バラクーダ・スカイ

第31話: チープ・トーク

Avatar photo書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2023.01.07

泥水みたいなコーヒーだね」
「近くの露店で買ったんだ。変わった奴だ」
「あの露店は違法操業だよ」
「かも知れないが、おれには関係ない」
「苦情の電話がある度に、わざわざ行って忠告するんだ。すると、スツーカは一ブロック先に移動する」
「そのまま続けていれば、いつかはサンディエゴから出て行くだろう」
「その前に、ぼくの堪忍袋の緒が切れそうだ」
「遵法精神は立派だが、法のために生きるだけがすべてじゃない」
「五つ星はやることが多いんだよ」
「コーヒーを飲みながら愚痴を言うことがか?」
「他にも、乱射事件の調書があるし、子供を虐待していた空手道場のオーナーの件もある」
「子供を虐待?」
「そう。エボニー・アベニューにあるカラテ道場で、生徒たちを虐待しているという通報があったんだ。とりあえず、オーナーを引っ張って子供たちから話を聞いた。クロだよ。真っ黒。ひどい虐待。試練とか、忍耐とか……そんなことを言って痛めつけていた。それでも、生徒の子供たちはオーナーを庇うんだ。虐待された子供は虐待した親を庇うことがあるけれど、本当に酷い」
「逮捕したんだろう?」
「まぁね。でも、そこから先に繋がらない。生徒の親たちが訴訟を起こせば別だろうけれど」
「おれはリロイを殴ったことがない。まだ小さいし、悪さをしない。そもそも、一緒に暮らしていないというのもあるが。おれの親父は昔気質な男だったが、しつけと言って、おれを殴ったりしなかった。親父は、してはいけないことをするなとだけ言った。盗むな、殺すな、ドラッグをやるな、道端に唾を吐くな。道端で同じぐらいの齢の女を罵るな。最後に挙げたのは、付け加えられたものだ。おれがやってしまったからな。当時、付き合っていた女と口喧嘩をしただけだったんだが、尾鰭がついて、親父の耳に入った。親父は、女のほうが男よりも優れているとか、その逆とも考えていなかったが、弱いものいじめを嫌った。あぁ、女が弱いという意味じゃない。立場とか、そういうものだ。昔、メキシコから来たばかりの農夫の家に強盗が入った時、親父は一週間近く家に帰らずに一人で犯人を捕まえた。だが、親父は犯人を刑務所送りにしなかった。その代わり、一ドル、一セントまで農夫に返させるために犯人を牧場送りにしたがね。金が元通りになったら、そのまま水に流した。犯人は二〇にもなっていない若造だったんだ。親父はレンジャーで、法の執行者だった。テキサスの法律なら一〇〇年以上前のものだって覚えているような男だった。思うに、法は尊いが、法を維持するために人間を食い物にしてはいけない」
「昔の話だよ。それにテキサスの話だ。ここじゃあ、そういうわけにはいかない」
「そうだな。おれもそう思う。時代は変わった。今の世の中を見たら、さすがの親父も怒り狂うだろう」
「子供を叩くような奴は異常だよ」
「我慢や忍耐が必要なのは子供じゃなくて、大人のほうだろうな。まぁ、それはおれにも言えることだが」
「何かやったのかい?」
「資料に書かれていなかったか?」
「ないよ。君の仕事ぶりについてだけ」
「どうやら、墓穴を掘ったらしい」
「何をやったんだい?」
「トー・トゥー・トーの試合に出た」
「なにそれ?」
「ボクシングの一種だ」
「ボクシングの試合に出てはいけないなんていう規定はないよ。それとも、テキサスではあるのかい?」
「ないが、馬鹿なことをしたとは思っている」
「後悔は尽きないものさ。やったことも、やらなかったことも後悔するんだ」
「五つ星の保安官が言っていいことじゃない」
「たまたまさ。たまたま、保安官の空きがあったんだ」
「その、たまたまにすらなれないおれはなんだ?」
「テキサス州に保安官の空きがないってだけだよ。そもそも、君はテキサス・レンジャーになりたいんだよね? たしか……テキサス・レンジャーに若い隊員はいなかったはずだ。経験年数だよ」
「口を開けて待っているだけでレンジャーになれるわけじゃない。推薦が必要だし、前任者からの指名も必要だ」
「引退しそうなレンジャーの知り合いは?」
「おれはそういう目でレンジャーを見ない」
「エミール、先を見たほうがいい」
「引退しそうなレンジャーと親しく付き合えというのか? そんな見え透いた真似をするぐらいなら、明日にでもロングドライブの運転手をはじめる。親父が長生きしていれば、おれを指名したかも知れない。だが、現実は? 親父は勤務中に倒れて、そのまま死んだ。親父の後釜は推薦された他の奴が埋めた。そのことについて不満がないと言えば嘘になるが、それで良かったとも思う。親父の指名でレンジャーになれたとしても、それはバーリングの倅としてであって、おれが必要とされたわけじゃない」
「個人が必要とされることは少ないよ。誰の代わりもいる。現に、君の父親の後任だっていたわけだし」
「そう、誰の代わりもいる。だからといって、自分にしかできないことを探すことを諦めてしまうことは間違っている」
「君は真面目だね」
「真面目な奴はトー・トゥー・トーで相手の顎を叩き割ったりしない」
「ここでそんなことはさせないよ」
「試合でもないのに、相手を殴る奴を捕まえて裁判所まで連れて行くのがおれの仕事だ」
「わかっているのなら、それでいいんだ」
「ところで、乱射事件とやらは?」
「聞きたい?」
「お前から振った話だ」
「ポーカーをするために休業にしていたバーに白人の男女が押し入って乱射したんだ。男は派手なスーツで、女はレザージャケット。女のほうはH&KMP五を発砲している」
「恨まれるような連中なんだろう」
「それはどうだろう? バーの店主、ヒッピー、ミュージシャン、復員兵。あと、素性がわからない男が一人混ざっていたそうだけれど、彼らは短機関銃で殺したくなるほど恨まれそうかい?」
「人を恨むのに理由はいらない」
「ぼくもそう思うけれど。どの道、乱射は珍しいことじゃない」
「乱射が珍しくない国なんて異常だ」
「エルパソだって、乱射ぐらいはあるでしょ?」
「ぐらいはな。おれはテキサスが好きだ。連邦政府に言いたいことは山ほどあるが。それでも、この国の銃について、もっと考えるべきだ」
「驚いた。君は生粋のNRA会員だと思っていたから」
「会員ではあるが、スーパーマーケットで狩りに使えないようなデカい銃を売る必要はない」
「一応、規制があるじゃないか」
「目の粗い網でしかない。連邦政府の仕事はなんだ? 遠い国の農民を焼き殺すことを命令するだけか?」
「あれは必要なことだよ」
「共産主義者が勢力を拡大することは憂慮すべきことだ。連邦政府が掲げる自由はもっと輸出していいだろう。だが、その前に足下がグラついているようじゃあ、駄目だ」
「難しい問題だね」
 助手席に座るエミールが制帽のつばを撫で、運転席のワイズマンがハンドルに片手を置いた。二人はドナックス・アベニューに停められたバンの中から白いアパートを見ながらため息をついた。


