杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第99回: いなくなる

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2017.
12.12Tue

いなくなる

ぱちっ! とオフにしたら自分が消えて、最初からいなかったことになるスイッチがあればいいなと思う。職場では優秀な管理者が夜勤をしていて、この部屋には別なひとが住んでいる。狂った家族は異常性の自覚がないまま孫に囲まれて幸せに生活している。自分と関わって人生を無駄にしたひともいない。

七日間の休みで、自然に眠くなり目が覚める時間で生活した。21時に寝て6時に起きるようになった。眠りが中断されることもなかった。きょうは15時からの勤務なので可能なら午まで寝ていたかった。朝に目が覚めたのでこれを書いている。明日から夜勤に戻る。この仕事をつづけられる自信はない。ほかにやれる仕事もない。不注意優勢型のADHDのせいだと考えていた。それ以上に知的障害が影響しているようだ。

FaceBookの「過去のこの日」を読む。秋頃から明確につまらなくなった。他人の目で自分の価値を測っていた。昨年末には現在の原型となる日記をはじめている。それから夏にかけて少しずつセルフパブリッシングと決別した。誕生日にサーバ移転、夏にドメインを取得して新サイト構築、初秋に移行完了。いまは自分だけのために出版ごっこをしている。公にしていないからパブリッシングではない。

『黒い渦』の改稿は終盤にさしかかった。見所がまったくないわけではない。とりあえず読める水準にはするつもりだ。しかし失敗作である事実は否めない。夢と現実が入り組んだ物語でありながら詰め込みすぎた。詰め込むならプロットは簡素にすべきだし、プロットが入り組んでいるのであれば詰め込むべきではない。

長さの問題はあるだろう。しかし引き延ばす意味は感じない。1999年の初稿は600枚か700枚はあった。殺人の謎を追うだけの簡素なプロットだった。2006年に現在の原型を書いた。いったんバラバラにして複雑に組み立て直した。幻覚剤やドッペルゲンガーの要素を詰め込んだにもかかわらず400枚以下になった。今回の改稿で180枚程度になりそうだ。中編小説が好きなのだけれども、180枚は短すぎる。せめてその倍はほしい。

本物の小説と自分との違いはなんだろう。その差は分量にも表れていそうだ。死ぬまでに400枚程度の本をあと数冊、長編と呼べるものを一冊書きたい。ひとに見せるつもりはない。その価値はない。異性によく思われるために体を鍛えるひとばかりではない。他人とかかわる暇があれば彼らは鍛える。向上すること自体が報酬となる。知的障害を抱えているので才能はどうにもならない。しかし、このような人間のままでいたくはない。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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