バラクーダ・スカイ
第38話: チープ・トーク ~テイクⅡ
「このコーヒーは濃すぎるよ。それに熱すぎる」
「カリフォルニア人は文句が多い」
「それじゃあ、テキサス人は黙って、これを飲むのかい?」
「モノを買うことは、すべての権利を買うわけじゃない」
「テキサス人は愚痴を言わない?」
「言ってどうなる? せいぜい、コーヒーが冷めるだけだ」
「君に対する愚痴なら沢山ある。ミス・ドミトリクは君に脅迫されたと言って、弁護士に相談した」
「それで、こんなに離れているわけか。納得した。あの女はラングーンとやらの愛人なのか?」
「聞いてみれば?」
「クラブでシケこんでいるのかと聞くのか?」
「そう。でも、そんなことをすれば、君はエルパソに手ぶらで帰ることになるだろうね」
「それじゃあ、困る」
「ぼくもだよ。妻に不倫しているんじゃないかと疑われているんだ」
「おれたちは、ただのホワイトカラーじゃない」
「そう、それは説明している。でも、納得できないらしい」
「元女房にも同じようなことを言われた」
「予言めいたものはよして欲しいね」
「アドバイスだ。息子の晴れの舞台をすっぽ抜かさなければいい。その日あったことを包み隠さず話し、女房の話も嫌な顔一つせずに聞く。相槌も忘れるな」
「それができないと離婚する? いいアドバイスだ。さすが、経験者は違うね」
「嫌味か?」
「君から言ったことじゃないか」
「おれたちの仕事は包み隠さずに言えるものじゃない。吐き出せる相手は仲間だけだ」
「奥さんは仲間じゃないの? 多分、一番の仲間だと考えていると思うよ」
「お前は女房に仕事の話をするか?」
「できる限りね。誠実でありたい」
「聞けば後悔するような話ばかりなのにか? それが誠実さか?」
「難しいけれど、それが誠実さだと思う」
「線引きが曖昧だ。後悔させることになる」
「だから言わない?」
「そうだ。親父は仕事の話はおろか、愚痴なんて一度もしなかった。いつも、親父の話は仲間たちから聞かされた。一人でコソ泥や越境者を捕まえたとか。親父は一匹狼じゃなかったが、ここぞという時は一人で動いた。ガキの頃、親父はヒーローだから、まわりは足手まといになるから一人でやるんだと考えたが、今になってわかる。親父は危険な目に仲間を巻き込みたくなかったんだ。仲間たちは親父の覚悟に敬意を払っていたから、そのことに口を挟まなかった。おふくろもだ」
「古い価値観だよ。それに、一人でやるよりも大人数でやるほうが、効率がいい」
「そう、古い価値観だ。時代遅れと言っていいだろう。だが、変えるべきじゃないものもある」
「だから、君は離婚したんだ」
「親父はしなかった」
「古い時代の人なんだよ。今は違う」
「本当に世の中は変わったと思うか? 殺し、盗み、麻薬、レイプ、越境者……これらは昔からあった」
「件数が違う」
「本質は変わらない。変わりようがない」
「変わっているよ。変わっていないと信じているから、君は離婚したんだ」
カウボーイハットのつばを撫でたエミールが喉を鳴らした。エミールとワイズマンは一〇番通りのガラス店の裏に停められたバンの中から、通りを隔てたドナックス・アベニューにある白いアパートを見つめる。エミールが「そろそろ、性悪なお姫様を迎えに行ってやろう」と言った。
連載目次
- 星条旗
- テキサス人
- 保釈保証書不要につき
- バロース社製電動タイプ前にて
- アスク・ミー・ナウ
- ユートピアを求めて
- ヴェクサシオン
- フィジカル
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅡ
- ジェリーとルーシー
- プレイヤー・レコード
- イースタン・タウンシップから遠く離れて
- エル・マニフィカ ~仮面の記憶
- バロース社製電動タイプの前で ~テイクⅢ
- 炸裂する蛾、網を張る蜘蛛
- 窓の未来
- セックス・アフター・シガレット
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅣ
- アタリ
- 小カンタベリー、五人の愉快な火かき棒
- 回遊する熱的死
- 顔のないリヴ・リンデランド
- 有情無情の歌
- ローラースケーティング・ワルツ
- 永久機関
- エル・リオ・エテルノ
- バトル・オブ・ニンジャ
- 負け犬の木の下で
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅤ
- エアメール・スペシャル
- チープ・トーク
- ローリング・ランドロマット
- 明暗法
- オニカマス
- エル・マニフィカ ~憂鬱な仮面
- ニンジャ! 光を掴め
- バスを待ちながら
- チープ・トーク ~テイクⅡ
- ブルックリンは眠らない
- しこり
- ペーパーナイフの切れ味
- 緑の取引
- 天使の分け前
- あなたがここにいてほしい
- 発火点
- プリズム大行進
- ソムニフェルムの目覚め
- テイク・ミー・ホーム
- オン・ザ・コーナー ~劇殺! レスリングVSニンジャ・カラテ
- 血の結紮(けっさつ)
- 運命の交差点