こんな名前をつけられたことを苦々しく思っているよ。知っての通り、敬虔な家じゃなかった。思い出さないか? おれが九歳で、お前は六歳だった。おれのほうが三つも年上なのに、背はほとんど差がなかった。今じゃあ、信じられないがね。親父とおふくろが喧嘩をはじめた時、おれたちは決まって家を出た。家にいたところで、何をされるかわかったものじゃなかったからな。一時間ぐらい歩いて、エドワード・フェリー通りにある、樫の木の下がおれたちの決まった場所だった。そこ以外の場所なんていくらでもあったのに、どういうわけだか、おれたちはそこにいた。まるで、世界にはそこ以外に居場所がないみたいに。お前の手を握って通りを歩いた日を忘れない。この手を離さないし、絶対にお前を見捨てないと誓った。今思うと、おれはそこそこ敬虔だったのかもな。学校ではじめておれたちの名前の由来を聞いた時は耳を疑ったよ。おれがお前を殺すなんて考えもしなかったことだからな。だから、笑い飛ばしてやった。まわりの奴らはおれがおかしい奴だと思ったに違いない。そういう顔でおれを見ていた。まぁ、それはいい。ところで、ここは冷えないか? ひどい寒さだ。別に、お前のために用意されたステンドグラスというわけじゃないにしても、花はお前のために用意したものだ。シリルの店で買ったんだ。まわりには〈足を洗った〉と言いふらしているシリルだが、相変わらずだよ。何も変わっちゃいない。それでも、おれには都合がいい。これだけのものを安く集められたんだからな。白い百合とか、あとは……グラジオラスと言ったか? まぁいいさ。赤い花だよ。薔薇じゃない。いくらおれでも、赤い薔薇を持ってくるなんて馬鹿な真似はしない。知っての通り、おれはお前ほど優等生じゃない。品行方正なんてものと程遠い。そんなおれだが、お前が面会に来てくれた時は嬉しかった。たとえ、お前がおれにうんざりしていて、口から出かかっている小言をなんとか押し殺しているというのが手に取るみたいにわかったとしても。お前は優等生だ。おれが自慢したいぐらいの。いや、実際、口に出して自慢したことがある。大学に行き、弁護士になった自慢の、出来のいい弟だとね。さらには、そのうちに民主党から立候補して議員になるとも。大統領にはなれなくても、州知事ぐらいにはなるだろうなんてな。しこたま飲んだ時のことさ。責めないでくれ。良かれと思ったんだ。なぁ、ところで、冷えないか? そのドライアイスがいけないんだ。そんなものの上に寝転がると火傷する。前々から疑問に思っていたんだが、どうしてドライアイスなのに火傷なんだ? 火傷は熱いものに触った時じゃないのか? きっと、お前ならするりと答えてくれるだろう。あぁ、そろそろらしい。今、おれはチョロチョロ盗み見られている。早くしろと言いたいらしい。まぁ、連中の言い分もわかる。さっさと家に帰りたいんだ。別に否定しようなんて思わない。だから、そろそろ、行くよ。おれは不出来な奴だが、借りは返す主義だ。七倍か、七七倍か……とにかく、利子はたんまりつけてやる。だから、安心してくれ。最後にもう一度だけ、昔みたいに手を握らせてくれ。冷たいな……昔みたいだ。樫の木の下にいた時と同じ。雨が降っていた時があったし、雪が降っていた時もあった。何も降ってはいないのに、とにかく凍えるような時もあった。それじゃあ、行くよ。これから、お前はうんといい場所に行くだろう。不出来なおれが保証できるようなものはほとんどないにしても、これだけは保証する」

 肩を強張らせた男がハンター・ミル通りの教会に停めた銀色のダッジ・ラムに乗り込み、アクセルを踏み込んだ。彼が本当に七倍か七七倍に借りを返したかはわからないが、翌日のデイリー・プレス(※バージニア州の地方紙)に彼の名前が掲載されることは間違いない。


作家、ジャズピアニスト、画家。同人誌サークル「ロクス・ソルス」主催者。代表作『暈』『コロナの時代の愛』など。『☆』は人格OverDrive誌上での連載完結後、一部で熱狂的な支持を得た。