くみた柑のオキラクニッキ

連載第8回: 映画『ファーザー』認知症が見せる世界

Avatar photo書いた人: くみた柑
2023.
01.18Wed

映画『ファーザー』認知症が見せる世界

最近認知症になった当人視点からの物語が増えてきた映画ファーザーは認知症の追体験ができる大切な人であればあるほど認知症が進行していく過程は地獄であり容赦なく当人と家族の心を削っていく映像になるとそのリアルさはより強烈でどんなホラー映画よりも怖いと私は思うでも観てほしい知ってほしい自分や家族に起こり得るかもしれない未来を

私は母の介護の経験から認知症の介護をする前に当人から見えている世界を知っておくことはとても大切だと思っているその理由は後述する)。 認知症とは物忘れが酷くなっていく病だと介護を始める前の私は思っていたしかし実際の認知症は想像していたものとは全く違った高齢化社会の今認知症はとても身近な存在だ

認知症になりました」 「認知症の家族を介護していますと聞いたときにその状況が瞬時に理解できる世界になってほしい

※ここから先は映画のネタバレを含みます

◆認知症の追体験

予備知識をあまり入れずに観始めた方はとまどいの連続だろう時間軸はバラバラ整合性がとれない映像や言動の連続ホラー? それともミステリー? と考えながら観ていても辻褄が合わない!と叫んだアンソニーと同じ気持ちになることだろうこの映画はあくまでも認知症を患ったアンソニーの視点で描かれている最後まで何が真実なのかはわからない答え合わせなどないしかしそれがまさしくアンソニーが生きている世界そのものなのだ

◆私もかける言葉を間違えていた

ヘルパーとの会話でアンソニーがダンサーだったと言ったあと娘のアンがエンジニアでしょ?と訂正する私なら訂正せずアンソニーに話を合わせるだろうしかし認知症という病気をまだ深く知らない時に私もアンと同じようなことを母に言ってしまっていた。 「忘れないでほしい」 「思い出してほしいという思いから必死に真実を伝えてしまうのだ

しかしアンソニーにとってはダンサーだった過去が真実でありエンジニアだった自分はこの瞬間には存在しない認知症とはその瞬間を生きる病であると私は思うこの映画はアンソニーの視点で描かれてはいるが娘のアンが介護に苦悩する姿や変わりゆく父への不安葛藤を時々挟んで見せてくるアンにとってアンソニーは大好きで尊敬できる父であったことがうかがえる

ヘルパー達から見たアンソニーは認知症を患った老人であるがアンにとっては長い年月をともに過ごしてきた尊敬する父親なのである家族介護の難しさはここにあってどうしても元気だったころの父の姿を追い求めてしまう衰えてゆく姿を受け入れ受け止める覚悟が早々に必要となるまずはここを乗り越えないとお互い辛い介護になってしまうそういった意味でも認知症が見せる世界そしてどういう段階を経て認知症が進んでいくのかを事前に知っておくことは介護者の心の負担を軽くするためにも必要なのではないかと思うそして認知症を深く知ればお互いに笑顔でいれる声掛けができるようになってくる無理に真実を伝えて不安にさせることはないのだ

◆優しい嘘

前述したようにこの映画は何が正解で真実なのかはわからないなのでこれは完全に私の想像になるけれどアンがパリに行くと言ったり行かないと言ったりしていたところは認知症が作り出す偽の記憶の場合もあるけれどアンがアンソニーを安心させるためについた嘘だったのかもしれないと私は思ったアンがパリに行くとアンソニーに告げると私を見捨てるのか⋯⋯とアンソニーは悲しみに暮れてしまう認知症になると何度も同じ質問をするそのたびに事実を伝え悲しむ父の姿を見るのが辛くなり途中からパリ行きはやめたと嘘をつくようになったのかもしれない

私の母は夕方になるとなんとかして家に帰ろうとしていたこれは帰宅願望といって認知症によくある症状のひとつだ息子が迎えに来ると言っていたなのになかなか来ない連絡もない何かあったんじゃないかこちらから電話をかけようか家族は私を他所の家に置き去りにして何をしているのか私は捨てられたのか思考がどんどん悪い方向へ行ってしまう一緒に暮らしはじめて数ヶ月経ってもなお毎日帰ろうとしていたなので私は真実を告げずに息子さんはお仕事で遅くなるみたいなので今日はここに泊まっていってくださいと伝えていたはじめは母に嘘をつくことに抵抗があったが母が穏やかな毎日を過ごすために少しでも笑顔になってもらうために私はその場限りの優しい嘘をたくさんついた

いつまでも母の娘でいたかったけれど母は私のことをとっくに忘れてしまっていたので、 「お母さんと呼ばずに下の名前で呼ぶようにしたこれも母にとってはもう娘ではない私からお母さんと呼ばれることを気味悪がった経験がきっかけだ母から見る私は知り合いのお姉さんだったり近所に住むおばちゃんだったり家政婦だったその時母に見えている人になりきって母に接していたその瞬間母に見えている世界に寄り添うように努めたそこが母にとって好ましくない世界だった場合は散歩をしたり話を変えて楽しい世界に連れ出したもちろん全てがうまくいくわけではないけれどいずれも母に見えている世界を知っているからとれる行動だった

◆願い

この映画を見れば認知症当人から見えている世界は不確かで不安の連続であることがわかるだろう私は長い時間母と過ごすことでこの世界が擬似的に見えるようになってきたその体験をこの映画は1時間36分で教えてくれる私は自分の失敗や後悔から認知症の世界を一人でも多くの人に知ってほしいと願い昔から文章を綴ってきたこのような素晴らしい映画に出会えて本当によかったそして認知症を治療できる未来が一日も早く訪れることを心から願う


2013年に第一作目となる『記憶の森の魔女』をKindleにて出版。他に、タイムリープを題材としたロングセラー作品『今度君に逢えたら』、初のコメディとなる『行き先はきくな』など。電子書籍を中心に活動中。
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