D.I.Y.出版日誌

連載第377回: 夏の終わりに

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
Fediverse Reactions
2025.
8.23Sat

夏の終わりに

花火大会を報せる花火の音で区民祭りの日だと気づいたいつも走りに行く公園が会場きょうは走るのは中止だな⋯⋯あえて走りに行った日からもう二年も経つのか大混雑でだれもマスクをしてないのにびびったもんだった六階のこの部屋に越してきたときからずっと今夜を楽しみにしていた来年にはマンションで隠れる空に隣町の花火を見たんでもう充分ではあるけれどでもやっぱり期待しているこのために越してきたようなもんだから前に住んでいたアパートの一階の窓からも建物の谷間から十年あまり毎年見ていた花火なんか興味なかったけれどどういうわけか休みだったりちょうど帰宅したタイミングだったりが重なって毎年たまたま見ることになったもんで苦労して這い上がって曲がりなりにも自分の人生を手に入れてからの歴史を重ねてしまうところがコロナ禍で中止になり再開したときには打ち上げ場所が変わって見えなくなった去年の夏にはわざわざ立体駐車場に無断侵入して眺めたその時点まではまさか 16 年暮らしたアパートが取り壊しになるなんて思ってもみなかった花火が見えなくなったのが前ぶれだったんだなと思うしそういう意味でおれにとって今夜の花火は生活が変わったことの象徴なんだよなたかだか細い道を二本またいだ距離の差でしかないとはいえ

 前の部屋から持ってきたタオルが臭くなってしまった熱湯をかけたり漂白剤につけてみたりしてもだめアトピーの原因はこれかもしれない思い返せば去年 30 年ぶりに再発したのは靴下を手洗いするようになってからなんだよな以前はまとめて一週間分をほかのタオルやシャツや肌着と分けて洗っていた一週間分を洗濯槽で熟成発酵させるのがいやになりかといって靴下一足だけを洗濯機に入れるのはさすがに無駄だし時間が倍かかるのも気に入らず手洗いするようになった最初のうちは絞って干していたのだけれどしだいに脱水が億劫になりほかの洗濯物と一緒に洗濯機へ放り込むようになったさらには手洗いが面倒な日は丸一日穿いていたのでなければほかのと一緒に洗ったりもしていた靴下はどう洗うのが正解なんだろう⋯⋯なんてことを書いていたらまったく存じ上げない方に週に二三回に分けて洗濯していますなんて急に話しかけられてびっくりしたものすごくちゃんとしたまっとうな方のようでそんな方の前におれみたいな異常者が表示されたことをもうしわけなく思う

 建て方が悪かったのかおなじドメインの前のサーバで鎖国していたのが尾を引いているのか楽犬舎リアルタイムフィールドにはフォローした方とそのひとたちがリツイートした投稿だけが表示されるなので自分が見ず知らずの他人に見えているという意識がないよくも悪くもマイクロブログとして備忘録に使っている数行の記事を投稿しひとさまの記事を拝読して感想を投稿するめったにやらないが話しかけるとしたらコメント欄に書き込む意識だひとさまの座敷に無断で上がり込むくらいの感覚⋯⋯まぁさすがに靴くらいは脱ぐけれどおれにはソーシャルメディアは向いていない社交性がないからだというか最低限の社会的能力がないソーシャルメディア以前に現実の社会生活がまともにつとまらないだから作家になれなかったしこれからも世間に見いだされることはないしかし実際問題おれは他人からどの程度見えてるんだろうな見えてたらもうちょっと読まれてるはずどこまでも完全な透明人間なのだろう⋯⋯と思いもするのだがひとは貶める対象だけはしっかり観察しているものださておき単純に技術的な問題として知りたいものだなぜおれのサーバには連合先として何も表示されず見知らぬ他人のサーバにおれが表示されたのか

 マスクのサーバでは読んでください読んでくださいとツェねずみ紛いの連呼をしているけれどそんな物乞いのような真似をしたいのかそもそもほんとうに読んでほしいのかも自分でわからない評価はされたいこの現状はあまりに不当だと思うでもそれは加害者たちにめちゃくちゃにされた人生が不満なだけであってそれはもう 50 歳になった今となっちゃどうにもならないまして書くことで取り返せるものではない愛とか生まれながらに祝福された何かはせいぜい 20 代でなければ埋め合わされないそれに世間が評価するのはおれがやっているようなことではないもっと社会的な能力とかAI に代替されるようなアルゴリズムに最適化された消費しやすいものが求められているおれは完全にむだなことを全力でやっていて報われることはないおれが幸福になる日は来ない

