D.I.Y.出版日誌

連載第11回: Kindle Unlimited(KU)とセルフパブリッシング同人文化

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2016.
08.04Thu

Kindle Unlimited(KU)とセルフパブリッシング同人文化

Amazon の読み放題サービスKindle Unlimited略称 KUが日本でもサービスを開始しました読者としても著者としても数年ブックパスを利用してきたので目新しさはなくピンと来ません品揃えも似ている印象があります支払いをクレジットカードで行う消費者やAmazon 専売KDP セレクトの著者には影響があるのでしょうかブックパスはau かんたん決済が使えるので重宝しています雑誌は携帯で読みにくいし小説は同人誌のようなものばかり自然と漫画ばかり読むようになりました読者としては読み放題にアマチュアの本が表示されるとサービス全体の質が悪い気がしてがっかりしますばったもんしかない感じ携帯料金と一緒に支払える気安さがあればこそなのでKU にしいて利点を見いだすとすればAmazon のブランド力がもたらす安心感かなと思いますブックパスはそれ自体が (「Amazon ではないというただそれだけの気の毒な理由でばったもん臭いのでその一点だけでも大きな差があるのかもしれません

読み放題という言葉には嘘⋯⋯とまではいわないもののいささか誇張があるかと思います二巻目から課金が待っている釣り堀みたいなものではないでしょうかブックパスではいつも吊られて毎月の請求に泣いています一巻目がお試しとして読み放題になってるんですよ戦略として期間限定で全巻読み放題になることもありますが常に全巻読み放題になっている作品は無名である上に古くさくて読めたものではない作品ばかりですでなきゃブラックジャックによろしくとか20 年前によく利用していたブックオフに似た雰囲気です知るかぎり唯一の例外は河内遙関根くんの恋性暴力サバイバーを描いたこの大傑作がきっかけでおれはブックパスを常用するようになりましたそのような経験から漫画と読み放題サービスの相性はぴったりであるようにおれには思えます少なくとも 41 歳の中年男性に 20 年ぶりに漫画を読ませるだけの利便性がブックパスにはありましたそれでは小説ではどうでしょうかそもそも小説は漫画ほど電子書籍化が進んでいません読みたい本はまだまだ少ない状況ですまして読み放題の対象作品は限られています先にも述べたように同人誌のようなアマチュア作品ばかりです

日本のセルフパブリッシングが同人的な交流をめざしていることは元年と呼ばれた 2010 年からの六年間ではっきりしましたセルフパブリッシング全体の品質向上には期待できません。 「プロかアマかのボーダーはもう存在しないという言説をたまに耳にしますがアマチュアがプロ水準に達したという事実はごく一部の突出した才能や作品を除けばありませんし今後もありえないでしょうしたがってその言説の意味するところは同人レベルの仕事しかできなくなったという出版社に対する過激な批判かと思われますおれはその考えに同意しません

たしかに実行力があればだれでも出版社はつくれるのでそれこそ同人レベルの商業出版物だっていくらでも存在するでしょうでも全体としては歴然とした差を実感していますプロとアマの差は明確ではなくグラデーションのようなものだとの反論もしばしば耳にしますがそれは自閉症と健常者の差みたいなものでしょうたしかに明確な境目はありませんがだからといって自閉症は存在しないなんてことにはなりませんではなぜそのような言説が口にされるのでしょうか怠惰を正当化するために自分たちと同水準にまでプロを貶めようとする発想がセルフパブリッシングの著者たちにあるとしたらいやだなぁと思いますしかし読者もまたそれを求めるのかもしれないという予感もありますあらゆるコンテンツがソーシャルメディアの評価軸有名人であることやネタとしての消費しやすさで評価される時代だからですそこではすでに受け入れられているものが高く評価されます親しみがありわかりやすいからです

これからの日本ではセルフパブリッシングのみならずプロの出版物でも素人臭いほうが喜ばれるでしょうやはり同じ理由——親しみがあってわかりやすいからですソーシャルなつながりのある知っている人」 「有名人・人気者の書いた素人臭いものがお金になるでしょうあるいはネタとして消費する目的に特化した作品が評価されますといっても知らない人の書いた素人臭いものは当然きらわれます素人臭いからではありませんまっとうなプロ品質の作品であっても知らない人の書いた見慣れないものであれば下手と見なされて十把一絡げに断罪されますむしろ親しみがなければそのほうが下手と見なされる可能性が高い事実ソーシャルな交流という価値基準において下手なのですひとりひとりの人間がそのひとだけの何かであることをこの国の社会は許しません均一で同質である人間同士の無難な交流こそが最重要なのです世渡りのスキルとみんなと同じであることだれとも区別がつかないことこそが成功の鍵となるでしょうあらかじめソーシャルに最適化された人がみんなと同じであるがゆえに成功する社会それがこの国における出版の未来です


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。