間を生きていた……。恋を恋と認めない語り手による青春サスペンス。(2001年)

『崖っぷちマロの冒険』
僕は世界の忘れられた子。照らし出しては殲滅する——放課後に呼び出された11歳の僕が見たものは、中指を立てて木に縛りつけられたお嬢の屍体だった! 自伝的習作。(2002年)

別名義でベストセラーとなった代表作『血と言葉』に初期中篇二作を併録。

¥2,640
※送料別300円(1万円以上のご購入で送料無料)

在庫あり

数量: 

『血と言葉』を読んで、えぐられている

紹介する人:28(にわ)

人格OverDrive さんで連載されている1血と言葉を読み終えた

この感想文は説明のために多少のネタバレを含んでいるからまっさらな状態で血と言葉のことを知りたいよ!って人はweb で無料公開されている今のうちに読んでおくといい

さてさて初見では第 9 話 : 手製の銃1)」 2で持ってかれちゃった♡

いや1 話から 4 話までいっきに読み始めたときこれ好きかも⋯という予感はあったあったけど9 話はねちありに持ってかれた全部

詳しいあらすじとかは紹介しません多分それをしたところで読書感想を書いて楽しいかっていうと違うんだよねそして読書感想文を読む人もあらすじを知りたいわけではないような気がする

web での連載は章ごとに 4 話ずつ区切られているそれぞれ14まで

雨の夜1は主人公である辻凰馬から見た女生徒海堂ちありの行動が書かれているんだけど彼女の凰馬に対する近づき方がすごくリアル!

いや多分実際こういう近づきかたしかできないと思うんだよ生徒からしたら

明確な拒絶を示されたちありは2で強硬手段にでるけど凰馬の拒絶の仕方については下手をうったな⋯という感じがしたちありに対する自分に近づくなというメタメッセージは完全にカリギュラ効果⋯⋯

余談だけど人の好意を転がすのが上手な人は相手がとりたがっているコミュニケーションを相手をしゃべらせることで自分のことはあまり話さずに満足させつつ会話を適度に切り上げることができるんだよね

凰馬はそのあたりのあしらいが下手

■幼馴染みの日

ちありの幼馴染み遊田将大が出てくる

小説が進むごとに雨の夜でも存在だけは出てきていたちありの母親が重要な位置を占めることになるんだけどもうここからこの母親の魔力的な要素が見えていて怖い

幼い遊田少年に娘を託したのはなぜだったんだろうと読み進めて思ってしまうだってどう考えても愛情とは思えないというか

殺伐とした関係性のなかで数学教師の青山とその妻である絵梨子だけが平和でこういう言い方はどうかと思うけど正しい感じがするそして彼らがいるからこそちありと凰馬と遊田の関係というかむしろそれぞれの存在のしかたがいびつな印象を受ける

■手製の銃

はいきましたー!

私が読んだ瞬間ぎゃー!と身もだえした回が1です!

1は前半がテロ実行犯の独白そして後半にちあり目線に話になりちありが凰馬に執着するきっかけが語られる

男の言葉はそれまでのだれとも違った生き方を男に否定されたと感じた無知を見透かされた気がした

第 9 話 : 手製の銃1

あるいはそのために近づいたのかもしれなかった自分を変える力に曝されるために

第 9 話 : 手製の銃1

何が自分を惹きつけるのか知りたかった

第 9 話 : 手製の銃1

これらがね完全に恋なんだけどもものすごく恋の本質をついている感じなんだけども!

だいたいねなにがきっかけであろうとも多くの人間のなかで生活していてそのなかのたった一人の人間のことだけがものすごく気になってずっとずっと頭から離れないという脳みその異常状態に人はという名前をつけているわけですよ!

その人間のことをなにも知らないにもかかわらずというか知らないからこそ知りたくなる

ちありの感覚としては彼は私の知らない”何か”を知っているという確信があってそこに惹かれているけれどもそれ自体恋が作り出すちありの妄想なわけですよ! 凰馬が隠しているもの凰馬によって隠された秘密それらを暴いて自分のものにしたいっていう欲望が恋なんです!

