D.I.Y.出版日誌

連載第369回: 直販はじめました

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2024.
02.15Thu

直販はじめました

音楽には R.S.Moore や Daniel Johnston や Momus や Martin Newell や Anton Newcombe がいるのになんで出版にはおれだけなんだ? 通販大好きおじさんは通販が好きすぎて通販をはじめました読んで書くのは文字をおぼえてから本をつくるのは 2010 年からずっとやってきたあまりにばかにされるだけなので 2017 年に考えなおしプロっぽくゴージャスにやろうと決めたそうすれば舐められないと思ってさ生まれ育った家がアーミッシュもびっくりのデジタルデバイド最底辺でそこから苦労して這い上がったのだけれどコピペと試行錯誤でどうにか動作する PHP を書ける程度にはなれたほんとうに理解して読み書きしているわけではないから堂々とできますとはいえない)。 読みたい本をだれも書かないから自分で書いてだれも出版しないから自分で出版してだれも売らないから自分で売るそしてだれも買わないから⋯⋯うっせえなほっといてくれクリックポストの宛名印刷用にモノクロレーザープリンタを物色していて関連商品のレビューをいくつか読んだ貧乏人ほど横柄なんだよな金は出さないくせにもっとよこせ早くよこせと騒ぎたて無料ただで上客扱いされないからと駄々だだをこねる加えて Amazon の客は幼稚なアニメとゲームとソーシャルメディアの価値を小説に求めるアニメとゲーム自体を幼稚だとか悪だとかいうつもりはないソーシャルメディアは持たざる者から金とメンタルを搾取する悪そのものだけどな)。 だから高くて遅いペイパーバックを直販することにした電子は客層が悪すぎるからやめたそのあたりのこととこないだからずっとこだわっている自殺の件とがおれのなかではひとつながりなんだよ

 実際に読んでいいと思った本を売る。 『淡い焰黒い時計の旅メイスン&ディクスン書評で集客→ナボコフやスティーヴ・エリクソンやピンチョンを買ってもらう→おれの望む客層を形成する&書いて売ってるおれに関心をもってもらう→おれの本を買ってもらう他人の本は金のやりとりが面倒なので慎重にやりたいまずはなむさんのめちゃ売れお天使をテストケースにする巨匠の本はうっかり一冊取引所で売れてしまったが幸か不幸か送料で大幅に赤字になり著者に還元する余地はなくなった金のやりとりが億劫なので在庫切れということにした今後どうするかはなむさんとの商売しだいだいまのテンプレートは本に特化しているけれどいずれ修正してTシャツや缶バッジも売りたいシュウ君グッズには潜在的に商機があると思っているLINE スタンプとかよさそうだとずっと思っているがストーカーが怖くて LINE を使っておらず実現していない)。 先行投資に金が出て行くばかりだたかだか数百円の小銭を稼ぐためになんだかんだで十万くらい使った小説が金になればいいのになぁでも投下資本の回収予測が立てられない商品を生産して売ることは営利企業にはできないし世間の価値観に歩み寄る能力はおれにはないテレビ局にしても出版社にしてもいいものを見いだす能力といいものをいいと広く知らしめる能力の両方が欠けている最初からなかったのか衰えたのかは知らない)。 だからすでに実績のあるものしか手がけられないしすでにあるものを改めて世に出すということはそれはもうこれからつくられるものをすでにあるものに寄せなければならないということで要するに会議室で決まった企画を下請けに命じてその通りに書かせるということでしかない必然的につまらなくなるしそんなものしか見せられなければ客はいいものを見抜いたり味わったりする能力をなくすすでにあるものをなぞったつまらないものがいいものだと調教される短期的には儲かるがつまらないものはつまらないのでいずれは世間でいいとされているものはつまらないということになり衰退する大企業は都合の悪いことは下請けのせいにするだから物見高い外野に煽られて脚本家と漫画家が争う現状にはしめしめとほくそ笑んでいるはずだおれはそんなことのすべてがばからしいと思う大企業の会社員が会議室で決めたつまらない企画で書くなんてことはしたくないししたくてもできないそんなもの出版するなよ資源の無駄だろと思う四半世紀前にやらされそうになったけれどできなかったやったところで金をもらえたか怪しいあいつら口約束だけでやりがい搾取するんだよなさんざんあほらしい目にあって懲りただからおれは自分で書いて自分で出版して自分で売るわけよこの十数年ずっとこの話をしてきているけれどだれひとり理解しないんだよな

