杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第4回: ポータルとしての作家

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2015.
04.21Tue

ポータルとしての作家

いま作家と呼ばれてる機能って将来的にはアルゴリズムに置き換えられると思うんですけど、そうなったとき本の間口ってウェブサイトになると思うんですよね。それが自動生成される本の結点になる。リーバイスという商標があってデニムウェアの商品があるように、作家というウェブサイトがあって読書を担保する機能がある。そこには閉(綴)じたコンテンツとひらかれたコンテンツと断片と、閉じたところを基点にしたソーシャルがあると思うんです。おれのサイトでいえばepub・kindleとBCCKSの試し読みと、いまはないですけどtwitterライクな独り言と、感想などの意見を交わせる場所(ただしコメント欄ではない)です。

BuddyPressについても調べてたんですけど、丸ごと全部SNSのサイトをつくるプラグインみたいなんで、あきらめました。ただ、それで作家の交流サイトをつくったら楽しそうだと思うし、ニーズはあるような気がするので、五年後くらいに暇だったら試してみます。若くて有望な書き手が増えてきた気がするんですけど、そういったひとたちが会話できる場ってあんましないじゃないですか。g+はなんとなく敷居が高いし、2chは荒れないときのほうが珍しい。twitterは流行の内輪言葉で気分を共有するだけの場です。facebookは大人な社会人が交流するにはいいかもしれませんけど、作家向きじゃない。若い作家専用の交流サイトはいずれ必要だと思います。ただおれ自身はそういう世界が苦手なので、まずは独り言を気軽に書き込める自分専用の場をつくりたい。そのためにtwitterやg+やfacebookみたいに、見ている場所にそのまま書き込めるUIが必要なんです。

SNS的なUIと閉じてることって両立できるように思うんです。ノートを一冊放置して、そこにだれでも書き込めるような。ノートって閉(綴)じてるじゃないですか。だれでも読めるようにはしたので(Kindle版の無料化)、つぎはだれでも書き込めるようにしたい。サイトというより本をつくってるつもりなんですよね。孤独・個人を指向してさえいれば、機能としてはひらかれていても性質としては閉じてるんで、ウェブであると同時に本でもありうると思うんです。むかし佐々木さんがメルマガを本と呼ぶキャンペーンに携わって、忌川さんに記事を書かせたりしたんですけど、うまくいかなかった。機能として閉じていても性質としてひらかれているからと、あと単純に、刹那的な先祖返りだったんでしょうね。過渡期にはそういうのがよくあります。雑誌的ではあるように思うんですけれど。雑誌は性質としてひらかれているので、ウェブで代替されます。

このサイトは本ですけど、それはおれのアルゴリズムが孤・個を指向する閉じたウェブだからです。つまるところ本とそうでないものを分けるのは、主観的で感覚的なものなのかもしれません。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
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