杜 昌彦

D.I.Y.出版日誌

連載第61回: 書評の可能性

杜 昌彦書いた人: 杜 昌彦, タグ:
2017.
07.17Mon

書評の可能性

ウェブは思考よりも刹那的な衝動に親和性があります。Amazonは利益と効率の最大化を意図し、いかに消費者に考えさせずにクリックさせるかを重視します。旧来の出版は読書を前提としていました。反射的な動作を誘発する一構成要素として位置づける発想は、ウェブの登場以前にはありませんでした。本を選び、購入し、読む行動がそもそも刹那的になり得なかったからです。

読書は私的で内面的な行為です。他者からは推し量れません。経済的観点から行為として観測されるのは消費です。消費に至る過程にいかなる思考があろうとも、得られる結果は反射的なクリックと等価です。利益と効率の最大化において、そもそも実際に求められたかどうかは問われません。単に消費が発生すればよいのです。現代においてそれは指先の動きでしかありません。

ソーシャルな伝播においても過程は問われません。次の消費につながるか否かでのみ評価されます。またSNSでの感想やAmazonレビューはそれ自体が「ネタ」という刹那的な消費財であるともいえます。非効率な読書を前提とした書評とはそこが異なります。

カネは客観的で明確な指標です。私的で内面的な行為はそうではありません。そのため論拠とするには説得力を持ちません。にもかかわらず読書と出版には、その曖昧でわかりにくい場所に立たずには何も語れない弱みがあります。仏文学者で作家の鹿島茂氏は書評アーカイヴ「ALL REVIEWS」の「はじめに」という文章で次のように語っています。

「出版危機の根源は『書物の消費財化』にあります。
書物がロング・セラーであることを自ら放棄し、ショート・セラーである道を選択したときから出版危機は始まっています。
本を本来の姿である『耐久消費財』に戻さなければなりません。そのために最も有効なのが、過去に書かれた書評です」

「売れたからには消費者が求めていたのだ」という論理は一見もっともなようで、危うさを孕んでいます。それで消費者がほんとうに満足するのなら「Kindle Unlimitedは素人のゴミばかり」という失望の声がなぜ頻繁に聞かれるのでしょうか。あるいはそこにヒントがあるのかもしれません。


(もり まさひこ、1975年6月18日 -)著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、藤井太洋氏、十市社氏らによる指導を受けた『悪魔とドライヴ』が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。最新作は『ぼっちの帝国』。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。
ぼっち広告