D.I.Y.出版日誌

連載第80回: 転ぶ大人

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2017.
10.07Sat

転ぶ大人

先月末に四連休がありあれこれ予定を立てて楽しみにしていた業務の都合で日勤があいだに挟まった結果休みは二日半に心理的な負担になる業務だったのでいまだに引きずっている発達性協調運動障害が悪化した休み明けの初日は路面のわずかな段差につまずいて派手にすっ転んだ大人はふつう転ばない気に入っていたジャケットの袖が破れ肘を擦り剥き腰の右側を打った同時に両脚が攣ってひどい筋肉痛になった文字通り這うようにして出社した体をひねって転倒したためにジャケットの左内ポケットに入れていた iPhone は無事だった翌日はネクタイを締めることに気をとられなんとベルトを締め忘れたクールビズならぬフールビズひげを剃り忘れて出社した経験は何度かあるがベルトは初めてだ三日目はまた転んだ気をつけて歩いていたのに駅に着いて気を抜いたとたん床に落ちていたクリーム状の物質正体はわからないで滑って転んだクルーゾー警部を笑えない怪我はしなかったがちょうど列車が到着したばかりで改札を出てきたひとびとの注目を集めた四日目は車に撥ねられるのではと畏れたが不運といえばクレーム対応くらいで済んだ

午後からまた四連勤怪我の痛みはひいたが疲れは抜けないやりたいことやらねばならないことは多いのに何ひとつやれずに一日半の休みが終わった。 『Pの刺激出版にともなう ISBN 関連の手続もしていないし国会図書館に送付してもいない。 『悪魔とドライヴのときと異なり出版を楽しめなかったのでつい億劫になる連休に読むつもりだった2666は三分の一しか進んでいないおもしろいのだけれども物理的に重すぎて読みづらいことこの上ないベッドで腹ばいになるのが比較的ましな姿勢だ擦り剥いた肘が痛むのでそれも気乗りしない読書のできる机がほしい手持ちの昇降式ガラステーブルは小さすぎて MacBook 一台が占拠している本のあるべき場所に Mac がありそのために読書よりもインターネットで過ごす時間が多い楽しめればそれでも構わないが充分に心は晴れない

ロシアのシューゲイザー・バンド AEROFALL 二枚目のアルバムを SoundCloud で試聴した哀しげな目のちょっと肥った若者が日本のシューゲイザーという youtube チャンネルをやっているきのこ帝国もそこで知ったAEROFALL はその姉妹チャンネル東欧のシューゲイザー」 (これはだれがやっているか知らないで知って好きになったyoutube の目利きに教わり SoundCloud で試聴し月額 980 円の Spotify でずっと楽しむという流れが音楽では当たり前になったレコード会社も違法アップロード動画を配信停止にするのではなくCM を挟ませて広告料をとるのが一般的になったそうだ。 「販促専用気に入ったら買ってアーティストを支援して!」 「権利者はご連絡ください対応しますなどの文言をよく見かけるこのような消費の導線は十年前には考えられなかった読書でも何かそういう導線があればいいのに出逢いさえあれば買って読みたい気持はあるいまの職場のおかげで暮らしに余裕があるからだ

コリン通りベーカリーにクリスマスのフルーツケーキを予約注文した自然界には存在しない毒々しい色のドライフルーツとどっさりのペカンの実とわずかな小麦粉を糖蜜と油脂で固めた岩のような食べ物だ包丁の刃が欠けるのでカットされたものが売られていたのは助かった不要なコーヒーを追加しなければカートに入らなかった上に二千円も送料を取られたこうした買い物だって前世紀には考えられなかった三十年前にワールドミュージックなるものが流行したとき世界中のごくふつうの流行歌を部屋に居ながらにして楽しめるようになればいいなと夢想したいままさにそのような時代に生きているその気になれば Spotify でテキサスの地元バンドを聴きながら Google マップでコリン通りを歩くこともできるこんな時代にいまだにテロや紛争や核兵器開発がつづくのが理解できない技術の恩恵にあずかれない貧しいひとびとが暮らしのつらさや理不尽から諍いを起こすのは理解できるでも彼らに爆薬の腹巻きを与えて休日のショッピングモールへ向かわせるのは裕福なひとびとなのだあるいはインターネットは彼らの商売をも助けているのかもしれない以前には考えられなかった導線があるのかもしれない

iTunes で映画を物色したおもしろそうなのがたくさんあった棚づくりのうまさにいつも感心する関心の持てない商品を売れ行き順に機械的に並べる Amazon とは大違いだApple のあれは人力のキュレーションなのか何かしら自動化されているのかHulu と品揃えが被っているときがあるのでおそらく取次業者が推したものを並べるのだろう電子書籍でも値引きや無料の漫画はどのストアでも被っている業者が推したものを素直に読んでいる考えようによっては読まされているBookpass の読み放題で知って BookLive! で全巻みたいな買い方をここ数年しているそれで知った作家は数多い最近はオノ・ナツメヤマシタトモコの才能に唸らされたふたりともベテランなので通にとっちゃ何をいまさらだろうけれども大人がふつうに生活していれば漫画なんて手に取る機会はまずない電子書籍のおかげで書店で恥ずかしい思いをせず思い立ったらすぐ買って読める時代になった仕掛けているのが出版社か取次かは知らないが力を入れて宣伝されていればつい読まされてしまうきっと小説にもすごい才能がいっぱいいるのだろうけれども知る機会がない。 「ああおれとは違うひとたちのための本ですねといった具合に距離が鼻につくような本ばかり宣伝されている書評の価値が見なおされつつあるので本好きのためのサイトが導線を持つことができたら状況も変わるかもしれない


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。