アルバーテプラのサーカス団

連載第2回: 黄金の川のほとりで

アバター画像伊藤なむあひ, 2023年12月22日

世界は大きな川だ私たちは向こう岸を見たことはないが知っている目の前にどこまでも広がる眩しい金色の水面が海ではないことを私たちが生まれ生きるこの土地がこの果てしなく大きな黄金の川のほとりの一部だということを

 私たちは生まれた時から順番を待っている触れるものが羊水から空気へと変わったばかりの小さな耳たぶに染料と熱した金属で番号を刻まれるその十三桁の番号が呼ばれるまでの間私たちはここで生きることとなるそれがいつになるのかは知らないまま
 私たちは川のほとりで影釣りを行う釣るのは魚ではないこの川に魚はいないいやいるときもあるがその場合魚は死んで長い年月が経っているか既に加工されている影釣りは私たちがと呼ぶ何かを釣る行為だ
 影はその名の通り川に流れる黒い影だ本当に黒い場合もあるが大抵は川自体が放つ光の中において自ら光ることのできない物がそう見えるだけだ
 私たちはできるだけ川に近づきそれに狙いを定めるうっかり足を滑らせ流れに呑まれないよう注意しながら
 各々が自作した道具で私たちは流れてくる黒い何かを釣りあげるあるいは手繰り寄せる影釣りは必ずしも竿で行う必要はない大きなたも網を使う者もいれば二人組になり長い棒を駆使する者もいる
 影は自転車のホイールであり横穴が空いたアルミ缶であり意図せず流水解凍されることとなった冷凍うどんであり壁掛けテレビを固定する器具の一部であった
 影は中身がひとつだけ残った十個パックの鶏卵でありフレームのみになった眼鏡であり川に落ちてしまったであろう獣の死骸であり半分以上を破損した旧時代の紙幣であった
 私たちは影釣りにてわずかな食糧を得たりそれが何の一部だったのかを想像したどこから流れてきたものなのかを推測したり過去に起こった出来事に思いを馳せた私たちにとって影釣りは長い待ち時間の楽しい遊びなのだ

 かつてこの星を掠めた彗星が多くの私たちの中身を奪い去った。 『中身を奪われてしまった私たちはみな動きを止め倒れ朽ちていった。 『中身を奪われなかった私たちは等しく暗闇の中に置き去りにされた
 彗星の接近によりこの星の人口は一万分の一になったとも十万分の一になったとも言われた私たちはそれから短くない年月が経ったであろうことだけを知っている世界中の私たちはどこかに希望があると信じて歩いた
 私たちはすぐ近くにあるいは遥か遠くに光があることに気が付いたどれだけ時が経とうとも空は黒く朝や昼夕方は初めから存在しなかったかのようだった世界はとても寒く歩いていないと凍えてしまいそうだったが光に近付くにつれ不思議と寒さは薄れていった
 川に辿り着けたのは私たちのごく一部だけだった多くの者は暗闇の中光の方角に体を向けたまま寒さで飢餓で闇に潜む獣の牙や爪でその命を失った光の元に辿り着くと私たちはそれが川だったことを理解した
 水面は直視できないほどの眩しい光を放っていた全てのものの色が混じり黄金色になったのだとも星屑のかけらが含まれているから金色に輝いているのだとも囁かれたが本当のところは誰にも分からなかった
 草花や木々山や海あるいは人工建造物それらの存在を無視し切り取るように黄金の川は暗闇を照らしながら流れていた私たちはそれを目の前にしてただ立ち尽くした光はどこまでも続いているように見えた
 海がひとつの流れに集約されたのだという説が有力だった検証する者がいないためすぐにそれは事実として語られるようになった川には世界のほぼ全てが流れている私たちはそう信じていた逆に言うとそこに含まれないものが私たちであった
 川は絶えず激しく流れており影同士がぶつかり合い互いに砕き合いながら途切れることのない轟音を生み出していたそうして光と音は多くの私たちの耳と目を奪った
 私たちは無知だった無知は罪ではないが弱さだ私たちは知恵を身に付ける必要があった私たちは濡れ土で耳栓をし半透明の硝子やプラスティックを用いて自作した簡易的な遮光眼鏡を身に付けるようになった
 川の上流あるいは下流に向かう者もいたけれど私たちが暮らすほとりに戻って来る者はいなかった私たちは今いる場所と川に沿って続く明かりが届く場所を世界とした世界は狭くとてつもなく長かった
 世界のどこかに宇宙ロケットはあったのかもしれないがそれを扱える者はいなかったもしかしたら私たちの知らないところでそっとロケットに乗り込みどこかの星に移動したのかもしれないが少なくとも私たちはそれを把握していなかった