 紫外線がアトピーにいいのではと考え上半身裸で Darren Hayman の新譜を聴きながらベランダで推敲どうしちゃったの? というくらい聞きやすいへろへろなローファイポップの印象をもっていたけど今回は王道というか直球というかふつうのアメリカンロックみたいに聞こえるへぇ亡くなった友人への追悼作なのか⋯⋯これまでの作品でいちばん好きかもしれないな名盤世間の人間がわざわざ旅券を取得し飛行機に乗って浮世離れした南の島の一泊何十万もする宿のプライヴェートビーチくんだりまで赴かなければ味わえないこの経験を窓を開けてベランダへ出るだけで得られるなんてなそのあとのシャワーも数歩で済む30 分ほど日光浴してからビルケンシュトックのサンダルをモーブレイの洗剤と濡れ雑巾と使い古しの歯ブラシで手入れしたきのうはカーテンを洗ったぶじに夏の課題をこなせたわけだ涼しくなり秋を感じたらエアコンを掃除するつもりでいる毎年区民祭りとともに夏の終わりを実感する悪くない夏だったかもしれないな

 ⋯⋯結局今年の夏を最後まで味わい尽くしたくて走りに行った今年も規制線が張られていてにこやかな警官に身ぶりで迂回をうながされたせっかくだからと速度を落とし歩いて混雑へはいっていった強い陽射しのせいか例年よりひとがまばらだピクニックのように木陰に座り込んでいるひとが多い家族連れや中学生カップルがまぶしくて一瞬で耐えきれなくなりこそこそと逃げ隠れるように離れた時計の計測によれば 16 分しか走らなかったいつもより 10 分少ない薬局で買い物して帰宅しシャワーを浴びてウェアとジーンズを洗濯機へ放り込み十年くらい前にジャックダニエルズの景品でもらったオールドファッションドグラスでギムレットをのんでいる区役所近くの薬局で 80% 濃縮還元のライムジュースを買ったのだ)。 やっぱりこの街が好きだな越してきてよかったよ去年の引越でも離れなくてよかった今年の夏は満喫した二回も投票に行ってその帰りにふだん行かない薬局に寄りクリームソーダやコーラフロートをつくってのんだ六月に自作した夏のプレイリストもよかった梅雨からいまの時期にかけてを想定した選曲だ何度もくりかえし聴いた唯一の心残りは無花果を食べなかったことだあれの旬は六月なんだろうなちょうどその頃引越に要した金のことで先行きに怯えていて薬局よりも金のかかるスーパーを遠ざけていた果物を買うどころではなかったジャムをつくるための安い無花果を買い込んで台所の流しで食べたのはもう一年以上も前のことなんだな

 注文したタオルが届いていた郵便受けまで取りに行ったたぶんおれはCloud9を書いていたこの夏が楽しかったんだろう。 『KISS の法則を書いた 2004 年の夏以来だ祖父が脳梗塞で倒れて入院しそれまで話し相手になるために市の南側にある実家から北側にあるかれの家まで通っていたんだけどその先が入院先の病院に変わりつきあっていた女北側に住んでいたの車で遠出したりして——つまりそういうことが家庭内で黙認されるようになって状況が変わりつつあった。 『Pの刺激を書いていた翌年におれは軟禁状態だった家を出て女の部屋に転がり込み一年半のヒモ生活を経て前のアパートへ移り住み工場の仕事にありつくことになる南から北へ狂人の家から外の世界へ⋯⋯そういう夏だったこの夏がまた転機になればいいのだけれど

 花火が終わった直前に尿意を催して最初の数発は見逃したちょうど交差点先のマンションの方角で火球の右下四分の一くらいが隠れていたけれど⋯⋯うんこれで充分向かいのスポーツ用品店の立体駐車場の屋上に親子連れが何組か見えた悪いねこっちは特等席だよこれまでの人生で見た最高の花火は2010 年だったかその翌年だったか当時つきあっていた九歳上に連れられて見に行った長野の花火頭上で視界いっぱいに広がったあれを越える経験はないだろうけれどでも今年の花火も生涯忘れないと思う三十分ほどで静かになったのでこれで終わりだろうと冷房の効いた部屋に引き上げカップ麺にお湯を注いだところで後半の部がはじまったここからが本番だったのだ今度は左下にとても小さな花火を伴っているそちらは音が聞こえないどうやら別の遠い街の花火のようだその下にも知らないだれかの暮らしがあるのだと考えこれまでに一緒に花火を見たひとたちのことを懐かしく思い出したついにどちらの花火も見えなくなった眼下の遊歩道を談笑しながら引き上げる家族連れがいくつも過ぎたのびきったカップ麺を啜りながらこれを書いているほんとうに夏が終わってしまったいやいやーいうてまだ夏っしょ九月くらいまでは⋯⋯と思うんだけど毎年この夜を境に明らかに秋になるんだよさっきだってベランダで秋風を感じたもう真夏の熱帯夜じゃないさようなら愉しかったよCloud9の夏

 最後にもういちどだけ聴こうギムレットをお代わりだ


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。

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