D.I.Y.出版日誌

連載第374回: ゴミ中年を棄てる場所はない

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2024.
07.04Thu

ゴミ中年を棄てる場所はない

ゴミは前日の夜に出すことにしている先日資源ゴミを出しに行くとき隣室のドア前に空の瓶や缶でぱんぱんに膨らんだレジ袋が置かれていた普段そのようなマナー違反をやるのは自分だけなので二度見したおれが飲まない甘い飲み物ばかりだったということは正体をなくすほど泥酔してやらかしたとかもうひとりのおれが出現して迷惑行為をはたらいたとかではないらしいゴミを棄てて戻ってきたらそのドアの隙間から水がちょろちょろと洩れ出ていたホラー映画の血を連想しまたも目を疑った水は見る見るうちに隙間からあふれ出して通路を濡らした

 先月 49 歳になった蔑まれるだけの人生から抜け出したいずっとどんぶり勘定で生きてきた調べてみたら極力金を使わないよう努力した月でも 20 万以上かかることがわかった毎月四万くらいずつ足りない半年ごとに支給される交通費と小遣い銭程度の賞与でどうにか帳尻を合わせてきた生きるのに必要な買い物しかしていなくても綱渡りだったところに加えて去年さまざまな家財が寿命を迎えて帳尻が合わなくなった高騰したサーバの契約更新さえなければどうにかなったはずだメールアドレスを保持するために支払わざるを得なかった何しろこれだけの無能だけりをつけようとしてもきっとしくじる不具になった人生を維持する金はない十年前はただ生活するだけでこんなに金がかかったろうかそんなはずはないと思うのだけれど小説を書くどころじゃないやまともな家庭に生まれ育った健常者が妬ましい

 社会はふつうの人間のためにありふつうであることを前提に設計されているひととちがった経験をしてひととちがってしまったら生活していかれなくなる視界や身体を支配する端末がひとびとの掌にある時代物事の価値はプラットフォーマーが利益のためにアルゴリズムで決めるユーザは視界を操作され考えを吹き込まれ自分で選んだつもりにさせられるそのようにして自由意思は排除され権力の望む世界ができあがる本だってふつうの人間のためにふつうの人間が経営する会社が出している商品なのだからひととちがう人間が書いたものは商品として成り立たない小説はソーシャルメディアでの交流が拡張された先の指標あるいは換金装置にすぎなくなった権力の強化に寄与しなければ非表示にされる冬のダムに身を投じた漫画家のようにだれにも信じてもらえないカサンドラのように世界中にだれひとり味方がいない状況でだれも読まずだれにも評価されずばかにされるだけの小説をばかにされるためだけに死ぬまでこつこつと書いていくしかないのかな何をどれだけ努力してどれだけのものを書いてもばかにされるだけの人間と努力しなくてもたいした代物でなくてもただ書いただけであっさり評価されるやつや努力すればするだけ評価されるやつとの違いはなんなのかまぁそれが才能ってものなんだろうなたとえばおれが若いとき編集者との会話に父親が執拗に首をつっこんできて支離滅裂な厭がらせをされてそれで話が流れたのも才能がなかったってことなんだ

 毎晩 4 時間から 5 時間は不眠でむだにしているその時間に本を読むべきなんだろうこないだ職場のトイレの姿見でマスクをはずして自分の顔を見た。 「こんな人間の顔ある?」 「人間の顔ってこうじゃなくない?という強烈な不安におそわれたもともと失敗した福笑いのように戯画化されたかのような顔のパーツに対して配置がおかしくデッサンが狂っているとは思っていたしかしあらためて直視すると醜さを通り越してほんものの恐怖を感じた低身長に対して顔が大きすぎるせいかつくりものめいた目口のきわめて不自然な配置のせいか何か底なしの暗い穴を覗き込むような心地がした醜形恐怖というより不気味の谷に近い原形を留めぬほど損壊された人体がまだ死ねずにこちらをじっと見ているかのようなシャーレで培養した皮膚細胞にどう見ても目玉としか思えないものがふたつ形成されたかのようなあれより長く直視していたら気が狂っていたろうあるいはすでにおかしくなっているのか精神異常でも人格障害でもないと三人の医師から診断されたのはもう十五年くらい前だもんな健康診断に精神鑑定も含まれればいいのにでもそうしたらかなりの人間がひっかかるだろうコールセンターで働いているおれよりひどい発達特性のやつを何人も見ただれひとり病識はなくまわりをカサンドラ症候群にしながら平然と生きている

 父親のように肥るのが怖いので休日には走ることにしている走るどころか鬱で一歩も表に出る元気がなかった喰えば肥るし金がなくなる上に糞まで出る何もいいことがないでも忌々しいことに腹は減る気分転換にふだん行かない生協で処分品の刺身でも買おうと思ったひもじいとろくなことを考えないとじゃりン子チエにも書いてあったしな通報されない服に着替えようとして妊婦さながらに出た腹に気づいた着替える服を白シャツではなくジャージにして走った帰りに遠廻りして生協に寄った鰹のたたきが売られていた生魚は寄生虫に気をつけて喰えと貼紙があった買うのをやめたジンと焼き魚と処分品のプラムを選んだレジの大半がセルフ式になっていたおれは精神異常者の家庭に生まれ育った発達障害者だルールを学習して自分のものとすることができないだから何者にもなれなかったしソーシャルメディアでもうまくやれないさいわいセルフレジは職場近くのイオンで典獄みたいな監視役の若者に嘲笑されながら学習した子連れの専業主婦や疲れきった会社員に押されるように列へ加わった画面の指示が理解できないレジ袋をかけろと表示されているがレジ袋の束がすでにかかっていて指示図と乖離があるレジ袋をかけろと三十回ほど機械に罵倒された結果苛立たしげな視線を浴びながら列を逆行し人間のいるレジに並び直した

 帰宅すると隣室のドア前に蟻駆除剤が置かれていた三年前におれが発狂するような思いに迫られて買ったのとおなじ薬剤だった緑の透明プラスティックの内部に毒餌を運び出そうとする蟻の群が見えた


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。