私は書写を趣味としているけれど、 そもそも書写という言葉を聞きなれない人のほうが多いと思う。 私自身、 小学校の教科書くらいでしかこの言葉を見たことがなかった。
学校教育でいうところの書写とは、 「文字を正確に書く力をつける」 ためのものである。 小学校のうち、 1~2年生は硬筆のみを行い、 3年生からは毛筆による指導が追加される。 しかし一般的に硬筆によるものは書写と呼ばれ、 毛筆によるものは書道と呼ばれることが多い。 ちなみに毛筆以外のペンはすべて硬筆である。 鉛筆、 万年筆、 ボールペン、 サインペン、 マーカーなどが硬筆に当てはまる。
小学校の教科書は、 市立図書館に所蔵されていることが多い。 貸し出しができるかどうかは各図書館によって違うかもしれないが、 いくつかの出版社から見本誌として提供されているのを保存しているようである。 小学 1 年生の書写の教科書にはたいてい、 ひらがな・カタカナの五十音表が載っており、 見比べてみると微妙な違いが感じられて面白い。 執筆している先生が違うのだから、 五十音表に書かれている字が違うのは当然である。 私の場合、 「な」 や 「む」 などのむすぶ個所があるひらがながなかなかうまく書けなくて試行錯誤しているので、 教科書ではそれらを注視していた。 何年か前の教科書は貸し出しできる形で置いてあったから、 五十音表のコピーをとり、 東京書籍の平形精逸先生のひらがなをお手本にして練習したりしている。 大人になってから字をきれいに書く練習をするとき、 自分がなりたい文字を自分で選ぶことができるのは嬉しいことだ。
小学生の児童にとって、 文字を正しく読み書きすることは学習において必要不可欠である。 すべてここから始まるといっても過言ではない。 ひらがな・カタカナ・漢字は国語科で習うけれども、 残りの授業でももちろん読み書きはする。 板書をノートに書き写すことは書写指導のひとつでもある。 文字が正確に、 整えられて、 読みやすく書かれているかどうか。
それは、 小学校教育では基本的にどんな提出物・掲示物も文字を手書きさせるからだ。 かつては社会に出ても手書きで文章を書くことがあっただろうけれど、 今となってはほとんどない。 ただ文字を覚えるための漢字の読み書きなら、 漢字一字や熟語をひたすら書いて練習することで覚えることができる。 文字は至るところにあるので読むことは日常だけれど、 手で文字や文章を書くことが稀となりつつある現代で、 ある意味それは非日常になりつつある。 今後、 大人になって稀にしかおとずれることのない手書きのために、 筆順を覚え、 とめ・はね・はらいを丁寧に書く癖をつけ、 字形を整え、 文字の大きさと配列に気を配って文章を書く練習をする。 世の中にはそれが意味のないことだと言う人もいるかもしれない。
学校教育はほぼすべての人が受けているから、 それぞれの人がその人なりの学校教育観をもち、 それを語ることができる。 ただ、 一個人が 9 年間の義務教育と 3 年間の中等教育 (高等学校のこと) を経たあとの学校教育観と、 約 150 年続いた日本の近代教育史を比べると、 その重みは違う。 時代に左右されない普遍さというものがあり、 そのなかで残すべくして残されたものがあるはずなのである。
しかも義務教育というのは、 受けているあいだにそのメリットを実感することはできない。 むしろなんのためにそれを学んでいるかわからないからこそ、 それを学ぶ意義がある。 事後的にしか学びの意味はわからないし、 それがわかったときにはじめて学んだメリットが現れる。 もちろん人によってその現れかたは異なるから、 あの勉強はまったく使わないし無駄だったという人もいるだろう。 ただ、 長じてからの学びにおけるメリットを多くの児童に享受させるためには、 まんべんなく様々な種を蒔くしかない。 それが義務教育というものである。 そのなかで教科書は、 子どもの教育に対して真面目に考えている専門家が、 子どもに基礎が身につくように、 また発展の要素をさりげなく目配りさせながら作っているものである。
書写という教育を受けたことをすっかり忘れたあとに、 大人になってから書写を趣味にするなんて、 私自身まったく想像もしていなかったことだった。 そしてあらためて書写の教科書を読んでみると、 当時はわからなかった運筆の理屈や意味に気づいたりする。
書写にテストはないが、 在学中の学力テストの結果だけでなく、 大人になってから学びに対する気づきがあるということは、 学校教育の成果のひとつであり、 学校教育がきちんと機能している証拠だと思うのである。
使用した文房具
6B ともなると筆圧をあまりかけずに濃い字が書けるのが良い。
鉛筆で書くときの下敷きはもっぱら共栄プラスチックのライティングマットを使っている。 柔らかくて字が滑らないのがいい。