杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第98回: 現況

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2017.
12.11Mon

現況

Spotifyに曲単位で薦められて、聴けそうに思えたのでアルバムを通しで聴いたところ、好みではなかった。おすすめの基準がわからない。ジャンルやアーティスト単位で紐付けているような印象がある。おそらくYouTubeは検索や再生の傾向だけで薦めてくる。彼らはgoogle検索の情報も持っていて、利用者の好みをよく知っている。ビッグデータ。数が傾向を浮かび上がらせる。

利用者が何らかの傾向をもって検索したり再生したりするのは、だれかが主観的に選別してくれているからだ。それが批評家の仕事でありレコード屋や書店員の仕事でもあるかもしれない。彼らの視点に共感し、惹かれるからこそ、それを足がかりとして検索し再生する。それを完全に自動化することはできないのか。できるはずだ。なぜひとは特定の音楽を好むのだろう。好みとは何だろう。どこからくるのだろう。

Amazonの「おすすめ商品」からKindleストアを選ぶと、「売れている商品」しか売りたくない意志が強く伝わってくる。好みがまったく反映されない。「関心がありません」にチェックを入れていくと最後には一冊も表示されなくなる。あれは本当に「おすすめ」なのか。背後には何も働いていないかに見える。ただ機械的にランキング上位の商品を表示するだけの仕組みのようだ。

アーヴィングによれば小説の読者は女性が多いとのこと。体感的にその意見は正しいように思える。このところ男性客の割合が増えている。本の紹介ページも閲覧されてはいるので本当のところはわからない。そもそもアクセス解析の性別比そのものが占いのようなものでしかない。しかしこれまでの積み重ねがあるのでいい気分はしない。小説に関心がないにもかかわらず訪れる動機はあまりよくないものであることが多い。

電子版の価格を99円に設定したのがまずかったかもしれない。基本的に値付けはそのときの自分にとっての価値で決めている。そうしなかったのは洒落で512円にしたときだけだ。きりがよい、と思ったのだ。よくない値付けだった。この七年いろいろ試したかぎりではKindleストア開始当初に決めた280円が妥当だったかもしれない。自己満足で表に出すZINとしてはそんなものだろう。いずれその価格に戻す。

まずかった、というのは客層だ。99円の客は学校やウェブで話題にできるネタ的なものを、あまりお金を出さずに楽しみたい人々だ。さらに「感性がちょっと古い」という要素を加えればセルフパブリッシングではどの価格帯についても言える。以前ならブックオフの百円コーナーがそうだったような、やや廃れた感性を彼らは「親しみやすい」と感じる。

「すでに知っているものだから」という理由で好む層や、コンテンツをソーシャルなネタとして消費する(そういうものとしてコンテンツを捉える)層が、粗悪なアマチュア本を意識せずに読んでいる。品質はむしろ劣っているほうがネタとしても親しみとしても好まれる。掌の端末で読むものだから、気負わずに楽しめるのがいいのだ。

ひとに楽しみがあるのはいい。しかしできれば彼らの世界とは距離を置きたい。

Spotifyを利用しはじめて一年。Kindleで小説を、ブックパスやBookLive! で漫画を読むようになって五年ほど経過した。ひさしぶりに書店を訪れた。大量の印刷本を異様に感じた。画面にあるべきものが印刷され製本され運ばれて店の棚に詰め込まれている。しかしよく考えればその違和感のほうがおかしいのだ。CD屋には長いこと行っていない。絶滅するまで気づかないだろう。近所のTSUTAYAは知らぬ間に潰れた。

『黒い渦』はおそらく次の休みで一巡目が終わる。その次の休みでさらに手を入れて、半月ほど放置してから二巡目をやる。来月なかばにまずKindle版をリリースし、それから印刷版を出す。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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