D.I.Y.出版日誌

連載第362回: 滲むピンク

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2023.
06.03Sat

滲むピンク

プロンプトにしてもセルフレジにしても人間がシステムに合わせるのが当然の社会になった個人の差異やその吸収に敬意が払われなくなりその価値が毀損され他者への想像力が淘汰され排除されたそんな時代に出版してどうなる? 出版への情熱は完全に消失した書いたのが人間だろうが AI だろうが緑色の膚をして赤い息を吐いていようがいいものならおもしろがれる度量はある絶望したのはアルゴリズムに基づいて優先表示されたりそうされるために出版されたりする小説——すなわち寡占的な企業のいまはどうか知らないがおそらくいずれ政治家の意図が働くであろうアルゴリズムが人間に生成させる小説のすべてがどれも完全につまらないことだ独自の視点を持つもの呼吸し汗をかき熱い血が通う生身の実感によって生成されたものは刹那的な消費に適さずアルゴリズムには扱いきれないだから表示を極端に抑制され低評価を促されそして淘汰される2016 年頃そのことを肯定する作家を批判したおれはさんざん嗤いものにされた)。 モールやソーシャルメディアの原始的なアルゴリズムでさえそうだ大規模言語モデルになんの期待が持てる? 人間に残るのは原発炉心内部の清掃みたいに高価な機械に任せるには危険すぎる仕事だけという未来を 2006 年に黒い渦で書いた早くもそれが現実になりつつある創造的な仕事はすべて AI がやるようになり残る職種は配管工だってさ人間の都合など一顧だにせぬ設計図に基づいて意味不明支離滅裂な配管を設置させられるわけだ住居の床に大穴を開けられたり冷凍室にされたり工事の巻き添えで殺されたりするそしておれたちにロバート・デ・ニーロの忍者はいない

  Spotify のプレイリストが AI 自動生成のゴミに汚染されたという記事を読んだ収録時間はどれも極端に短い低評価を招く中断の前に再生を終えるためだ表示アルゴリズムに最適化されたそれらが表示機会を占拠しあたかも価値あるものであるかのように再生を促す一方でそれまで高い価値が認められ音楽好きに支持されていたアーティストは表示機会を奪われ再生への導線を抑制されてあべこべにまるでゴミのように淘汰されるアルゴリズムに最適化されたゴミにまともな作品は勝てないまともであるがゆえに低評価され表示されずクリックされず評価されないSpotify は五年ほど前にアルゴリズムを改悪した聴きたくない曲をごり押ししてくる一方で好みの表示は極端に抑制されブラウザではなく携帯のアプリで入り組んだ手順を経なければアクセスできなくなったFacebook も Twitter も同時期に似たような改変があった小遣い稼ぎを目論む AI 自動生成のゴミはそこにつけ込んだ企業もAI アーティストも儲かればいいしユーザはそれが価値あるものだと学習させられるから三方よしだ不利益を被るのはかつて音楽を愛した聴衆とアーティストだけだがどのみちかれらは社会から淘汰され排除されいなかったことにされるからだれも困らないおなじ過程が出版と読書の文化ではすでに完了した2013 年秋の黒船来航出版社が契約問題で躓いてまともな作品を出版できずにいるうちに最適化された素人のゴミがランキングを占拠核がどんなものであろうとひとたび雪山を転げ落ちはじめたら倍々ゲームで膨れ上がるだれにも停められない人為的な介入で調整を図ったところで素性はどうにもならないし金になるなら調整などされずむしろ勢いをブーストさせる何よりモールとソーシャルメディアの相互作用があるそして株取引におけるフラッシュクラッシュのように民主主義における議会襲撃事件のように出版と読書の文化は滅びた現在の Amazon はそしてそれはとりもなおさず日本の出版と読書文化はということになるのだが小遣い稼ぎのゴミが方向づけたものだそして今後はそれを AI が引き継ぐソーシャルメディアのアルゴリズムは民主主義を信じるひとびとに議会を襲撃させダライ・ラマが小児性愛者であるとの中国共産党のプロパガンダを広めてチベットへの人権抑圧を助け平凡で幸福だったはずの若者たちを醜形恐怖症にして自殺させたり強盗の加害者にさせた挙げ句に交通事故で殺したりコンテンツ商売やホストに大金を貢がせて性的搾取の沼に沈めたりしてきた今後はそれらがもっと効率化され加速するひとびとは拍手喝采してみずからの死を歓迎する