作家、ジャズピアニスト、画家。同人誌サークル「ロクス・ソルス」主催者。代表作『暈』『コロナの時代の愛』など。『☆』は人格OverDrive誌上での連載完結後、一部で熱狂的な支持を得た。

連載目次


  1. 星条旗
  2. テキサス人
  3. 保釈保証書不要につき
  4. バロース社製電動タイプ前にて
  5. アスク・ミー・ナウ
  6. ユートピアを求めて
  7. ヴェクサシオン
  8. フィジカル
  9. バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅡ
  10. ジェリーとルーシー
  11. プレイヤー・レコード
  12. イースタン・タウンシップから遠く離れて
  13. エル・マニフィカ ~仮面の記憶
  14. バロース社製電動タイプの前で ~テイクⅢ
  15. 炸裂する蛾、網を張る蜘蛛
  16. 窓の未来
  17. セックス・アフター・シガレット
  18. バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅣ
  19. アタリ
  20. 小カンタベリー、五人の愉快な火かき棒
  21. 回遊する熱的死
  22. 顔のないリヴ・リンデランド
  23. 有情無情の歌
  24. ローラースケーティング・ワルツ
  25. 永久機関
  26. エル・リオ・エテルノ
  27. バトル・オブ・ニンジャ
  28. 負け犬の木の下で
  29. バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅤ
  30. エアメール・スペシャル
  31. チープ・トーク
  32. ローリング・ランドロマット
  33. 明暗法
  34. オニカマス
  35. エル・マニフィカ ~憂鬱な仮面
  36. ニンジャ! 光を掴め
  37. バスを待ちながら
  38. チープ・トーク ~テイクⅡ
  39. ブルックリンは眠らない
  40. しこり
  41. ペーパーナイフの切れ味
  42. 緑の取引
  43. 天使の分け前
  44. あなたがここにいてほしい
  45. 発火点
  46. プリズム大行進
  47. ソムニフェルムの目覚め
  48. テイク・ミー・ホーム
  49. オン・ザ・コーナー ~劇殺! レスリングVSニンジャ・カラテ
  50. 血の結紮(けっさつ)
  51. 運命の交差点
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