バラクーダ・スカイ
第32話: ローリング・ランドロマット
ルーシーはフロントローディング式電気洗濯機に服を投げ込み、紙パックに入った粉洗剤を振った。マラカスのような音が響き、紙パックの封を切ったルーシーが粉洗剤を洗濯機に振り落とす。蓋を締めるなりルーシーは硬貨の投入口をコンバットブーツの靴底で蹴り上げ、洗濯機が息も絶え絶えといった音で回り出す。ベンチに座ったルーシーは置き去りにされた新聞を開いて訳知り顔で記事に目を通した。時事を伝える文字を目で追うルーシーは薄ら笑いを浮かべ、長いブロンドの髪を掻き上げた。
茶色い紙袋を抱えてやってきたジェリーは紙袋をベンチの上に置いた。ジェリーはケシが刺繍されたヌーディスーツの袖をはらい、回転する洗濯機を見た。
「ちゃんとできたみたいだな。使い方がわからずにぶっ壊していると思ったんだが」
ルーシーは中指を突き立て、ジェリーが喉を鳴らした。ジェリーが紙袋からとり出した缶ビールを差し出すと、ルーシーは口笛を吹いた。
「チビのサミーが転がされたらしい」
ルーシーはひび割れた爪でビールの栓を開け、喉を鳴らしながら飲んだ。
「誰だ? 知らねぇ奴だ」
腰に手をやったジェリーが
「情報屋だ。前に会ったばかりだ。コカインの吸い過ぎでいよいよ頭が悪くなったのか? いいや、頭はもう悪かったな」
「ぶつくさジェリーは小言が得意みてぇだ」
ジェリーは落書きだらけの壁に寄りかかった。壁に貼りつけられた期限切れの割引チケットが揺れた。
「お前がポールダンスを披露した奴だ」
指の関節を鳴らしたルーシーが「あぁ、あいつか。思い出した。死んだのかよ?」と言った。
「死んだなんて言ったか? 転がされたと言ったんだ。ちゃんと話を聞け」
「OK、クソッタレのジェリー。それで?」
「ジム・フライは運がいいって話だな」
「へぇ、そうかい。そりゃ、良かったな。お前ぇにどうでもいいことをお喋りさせたら右に出る野郎はいねぇよ」
大袈裟にため息をついたジェリーが腕を組んだ。天井から垂れ下がる喇叭のような形の電灯が点滅した。洗濯機の回転する音が響き、漂白剤の鼻を刺すような臭いが漂っている。ジェリーは整髪料で輝く髪を手の甲で撫で「どうにも引っ掛かる」と言った。
「ポマードなんかつけてやがるからだ。鼻が曲がりそうだぜ」
腕時計に目を落としたジェリーは壁の上部に取り付けられた時計を見ながら舌打ちした。
「ずれている」
「お前ぇのセンスがか?」
「今の話の流れで、おれのセンスがずれているか、そうじゃないかを言うわけがない。どうにも引っ掛かる」
手をヒラつかせたルーシーが「電池を交換しろよ」と言い、ジェリーは組む腕を変えた。
「簡単な仕事だとタカをくくっていたが、こうも上手くいかないと気が滅入る」
「クソ運搬車とは違ぇってことだろ? クソ野郎をぶっ殺すっていう意味じゃあ、一緒だぜ」
「一緒なもんか。フライが焼いたクラブで、逃げ遅れた挙句に火傷を負って死にかけていたコメディアンが殺された」
ルーシーは口笛を吹き「やるね。見直したぜ、ジェリー。クソッタレから一歩前進だ」と言った。
「おれが殺したんじゃない」
「じゃあ、誰だよ?」
「ラングーンが雇ったのは、おれたちだけじゃないってことだな。思った以上に面倒なことなのかも」
「全員、ぶっ殺しちまえばいい」
「馬鹿言うな」
大股を開いたルーシーがコンバットブーツの底を鳴らして立ち上がった。自動ドアが開き、ランドロマットに大きな洗濯かごを抱えた男が入って来た。男はルーシーとすれ違いざまに小さく舌打ちすると、ルーシーはピタリと動きを止め、首を回した。
「おい、お前ぇ」
時計を見ながらジェリーが「どっちが正しいかが問題だ」とひとりごちた。男はルーシーの言葉を無視し、床に洗濯かごを置いて洗濯機の蓋を開けた。ルーシーが口笛を吹くと、男は振り返り、膨れた腹を撫でた。
「一体、何の用だ?」
「うるせぇ。今、舌打ちしやがったな」
「邪魔な奴がいれば舌打ちの一つぐらいはするだろう?」
ルーシーは髪を掻き上げ「そうだな。まったく、そうだ」と言うなり、右足を軸にして体を右方向へと回転させる。レザージャケットの背中が黒光り、軸足を左足に切り替え、体を右方向へ捻りながら右足を振り上げる。そして、鉄板が埋め込まれた厚底のコンバットブーツが男の横顔を蹴り飛ばす。倒れた男は頭を洗濯機の中に突っ込んだ。ルーシーは金色をしたビロードのような髪をなびかせ「そいつでお前ぇもキレイにしてもらえ」と言い、ジェリーが耳に腕時計を近付けた。
連載目次
- 星条旗
- テキサス人
- 保釈保証書不要につき
- バロース社製電動タイプ前にて
- アスク・ミー・ナウ
- ユートピアを求めて
- ヴェクサシオン
- フィジカル
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅡ
- ジェリーとルーシー
- プレイヤー・レコード
- イースタン・タウンシップから遠く離れて
- エル・マニフィカ ~仮面の記憶
- バロース社製電動タイプの前で ~テイクⅢ
- 炸裂する蛾、網を張る蜘蛛
- 窓の未来
- セックス・アフター・シガレット
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅣ
- アタリ
- 小カンタベリー、五人の愉快な火かき棒
- 回遊する熱的死
- 顔のないリヴ・リンデランド
- 有情無情の歌
- ローラースケーティング・ワルツ
- 永久機関
- エル・リオ・エテルノ
- バトル・オブ・ニンジャ
- 負け犬の木の下で
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅤ
- エアメール・スペシャル
- チープ・トーク
- ローリング・ランドロマット
- 明暗法
- オニカマス
- エル・マニフィカ ~憂鬱な仮面
- ニンジャ! 光を掴め
- バスを待ちながら
- チープ・トーク ~テイクⅡ
- ブルックリンは眠らない
- しこり
- ペーパーナイフの切れ味
- 緑の取引
- 天使の分け前
- あなたがここにいてほしい
- 発火点
- プリズム大行進
- ソムニフェルムの目覚め
- テイク・ミー・ホーム
- オン・ザ・コーナー ~劇殺! レスリングVSニンジャ・カラテ
- 血の結紮(けっさつ)
- 運命の交差点