 私たちは今日も影釣りをする何度来ても川の前で立ち尽くす別のほとりにいるかもしれない別の私たちについて思いを馳せる私たちは毎回たっぷり十五分ほど無言で川を眺めたあとようやく影釣りを始める
 私たちは今日もさまざまなものを釣り上げる場所を変え時間帯を変え道具を変え時には餌を変えガラクタや食糧生活必需品や用途不明のものまでなんでも釣り上げるたまに川に落ちてしまい新しいになってしまう者もいる
 そういうとき残された私たちは踊るいつそうなったのかは分からないが私たちは新しく生まれた影が川のどこかずっと向こうに流れ私たちから見えなくなってしまうまで踊るのだ十三桁の数字が刻まれた耳たぶが揺れる踊りが終わった後もそれは名残惜しそうに揺れている
 踊りが終わると影釣りも終わりとなる踊りが影釣りに含まれているかを私たちは知らない私たちは地面に横たわり黒い空を眺めるかつてほとんどの私たちの中身を奪い去った彗星は太陽に向かったそうだ向かった先で彗星と多くの私たちの中身はどうなったのだろうか
 ときおり川の上流から大きな船がやってくる帆の部分には十三桁の番号が記されている船の上の誰かが私たちに気が付くと大きな声で繰り返し数字を読み上げる川の流れは緩やかで私たちは何度もそれを聞くことになる
 私たちはその度に互いの耳たぶを指で摘んではその数字が刻まれていないかを確認する私たちはそれを見付けられたことがない船は川が発する大きな音と共にゆっくりと私たちの横を通過していく私たちと彼らはお互い不思議そうな顔で遠ざかっていく
 その日も私たちの前に船は現れた帆には例の十三桁の数字が書いていなかった踊り疲れた私たちはいつものように地べたに仰向けになり息を切らしながらそれを眺めこいつはなんだと顔を見合わせた
 船はそのままほとりに接近して巨大な鍬のようなものを手近な岩に引っ掛け私たちの前に着岸した
君たちはここで何をしてるの?
 彼らは私たちが言おうとしていたのと全く同じ言葉をこちらに投げかけた私たちは互いに相手の様子を伺いながらなにって影釣りさと答えた
釣り? そんなことしてる場合じゃないよ
 彼らは呆れたように言い川の流れのさらにその先を指差した
恒速道路が完成したんだ君たちも乗っていくだろ?
恒速道路?
 私たちは彼らの細長い指先をぼんやりと眺めながら言い慣れない言葉を口にする
そう次の星への移動が格段にスムーズになったんだもう順番を待たなくてもいいんだよ
 彼らは興奮気味にそう口にしてさあさあと私たちの手を引き船に導こうとする私たちはなにも分からないままどうにか一番知りたいことだけを口にする
次の星に行くとここにはもう戻れないってこと?
 私たちの質問に彼らは不思議そうに言う
戻る必要なんてないだろ? この星はもうおしまいなんだから
 私たちはずっと待っていたものの正体を知り先ほどまで影釣りをしていた光の川を見る
この流れのずっと先に運河があるんだ彗星によって作られたこの星を一周する溝はそこから恒速道路に接続されたんだよ
 さあ行こうと彼らは手を広げ笑顔で私たちを船に歓迎しようとしてくれる私たちはもう何度目だろうか顔を見合わせ申し訳なさそうな表情を作り彼らに言った
私たちは影釣りをしているのでそれが終わったら行きます
 彼らは首を傾げその釣りというのはいつ終わるんだいと尋ねてきた釣りに終わりなんてないけれどそのことを彼らに伝えたところでそれが理解されるとは思えなかった
もうすぐ終わります
 私たちは笑顔で手を振り彼らを見送ったあとほとりに戻った帰り道私たちのうちの誰かがぽつりと言った
影釣りをして楽しく生きるのは悪いことかな
 その言葉はすぐに暗闇に消えだけど私たちの耳の中に詰まった濡れ土にいやに残った
 私たちの誰かが言った
向こうの星では何をするの?
 別の私たちが言った
向こうでもただ生きるだけでしょ?
 また別の私たちが言った
ここで影釣りをしているのと何が違うの?
 それっきり私たちは誰も何も言わなくなり私たちの足が草を蹴り土を踏む音だけが暗闇に響いた今日も私たちはとても楽しく生活をしている
 暗闇は徐々に明るくなり黄金の川の流れる音影同士のぶつかる音が大きくなってくる私たちは少しの間だけ次の星にいる私たちのことを想像してすぐに忘れた
 私たちは明日も生きるために影釣りをするそれはとても楽しく私たちは死ぬまでほとりで生きるのだろうこの黄金の川と共に


小説家。北海道生まれ。パンと猫と音楽が好き。幻想と怪奇7に短編小説「天使についての試論」掲載。anon pressに「偏在する鳥たちは遍在する」、小説すばる2022年11月号にフラッシュフィクション「合法的トトノイ方ノススメ」掲載。奇想/SF作品集『天使についての試論』(単著)発売中。主に縁起が悪い小説を書いています。
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