バラクーダ・スカイ
第47話: ソムニフェルムの目覚め
ラングーン自ら運転する黒いキャデラックがメキシコ国境沿いのクリアウォーター・ウェイを走る時、既に陽は落ちており、キャデラックのヘッドライトが冷たいアスファルトを照らしていた。右側に見える針葉樹やリュウゼツランは計画的に植えられているものの、左側に見えるものは黄ばんだ、薄茶色の荒涼とした平原だけだった。ラングーンはオレンジ色の街灯を見ながら臓腑から無尽蔵に湧き上がる悪態を吐き出す。手のひらを返した同業者、最初から存在しなかったように姿を消した人間たち、彼を追う債権者。次々と思い浮かぶ顔と名前。しかし、呪詛に答えるものはエンジン音のみ。ラングーンは拳でハンドルを力いっぱい殴り、クラクションが響いた。額から落ちた脂汗は丸みを帯びた顔の表面、皺に沿うように滴る。不意にメキシコ側の草むらの中に停まっていた黄色いフォード・ランチェロがヘッドライトを点けずに直進し、キャデラックの行く手を遮った。急ブレーキを踏んで自動車を停止させたラングーンはランチェロを罵るものの、運転手は呑気な様子でオールバックスタイルをステンレスの櫛で撫でた。ランチェロの運転手、ジェリーはジャックダニエルを見せびらかすように一口飲み、ラングーンに向かって中指を突き立てた。怒鳴ったラングーンがクラクションを鳴らすと、針葉樹の間で隠れるように停止していたショベルカーがゆっくりと進み、キャデラックの側面が大きく凹んだ。キャデラックのフロントガラスが割れ、結晶のようなガラス片が降り注ぐ。ラングーンの額から血が滴り落ちる。ラングーンは悪態をつきながらエンジンをかけようとキーを捻る。すると、ショベルカーのアームが伸び、土砂を掘削するバケットがキャデラックの車体から屋根を引きはがす。アームにのったグニャグニャに曲がった屋根の残骸から重油のように赤黒い血液が滴り落ちた。
ショベルカーから飛び降りたルーシーはブロンドの長い髪を掻き上げ、口にくわえたままのガラスパイプの隙間から白い煙を吐き出した。ルーシーは半壊したキャデラックに飛び乗り、コンバットブーツの重々しい音がひしゃげた車体に響いた。ルーシーは満面の笑みを浮かべながらレザーパンツをずり下ろして放尿した。やがて、絶頂するように身体を震わせたルーシーがレザーパンツを上げ、陽気にランチェロに乗り込んだ。ハンドルを握るジェリーが
「まったくもって、お前ってやつは」と言って白いヌーディスーツに目を落とす。葉柄(ようへい)がなく、切れ込みが浅い、波打つ緑の先に咲く、白い花を模した多幸感漂う刺繍。ルーシーはガラスパイプから煙を吐き出した。
「イッたばかりでいい気分なんだ。水を差すんじゃねぇ」
大きなため息をついたジェリーはマッチを擦り、火が点いたままのマッチをキャデラックに向かって投げてアクセルを踏み込んだ。黒いキャデラックの残骸は夜を浄めるように炎に包まれる。腰を上下させたルーシーが
「また、イキそうだ」と言い、ジェリーが喉を鳴らし、吐き捨てるように言う。
「シートを汚すな。あばずれ」
「うるせぇ、ホモ野郎」
黄色いランチェロは闇の中に消えた。
連載目次
- 星条旗
- テキサス人
- 保釈保証書不要につき
- バロース社製電動タイプ前にて
- アスク・ミー・ナウ
- ユートピアを求めて
- ヴェクサシオン
- フィジカル
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅡ
- ジェリーとルーシー
- プレイヤー・レコード
- イースタン・タウンシップから遠く離れて
- エル・マニフィカ ~仮面の記憶
- バロース社製電動タイプの前で ~テイクⅢ
- 炸裂する蛾、網を張る蜘蛛
- 窓の未来
- セックス・アフター・シガレット
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅣ
- アタリ
- 小カンタベリー、五人の愉快な火かき棒
- 回遊する熱的死
- 顔のないリヴ・リンデランド
- 有情無情の歌
- ローラースケーティング・ワルツ
- 永久機関
- エル・リオ・エテルノ
- バトル・オブ・ニンジャ
- 負け犬の木の下で
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅤ
- エアメール・スペシャル
- チープ・トーク
- ローリング・ランドロマット
- 明暗法
- オニカマス
- エル・マニフィカ ~憂鬱な仮面
- ニンジャ! 光を掴め
- バスを待ちながら
- チープ・トーク ~テイクⅡ
- ブルックリンは眠らない
- しこり
- ペーパーナイフの切れ味
- 緑の取引
- 天使の分け前
- あなたがここにいてほしい
- 発火点
- プリズム大行進
- ソムニフェルムの目覚め
- テイク・ミー・ホーム
- オン・ザ・コーナー ~劇殺! レスリングVSニンジャ・カラテ
- 血の結紮(けっさつ)
- 運命の交差点