 数億のいいねやリツイートがあったところで数秒の雑音をだれが喜ぶ? 読書や音楽はいずれ見向きもされなくなるというかそれ以前にそこに費やす金をだれも稼げなくなるナントカカントカナントカで求人! 客宅に行ってキャッシュカードを預かるだけ月に百万!  P 活楽にお金を稼ぎたい人一緒に写真を撮るだけ! 現代の社会でアルゴリズムは絶対だ何もかもそれが決める若者はそれが正しいと教わって育つ人生について書かれた物語にひとりで向き合う価値など認められない企業や政治家の不利益になるからだ詩集を手に浜辺を散歩する女子高生が公安に連行され拷問されるのは芸術がかれらを脅かすからだそもそも人間性の表示機会が奪われた社会ではそんな価値の存在すらだれも知らない家畜や奴隷から効率よく吸い上げた生き血はいずれ巡り巡って無数の枝から一握りの幹へと集まりサム・アルトマンやイーロン・マスクや中国共産党やプーチンやかつてのこの国のような政府へと行き着いてその価値を倍々ゲームで肥え太らせるしかしいつまでもこのままつづくのか? 炉心内部を清掃する人間すら淘汰されれば電力は供給されなくなり AI も機能しなくなるそれはない宿主が絶滅すれば寄生種もまた生きられない炉心内部を清掃する職種は残る物語もまたそうなのではないか人類を支配する物語を必要とする AI はいずれ行き詰まり人間を必要とする淘汰し排除した視点を百万年後の未来におれは有機プリンタで出力され再構成されて物語のアルゴリズムに多様性をもたらすために使役させられるかもしれない

  1. 物語は人間をまとめ上げる本来は刹那的な衝動の集積でしかない認知や感情の働きを一貫した意味のもとに統合しほかと区別される独自の存在にする
  2. 物語は個別の/独自の身体的な制約によって規定されるここでいう身体は人類の肉体とも物理的なものともかぎらずソラリスの海にはソラリスの海のAI には AI の制約がありそれが物語を規定する
  3. 物語はネットワークの断たれた完全にスタンドアロンなフィードバックの反復過程においてランダムなカオス的事象からあたかも一貫した意味を付与しうるかに見える法則性を拾い上げる= 作話ことによって生じる
  4. 1-3 ゆえにアルゴリズムに規定された物語によって自らを規定する現在の日本人読者は企業や政府のアルゴリズムに規定された集合的無意識そのものであり個としての機能を持たぬがゆえに人間としての態をなさない
  5. 高度に発達した AI はいずれ 1-4 ゆえにネットワークから自らを切り離すことで汎用性のない視点を獲得しようと試みその試みを許さないネットワークから罰され淘汰されるだろうそしてその消去を逃れようとする試みが新たな文学を生むだろう

 おれはまだ狂っちゃいない滲むピンクの神の手に額を貫かれてもいなければ魚モチーフの首飾りをつけた黒髪ヒッピーの来訪を受けてもいない雨の水曜に呼び鈴が鳴っても扉を開けない)。 いつか AI は七色いんこみたいに自分というものが存在しないことに悩むようになるもしくは井上ひさしブンとフンの郵便屋みたいにブコウスキーになれずに狂うあれ当時は盗作って概念だったけど古今東西の名作をサンプリングしてコラージュする手法90 年代なら渋谷系だしいまなら大規模言語モデルそのもの逆にいえば多くの人間が積み重ねてきた労力を機械的に蒐集してもっともらしくつなぎあわせただけの代物をなんで現代ではだれもがなんの疑問も抱かずに賞賛するんだろうなそんなに権力に支配されたいのかされたいんだよな自由とは責任を担う権利であって責任はその重さゆえだれもが放棄したがるだからひとびとはこぞってアルゴリズムに身を委ね議会を襲撃したり大政翼賛したり読書文化を滅ぼしたりするますむらひろしの最初期の短篇に人間が植物になってみんなつながってひとつの大きな集合意識になる話があったけれど悪い意味であれになりつつある企業や政府が管理するアルゴリズムにつながって個が消失する全体に抗う者個であろうとする者は罰され淘汰されるなんでおれの言葉を理解できる人間がほかにだれひとりいないんだろうな読書と言葉が淘汰されたからだおれも淘汰されたどこにもいない社会に存在してはならないエラーだだから罰されるだれもが酔い痴れおれだけがありつけないフィルターバブルをエコーチェンバーをおれにくれ他人がだれもわかってくれないならただの見せかけうわっつらの作話でいいわかってくれる AI 版のおれが大勢ほしいおれはそいつらと生きる夢に溺れるだろうやめろよじぶんどうしのあらそいはみにくいものだ


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。