D.I.Y.出版日誌

連載第364回: 何も残らなかった年

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2023.
12.28Thu

何も残らなかった年

今年もアパートの鍵貸しますを観た年末と自殺の話だDVD も持っているが今年は Amazon Prime で買ったデータではなく期間を限定されずに閲覧する権利を)。 何度観ても新たな発見があり飽きない1960 年米国の独身生活のディテールが好きだ計算され尽くしてむだがない台詞ジャック・レモンも最高だがシャーリー・マクレインの百面相がいい悪役たちの残酷な台詞も皮肉が効いていて最高女から搾取する男酒場で拾った女にジャック・レモンが金を押しつけて帰らせる残酷な皮肉結局はかれも上司たちとおなじ男性だってこと)、 黒人から搾取する白人若者から搾取する年長者搾取され何もかも喪ったふたりが微笑みあう結末はハッピーエンドなのだろうかフレッド・マクマレイよりずっと歳をとってもいまだにおれはジャック・レモンの側いや端役のメッセンジャーボーイや靴磨き掃除夫のようなものだあるいはそれ以下かもしれないひどい一年だったコールセンターの仕事だけでせいいっぱいで何も書けなかった読むのだってろくにできなかった老眼と緑内障で視力は極端に衰えたし頭も悪くなった気がする走る習慣がついたこととフルセットの Adobe を契約して Photoshop を使いはじめたこと高くつく BaseBread をやめてレトルトの十六穀米と冷凍の牛丼の素を常備するようにしたこと遅番の帰りに職場近くのスーパーで見切り品を買うと安くいっぱい食べられるのがわかったことはよかったマットレスとかフロアライトとか 13 インチ 2K モバイルモニタとかGeorge Cox 3588 とか Albert Thurston の靴下留めとか NIKE のウェアとか新調したモッズスーツとかいくつかの買い物は生活をよりよいものにした何より人生の大半はほんとうに惨めだったからあの頃よりはましだずっとよくなったと思える努力して這い上がったのだ世間一般から見れば落伍者の暮らしであろうとも

 今年はっきりしたのはアンクル・トムさながらに愛嬌ある奴隷としてふるまうことを期待されているということいわれるがまま流されるがままに募集企画をやったときにはゴミのような短文を投稿してきた素人がおまえのサイトは自分の作品を表示するに適さないから直せといってきたそのような下働きに甘んじたところで得るものは何もなかった大勢の他人が賞賛されるのを指をくわえて眺めただけだウェブのフォーマットに適さない長文を分載にも単行本書き下ろしにもせず連日のように一挙掲載することを何の相談もなしに決められたときはどうしてそんなことをされるのかわからず困惑した要はその大量の文章を毎日校正しろということであり同時にそのつもりがあろうがなかろうが結果として栞機能を実装するよう暗に求められたことにもなる表示にせよ校正にせよ作品を最良の状態で読ませるために必然的に生じる数々の負担をあまりに当然にとらえていて意識にのぼることさえなくまして意見など許さないということだ小学校の作文レベルの決まりや入稿上のルールのようなささいなことを何度もいうのもどうかと思うのでいちど指摘して直らなければこちらで直していた指摘せずに直すこともあった⋯⋯編集上のコミュニケーションを怠るのはよくないことだと反省しているがじっさい指摘したらあっさり原稿を引き上げられた相手のいいぶんを無視して一方的に正当性を主張したいわけでもだれかを非難したいわけでもない何をどれだけ努力したところで評価されるのは他人だけという話だ他人が商業誌から依頼されメディアに取材されフォロワーが激増しブックマークされ莫大な PV を稼ぐ一方価値のない人間は顎で使われ養分にされ淘汰されるのみその価値はだれが決めるのか読者ではないまして搾取されすべてを喪ってトランプをする男女でもなければ靴磨きでも掃除夫でもない立ちんぼや OD の若者でも天井のない監獄で四肢をバラバラにされる子どもたちでもない