以上早口はーはー

血と言葉はちありと凰馬の関係を軸にして物語が進んでいくのでちありの凰馬に対する感情は重要だと思うんだけどこのという基盤の脆さにちありが無自覚でそこがまたいい⋯⋯

4では凰馬はちありとの結婚をほのめかすちありが成人してもその気があればという条件付きではあるけれど

一般的にの寿命は短い自分でも制御できないような感情の動きが現れるのはせいぜい半年くらい

凰馬はそれを知っているからもしふたりの関係が一過性のものでなく今とは別の在り方でつながることができたならそういう未来もあると示唆した

だけどねぇ! 正直凰馬はずるい男ですよ!

青山は優しい男だというけれど受け入れるフリしてこの男は 1 ミリも自分を変える気がないですからね!

恋をするっていうのは自分を知ることですよ相手に対する自分のエゴに驚いてどうしてこうなってしまうのかという葛藤を経験することですよ凰馬にはそれがないないのに結婚とか言っちゃうんですよしかもちありに判断を委ねてるんですよ諦め込みで

こんなね剥いても剥いても中身がどこにあるかわからない男にハマったら大変なんです!

以上早口はーはー

それはそれとして手製の銃物語というか事件の全貌が徐々に明らかになっていく重要な回でどこを切り取ってもヒントがちりばめられていて面白い

■女たち

ちありのわかりやすい直球の恋心に肩入れしているせいもあるが新垣センセのやり方はちょっと怖いんだよな正論を自分の欲望の盾にして相手を追い詰めるところなんかが

どちらがどちらを搾取しているのかなんて当事者でさえわからない他人が口を挟んでも看過しても暴力になる

第 14 話 : 女たち2

人間の関係っていうのはなかなか完全な対等っていうのは難しくてどうしたってそこに傾斜が生まれてしまう

私は適度に迷惑をかけあうのが健全な人間関係のような気がしている持ちつ持たれつそれをひとりの人間に対してやるのではなくなるべく多くの人に対して分散すること友人を多く持つことのメリットというのはそういうことだと思うそれぞれの得意分野でちょっとだけチカラを貸してもらったりする相手が困っていたら自分もできる範囲でチカラになる

搾取と暴力というのは濃密な二者関係で起こりやすい他のだれにも開かれていない閉じた関係でよく起こる気がする他の誰にもこのふたりが共有しているものがわからないという関係だもしくは片方がそう思い込む関係

3ではちありの母親千里が登場する

女たちというタイトルのなかに含まれるのはちあり新垣千里である絵梨子は入っていない絵梨子が女性ではないという意味ではなく多分彼女が築こうとする関係やコミュニケーションには搾取や暴力の要素が薄いということだと思う

■洗脳

この章の意味はじめは千里のことだと思ったし実際はそこはあながち間違ってないんだけど遊田のことが含まれているような気がする⋯⋯

幼馴染みの日で遊田は千里からちありを頼まれているんだがあれが一種の千里による遊田への洗脳だったんじゃないかなって千里のちありへの愛情からというより自分が何か発言すること行動することで自分がどれくらい他者に影響を与えることができるのかということを遊田で推し量っていたんではないだろうかある種の実験の対象として遊田が選ばれていたんじゃないかって気がする

遊田が抱いているちありへの感情って恋とか愛情とかそういう感じがしないのよね⋯⋯庇護欲?

■集う日

精神的支柱というか庇護する対象を失った遊田が2で荒れていくのを見るのはちょっと辛いな

遊田にとって自分に好意を寄せてくる女生徒っていうのは全くの見えない幽霊みたいな存在だだけど幼馴染みでちありに一番近い場所にいると思っていた自分の存在がちありにとって同じようなその他大勢に成り下がっていたというは相当ショックが大きいよね