 なむさんの長篇をどうしても読みたいけれどそれとおなじ強度で掲載誌の他人のジェンダーを商材として消費する根性がどうしても不快でならないなんでそんなのが娯楽扱いされるのか理解に苦しむなむさんが共有する知らん他人の作品を眺めていると見たくないのに視界に入るこんなしょぼい素人が芸術家扱いされてチヤホヤされちゃうんだと驚き呆れる実際はそういうことじゃないむしろ才能も技術もない素人の中身のない作品だからこそ親しみやすさ/なじみ感で評価され人気があるのだとわかっているあくまでソーシャルメディアでの交流手段というか馴れ合いの符牒みたいなものが求められていて人生への洞察とか実感みたいなものを少しでも感じさせれば意味がありすぎて重いということになり弾かれる世間が求めるのは生まれてこのかたずっと読んで書いてきましたとか最底辺から這い上がって努力をしていますみたいなものとは正反対のゲームとアニメと YouTube で育ちましたとか AI を使って五分でつくりましたみたいなキラキラした中身のない軽やかさなのだなむさんにはあたかもそのようなものであるかのように消費できる世慣れたしたたかさがある小説ではなくノンフィクションや都市伝説やソーシャルメディアのミームや符牒を文化的背景としていてゲームで育った処世術もまた持ち合わせているからだ実際にはそればかりじゃない生々しい異物感もあるのだけれど表面上は気づかずに消費できてしまえるそれになむさんは基本的に人間を信じていて家族や友人を愛しているおれみたいな異常者とも適切な距離を保つことができるその辺の大人としてのバランス感覚がしっかりしているから信頼されるよくも悪くも作品ではなく人間性の時代なんだよ権力者のニーズに採点される種類のね作品は交流のための符牒であり添え物でしかないくそ溜めに生まれ育って人格が歪んでだれともうまくやれないおれにしてみればなむさんの人間性は素直にリスペクトできるしこのまま努力にみあう評価をされるべきだと思うそしてかれの交流範囲のひとたちに対しては作品そのものの才能や技術についてはさておき好意的であろうとどれだけ努力してもむずかしい)、 交流の話題を提供して他人を楽しませる技術や才覚については素直に憧れ学びたいと思っている

 いまの読者や視聴者は感情的に平坦なものを求める世の中にどんなに邪悪な暴力が満ちていても触れてはならない見て見ぬふりをすることで加担しなければニーズによって笑い物にされ淘汰される」。 テレビ局や出版社のような営利企業はそういう客を相手にしている——そうすることでニーズを拡大再生産している感情的であることと情緒が安定していることを較べたら当然後者がいいわけでおれの書くものが排除される社会は健全なのかもしれない四半世紀前にわざわざ白河以北のおれの街までやってきた編集者たちには口々にこんなのは子ども騙しだ親は子どもを愛するものだもっとちゃんとした大人の読み物を書きなさいと説教された前は反撥していたけれど冷静にふりかえるとなるほどたしかに攻撃的すぎるよなおれの本Fediverse で知らん他人からいきなり性的な喩えで否定されたことがあったAmazon の平均的な顧客であるあの精神的ぶつかりおじさんの言い分が正しかったのかもないちばん嬉しかった asa_suzz さんの感想にご自身が運営する独立出版レーベルだからこその忖度ない記載や率直かつ図星な表現とあるのはたんに商業に向かないってことだと解釈していたけれどasa_suzz さんの意図はどうあれ否定的な含みがないのはわかっているあれば最後まで読んでいただいた上にあれだけ手間と時間をかけてていねいな感想を書いてくださることはありえない)、 人前に出せない病的なものだって事実を示しているのかもしれない虐待を受けていた頃には加害者に味方した大人たちにそれについて書いたときには受け入れない出版社に自主出版したときには表示機会で低評価へ誘導するプラットフォームとその顧客に反撥してここまでやってきたけれどたんにおれがきちがいで世間が正常ってだけの話かもしれない

 ⋯⋯いやそんなことははじめからわかっている客観的な視点をもてないほど狂っているわけじゃないでもたとえばシリアやアフガニスタンやチベットやミャンマーやウクライナやパレスチナにいて怒りも哀しみも感じず情緒が安定して穏やかな凪の気分だったら逆にどうなのという気もするオルダス・ハクスリーの小説に出てくる薬漬けで平和な連中みたいな正直おれは自分さえ良ければって人間でよその暴力なんて関心ないんだよでもかつてアレッポの石鹸を愛用していたしピンチョンの小説に出てくるウクライナの連続ドラマを楽しんで観ていたミャンマーの隣国でつくられたスーツをいつも着ているしガザの子どもたちの暗い顔はおれの子ども時代を思い起こさせる米国の民主主義がロシアのトロール工場に転覆させられたらこの国での暮らしにも影響がないわけないし中国が台湾に侵攻すれば当然巻き込まれるもし仮にほんとうにそれらの国で起きてることが対岸の火事でいられるとしてもおれらの国の政府がやり口を真似しないともかぎらないだろそれにおれにしてみれば暴力はみんなおれの育った家庭の狂気と地続きなんだよその延長上にいまのおれの日常があるわけだ肩をすくめるアトラスたちのアルゴリズムに分断されたこの新世界がいいとはおれにはどうしても思えないだから書いて出版してそして売ることにしたプラットフォームや国家のような権力に逆らうと技術や学のある連中から上から目線で説教されがちだけど実際に買ってもらえるか否かは関係ないおれは自由意思の話をしているんだよ努力してもっとよくなりたいんだ人間として人格 OverDrive はそういう試みなんだよ


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。