ボラーニョ 『2666』 を読んでいる。 遅読の自分としても呆れるくらい進まない。 先が気になる物語で文章も読みやすい。 世の中にはピンチョンのようにおもしろいけれども読みにくい (あるいは読みにくいのにおもしろい) 本もあるがそれとは異なる。 読みにくさはテキストそのものではなく重量に起因する。 ただもう物理的に重すぎるのだ。 遺された家族の生活のために本来は分冊されるはずだったが文学的価値のため遺言に背いて一冊で刊行された本なのだ。 Kindle 化されていればと以前なら愚痴ったところだが現在は紙の本をより好ましく思うようになった。 哀しい事故が原因だ。 本は寝る前に読むことが多い。 自然と枕元に本が配置される。 これから読むつもりの本は、 いまは亡き BEAUX-ARTS という雑貨屋で買った折りたたみ式のコーヒーテーブルに積む。 読みさしの本は枕の隣だ。 Kindle 端末は薄いので寝相が悪いと枕に隠れる。 知らずに手をついてパキッという厭な感触がした。 ごく小さな傷だがフロントライトを点灯すると偏光して光の筋を放つ。 紙の本ならこんなことはない。 明かりを消すと読めなくなるのが玉に瑕だが画面に傷よりはまだマシだ。 物理的な重さを別にすれば読むのに気を削がれることがない。 いったいどんな姿勢で読めばいいのだ。 支える腕が筋肉痛になった。
若い頃は書くために読んでいた。 仕事ではないにせよ書くのも読むのも 「自分とは何か」 に関わる作業であり趣味ではないと感じていた。 自分はただの発達障害だと気づいたのでいまは楽しみのために読んでいる。 書くための読書とは読み方がちがう。 脳に筋肉があるとすればその筋肉の使い方が異なる感じだ。 思えば子どもの頃から多趣味だった。 玩具を与えられなかったし交友や外出にも制約があった上、 そもそも協調運動障害のため体を動かすことを楽しめなかったので、 自力でさまざまな遊びを考案した。 書くことも読むこともそのごく一部だった。 自分にしか理解できない遊びばかりしているのでますます友人がいなくなったが、 他人のしている遊びは自分には理解できないので差し支えなかった。 今はその生活の延長であるように思える。 金も時間も自力で得たものだから自由に気兼ねなく使える。 子どもの頃はすべては大人たちの顔色次第だったし CreateSpace も BuddyPress もなかった。 趣味はどこにもつながらず何者にもなれない。 人生を無駄にする喪失感がかつては募った。 今はそういうものだと感じている。 自分の人生はそういうものなのだ。 だれともつながれない発達障害者であるからには受け入れて楽しむしかない。 どこかへ至る作業でないからには楽しめればそれでいい。 ボラーニョだって 7800 円もしたのだ。 最低でもひと月はかけてチビチビと楽しみたい。
サイトに地味に手を入れている。 撃たない猟銃の手入れをするようなものだ。 Theme My Login でログイン画面をつくって管理画面の出入りを制限し、 ヘッダにログイン・ログアウトのボタンをつけようかと考える。 投稿機能についてはこのサイトで実現している機能をすべて盛り込むことはむずかしい。 たとえばカテゴリを日記限定にすれば簡単だ。 本の紹介を入れるとしたら ASIN と要約文の入力欄はどうにもならない。 プラグインに頼らず投稿フォームを自作するしかない。 方法の目星はついているが手間がかかりすぎる。 もし本の紹介にこだわるのであれば日記はあきらめたほうがいい。 本の紹介を実現したとしても著者タグページの問題がある。 このサイトでは ASIN の入力でリンクが自動生成され、 要約文を入力すれば内容紹介ができる。 タグを指定することで著者ページが生成されるが、 そのページには著者画像と紹介文を紹介せねばならない。 本の紹介をするにせよいずれかの機能は断念すべきだ。 不特定多数に開放するには複雑すぎる。 アイキャッチに書影を指定する機能だけにとどめるべきか。 それなら既存のプラグインでどうにかなるしユーザの負担も少ない。
そもそも何を目的とするか考えねばならない。 本の紹介をメインにするのであれば日記は不要だ。 本の紹介をメインにするのであれば、 著者タグの準備は管理者が代行するとして、 ASIN だけでも指定してもらう必要がある。 ならば管理画面の機能を制限するか投稿フォームを自作するしかない。 参考サイトを小一時間睨んで断念した。 労力をかけても期待したほどの結果は得られそうにない。 貴重な休日に何をやっているのだろう、 と一瞬われに返りそうになるがいいのだ。 酒を飲んで無為に過ごすこと自体が趣味なのだから。 小説は書けば大勢から憎まれる。 声の大きなひとびとの顔色次第だった。 苦しみの代償がそれではやる価値がない。 人生は有限だ。 楽しまなければ。 少しでも心躍るものを探すのだ。 そうして死ぬまでの空虚な時間を埋めるのだ。