まあだからといって遊田の行為が許されるのかっていうと全くそれは別問題で人を自分の憂さ晴らしに使っちゃダメなのよ

カントも言ってる人間は単に手段としてのみ用いられるものではなくあらゆる行為において常に目的自体として見られねばならないって

3はちありと凰馬のやり取りがねちありの精神的決別みたいなのを感じていいよね凰馬はそれを促す発言をして彼女を自立させようとしている

色んなものを手放そうとしている凰馬とそれを察知して自分だけは先生の傍にいたいと思うちありの健気な気持ちが交差するこのシーン好きです

■報いと赦し

怒涛の最終章めちゃくちゃバイオレンスで気持ちがいい

この小説は最初からけっこう張りつめた雰囲気というか閉塞感があるので最後にこれだけ派手にやりあうとスカッとする

とはいえ私がこの感想で追っているのは常にちありっていうね

1では母親である千里の計画に気づき始め父親に相談の電話をかけるけど軽くあしらわれてしまう自分の人生を選んだことに罪悪感をおぼえているみたいだけどええんやで! 親に遠慮なんかせず自分の生きたい生き方をしてもええんやで! 何故か突然の関西弁と叫びたい子どもは親の持ち物でも道具でもないんだから

あと冷たいようだけど相手を傷つけてしまうことと相手が勝手が傷つくことはイコールではないので娘が勝手に母親のところへ行った事実でちありのおとうちゃんが傷つくのはおとうちゃんの勝手なんじゃないかしら? と思うわけです

それにしてもちありのおとうちゃんである宗介の千里に対する妄信みたいなものはほとんど千里による洗脳だね

これまでは画面に表示される数万の記号にすぎなかったそれが実体となって現れた血と肉と骨を備え熱と体臭を放って呼吸し動いている

先生の言葉があたしの手を離れて独り歩きしている

第 26 話 : 報いと赦し2

2でぐっときたのはここだなぁ

若いときの自信と無鉄砲さって目に見える色んなものを数字記号にしてそれを自分のチカラでコントロールできるって思ってしまうことなんだよねそれが思考的にローコストで万能感が得られるから

でも実際には数字や記号の向こうには個人がいてそれぞれ肉体という延長をもって思考しているその複雑さはローコストで思考できないし個人でコントロールもできない

あと祖父の亡霊はもうひとりの凰馬っぽいですね祖父の形をとっているだけで

そして4最終回のちありが良かった

凰馬の生活をなぞって生きていく彼のいた生活空間で彼の気配の名残を感じながらあの部屋で文章を紡ぐ

やっていることは第二の凰馬という感じなんだけどそこにいるのがちありってだけで私はこのあとのちありはあの部屋をちゃんと思い出にできるって想像してしまう

気配が消え匂いが消えあるときそのことにちあり自身が気づいて愕然としてももうそのときにはちあり自身で紡いだ彼女が文章があって彼女を作っている

事件の記憶はそのまま彼女の血と言葉となるだからちありは大丈夫な気がする

あと遊田なんかこの子は絶妙な位置にいるよね。 「凰馬にとって青山がいたみたいにちありにとっての遊田みたいな立ち位置に今後なりそうと思った

色恋にはならないだろうけど事件の記憶を共有しながらなんだかんだちゃんと飯食ってるのかとか本読んだぞとか核心に触れない世話焼きなことを言ってきそうそんでたまに余計なこと言ってちありに睨まれそう

ラストの真打よかったもう良かった以外の感想がない

■最後に

書いていてずっと思っていたんだけどこの小説は誰目線で切り取るかによってもう全然感想が違うような気がする

新垣センセのやり方が怖いって書いたけど自分の欲望に正論を糊塗して押し通す邪悪さも実はわかる新垣センセは自分の邪悪さに気づいてないけどそれは彼女が邪悪さが全ての人間に向くわけじゃなくて特定の人間にピンポイントに向くからだ

そういう二者間での暴力と搾取は至るところにある

それらをあるものとして引き受けてしまっても忌避するものとして扱っても暴力に加担する結果になることがあるそうすると暴力の構造を明るみにして戦うことしか選択肢がないんじゃないかって

凰馬はこの事件で結果的に自分が本当に死ぬことになっても構わなかったんだと思うホントにこの人はズルくて悪い男だよ⋯⋯

※注釈はすべて編集部

注釈

  1. 期間限定の無料公開は終了しました
  2. 連載時は章題がついていた
(2016年02月14日)

アバター画像

28(にわ)

遠つ人。日常+ 読書。Huginn(思考)とMuninn(記憶)
ぼっち広告

AUTHOR


杜 昌彦 認証
@ezdog@ezdog.press / @ezdog@ezdog.org

著者、出版者。2010年から活動。2013年日本電子出版協会のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。