 かつてある作家がおれに指を突きつけて権力による弱者の排除を正当化する文脈で淘汰なる言葉を使ったその言葉は正しくおれが拠り所としていた読書は爆撃にでも遭ったかのように地上から消えたおれの読書もおれもどこにもいないその淘汰を生き延びた数少ない書店が今年のクリスマスシーズンは大繁盛だったそうだ本はもはや日常的に読まれるものではなくクリスマスの贈り物のようなハレの体験を提示する付加価値の商品であり、 「映えという社会的な価値を競うツールになったこのことは印刷所が仕事を断るほどのコミケや文フリの大盛況やお洒落な独立系の書店が流行する開業する個人が増えたという意味であって繁盛しているという意味ではない現状と地続きに思える身近な範囲でも同僚のほぼ全員が版権ものの二次創作をソーシャルメディアやコミケで売り大勢のファンを得てそれなりの収入を得ているそれらの共通点は社会的な立ちまわりが主体の評価経済ということだ極端な話コンテンツそのものはどうでも二次創作という名の無断借用でもいい家族や友人や恋人へのプレゼントもソーシャルメディアでの評価もコミケや文フリでの交流も独立系書店の映えもすべておれがやっていることとは正反対だそれがおれとおれの読書が淘汰された理由でそれをどうにもできない

 贈り物は相手をどれだけ思っているかを示す手段であり証であって要は社会的な行動なわけだ映画のフレッド・マクマレイさながらにクリスマスの贈り物で社会的・人格的欠陥が明らかになり相手が自己愛的な発達障害者であることが発覚した話をいくつか読んだそれで不幸な結婚を回避できた話もおれは社会的にも人格的にも障害をもつ不具者でどちらかといえば不適切な贈り物で他人を不幸にしてきた側であり異常者や不幸にされる人間を増やさぬために結婚もしなかったのだけれどコールセンターの現場管理者でありコミュニケーションで喰ってもいるので他人を思うことやその気持を示すことの重要さはよく知っていると同時にそれを理解しない人間の多さや心のなさに驚く機会も多い)。 だから本が贈り物として選ばれるようになったことや贈り物として選ばれる本を否定するつもりはないそれ自体はすばらしいことだと思うしかしそうでない本もあってほしい。 「淘汰される側の人間に寄り添い拠り所となる本だってあってほしい自己愛者が排除されるのはカサンドラを生じさせぬためにいいことだとしてそれこそカサンドラのような可視化され得ぬ弱い立場に寄り添うものが自己愛的な権力者にとってニーズがないという理由で淘汰されるのはおれにはどうしても受け入れられないしかし愛想笑いをうかべて受け入れなければ切り捨てられるその結果としていまのおれがある

 プラットフォーム企業も政治家も諍いを煽る戦争はよほど儲かる商売なんだろう諍いで喰っている連中は平和や共存じゃ商売あがったりガソリン一滴血の一滴などといってかつてのこの国の政治家は石油のために自国民にも他国民にもずいぶん多くの血を流させたけれど諍い自体がガソリンなみに金になるってことなんだよな権力者が奪った土地や家を売りに出してただまっとうに働いて幸せになりたいだけの何も知らない市民が正当な手続でそこを買いことによると元の住人を使役したりして恨まれ愛想笑いに隠されているものに気づかずそこへまた別の権力が奪いにやってきたりする何もない田舎から出てきた若者たちが報償としてそこにあるものを好きにしていいと大人たちに教わり母親たちには説明できないようなふるまいに及ぶ戦争は home を安心できる居場所拠り所を奪うことだであれば奪われたものをまた新たにつくることが抗うすべであるはずで小説家の仕事はそういうことだと考えていた現実はどうにもならなくてもそれぞれの心のうちに築き上げる手助けはできる太宰は本気で心から国家に媚びる野心をもって国策小説にとりくんだがそこにですらおれの信じた理想が書かれていたそういうものだと思っていた権力と結託して奪う側にまわるような小説はだめだと信じていた燃えない原稿を出版するどころか諍いで利益を得るアルゴリズムの尻馬に乗って若者たちを自死や市販薬の OD や立ちんぼや公衆便所での出産に追いやり善良なひとびとに議会を襲撃させ砂糖玉を売り勇ましい夢を見させるのが主流になるとは夢にも思わなかった連中はおれから読書を奪ったそんな悪夢で呼吸はできない現代の本や書店に居場所はないおれはおれであるかぎり罰されつづける

 若い頃編集者たちも付き合っていた女も別な人間になるようおれに求めたそれができたらよかったのに叶わぬまま四半世紀が過ぎた来年は抜け出したいものだいいから黙って配れって? まずはカードの切り方を学ぶところからだね


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。