D.I.Y.出版日誌

連載第21回: 読んでもいない本の話

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2017.
01.06Fri

読んでもいない本の話

ハリー・ポッターシリーズがこの国の読書教育に及ぼした影響は大きいのではないかと思いますほぼ同時期に読み聞かせ運動が流行したからです読書の楽しみをこのシリーズで知った若者は多いはずです辛辣な心理描写にはディケンズの伝統を感じましたし二作目などイアン・フレミングをじつによく研究したつくりでした架空のスポーツの描写やいじめに耐えるマゾヒスティックな描写はディック・フランシスのようでしたそのハリー・ポッターシリーズの最新作が出版されたそうです第三者による二次創作のような簡素な脚本だと聞きましたもうじゅうぶん稼いだじゃないかとも思うのですがいちど富豪になると維持にお金がかかるのかもしれません

その新刊について作家の戸田鳥さんが興味ぶかい感想を書かれていました戸田さんはまずかつての原作シリーズと映画とのあいだでハーマイオニーの描き方が異なることに触れてハーマイオニーを美少女のワトソンが演じた時点で原作とのズレが生じているとおっしゃっていますハーマイオニーは勉強しか取り柄のない女の子なんですよね頭がいいから大人になるにつれて綺麗になるし男の子たちも価値に気づく十年以上前に読んだので記憶が定かではないのですがたしか前歯が出ているのがチャームポイントで作中でその歯がやたら伸びる呪いをかけられたり容姿を散々にネタにされていました小説は周縁から対象を描き出したりさまざまな物事を複層的に描いたりするものですが尺の制約がある映画では絞り込まざるを得ません勉強しか取り柄のない出っ歯の女の子に美しい女性が隠れていることは映画ではそこを焦点にした物語でしか扱えませんゆえに本来の人生にあるような回り道をせずショートカットで美しさを伝えたのでしょう当初は入れ歯をつけての撮影が予定されていたとの噂も聞きましたエマ・ワトソンは知的な俳優だとの評判なのでそういう意味では正しい配役だったと思います映画版を観ていないので断言できませんが⋯⋯)。 また今回の新作勉強しか取り柄のない女の子への偏愛は見られないそうです書いたのが男だからかもしれません

ハリー・ポッターシリーズは子ども向けであるにもかかわらず性的なほのめかし・あてこすりの露骨な作品でしたハリーが操る空飛ぶ馬に跨がったハーマイオニーが陶酔する描写はクリシェといい台詞といいこれ大丈夫なのかなと心配になったものでした飛行から戻ったふたりがばつの悪い顔をしていて何も知らないロンが間抜けぶりを披露する場面には子ども向けとは思えない残酷さを感じました大人になったふたりが互いの伴侶に隠れて関係をつづけたとしても不思議ではありません結婚させるべきだったと著者が発言しているのはそういう意味かと思います著者は思春期の成長を性的なものとして捉えていてどうもそのことについて書きたかった節がありますマンドレイクの描写を伏線として登場人物たちのふるまいを書いていくさまにはほとんど悪意を感じましたそれぞれを当て馬と結婚させたことについては割とどうでもよかったんじゃないかという気がしますかつて色々あったことは周囲に隠し通して別の男ふたりの関係に気づかない間抜けな親友を選んでしまうのが人生だということに著者の関心があるのであってそれ以外はプロット上の要請ではないでしょうか

ある方は原作シリーズの結末に少女漫画の安易なハッピーエンドのようだと不満を感じたそうですメロドラマ的であることについてはブロンテ姉妹やトマス・ハーディの伝統がある国の文学という印象は確かにありましたどちらの著書も読んだことはありませんが⋯⋯)。 それ自体が悪いとは思いません不満を感じたとしたら純粋に技巧的な弱点物語のたたみ方がそれまでの積み重ねに較べるとやや雑だったことが原因かもしれません最近ソーシャルメディアで男性は少女漫画を見下しているという決めつけが話題になりましたメロドラマ的な空想を恥じて卑下しているのはむしろ女性のほうかもしれません嗤われることを畏れて男性を寄せつけまいとしているかに見えます完璧な異性または同性から愛されたいと願うことがそんなにおかしいでしょうかあるいはおかしいのかもしれませんがそれはお互いさまです。 「少女漫画はプロットを恋愛に寄せるとつまらなくなるが持論ですがそれは単に恋愛から疎外された人生という個人的な事情からです若者は生殖しなければいけないから大変だなくらいにしか思えず共感できないそれはそれであってお姫様は王子様と末永く幸せに暮らしましたというオチが悪いとは思いません誰だってそうあってほしいと願うものではありませんか?

ただし日本の子ども向け少女漫画は愛されたいという願望よりも愛されることで社会的評価を手に入れたいという夢が表現される例が多いようですましてジェーン・エアのように社会に抗って愛を勝ち取る女性はあまり一般的ではない印象がありますくどいようですが読んでいません)。 日本の女の子は苦労して勉強してもあんまりいいことがありませんアナウンサーや研究職のような本来は知的であるはずの職業もレースクイーンやコンパニオンと大差ない扱いで割烹着でポーズをとらされ女性的な発言を求められますより高いカーストの男に媚びる手段と割り切るほうがこの社会では生きやすいでしょうおかしな詐欺師が出てくるのもそのせいだと思います社会的評価を得るため主体的に行動することはこの国の社会では許されません紫の女として断罪されます自分を一方的に評価する社会に抗うなどもってのほかです男だけで独占されていた職業への道を切り拓き数十年の実績を積み重ねたところで大人の事情で決まった仕上がりを根拠に寄ってたかって人格否定されたりしますもしも戸田奈津子さんが美少女であったなら割烹着で微笑み舌足らずな口調で女性的な発言をしていればよかったのかもしれません)。 あくまで格の高い男性に愛されることでのみ社会的な評価を得るそれが道義だとされていますせっかくの知性を無駄にする女性が原作のハーマイオニーのような意味で美しいかどうかは別ですが


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。