バラクーダ・スカイ
第29話: バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅤ
トレーラー・ハウスのテーブルには菓子メーカー、ベーメルマンスの紙箱が置かれている。顔のないリヴ・リンデランドのポスターが貼られたドアは横倒しになっている。ジェイクは引き出しの上に置かれたタイプライターを打ちながら足でステップを踏み、マリファナの煙を吐き出す。マドレーヌを齧り、前歯の形に欠けた表面から白雪のようなエクリチュールが滑り落ちる。デンオン製レコードプレイヤーDP六〇M、ドーナッツ盤の上に針が落ちる。流れ出すのはフォー・トップスの『エイント・ノー・ウーマン』
ストリングスにオクターブで重なるベースライン、隙間を縫うように叩かれるコンガ。リード・ヴォーカルを担当するリーヴァイ・スタッブスに寄り添うミシガン州デトロイトで意気投合した男たち。マネキンの胸像に装着されたスチームパンクゴーグルに天井からぶら下がる白熱灯の淡い光がさしこみ、光は四方八方にはね返される。マリファナの煙に言葉が混ざり、タイプライターはたゆたう。深淵と表層、骨格と皮膚、痙攣と弛緩。答えのない空洞に放り込まれる未成熟な言葉たち。ジェイクはマドレーヌを口にくわえ、水底の昆虫を探す唯一の卵生哺乳類、カモノハシのように首を振りながら拡大するイメージの底を漁る。
タイプライターから吐き出された紙を引き千切ったジェイクは丸めた紙を宙に放り、紙が衝突した白熱灯が揺れた。
「黒曜石を磨いたほうがいい。合金に垂らされた水銀。アルミじゃあ、駄目だ。反射率が悪い。初めて客観を知ること、自己鏡映像認知能力について」
顔のないリヴ・リンデランドがチェシャ猫のように微笑みかけた。
連載目次
- 星条旗
- テキサス人
- 保釈保証書不要につき
- バロース社製電動タイプ前にて
- アスク・ミー・ナウ
- ユートピアを求めて
- ヴェクサシオン
- フィジカル
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅡ
- ジェリーとルーシー
- プレイヤー・レコード
- イースタン・タウンシップから遠く離れて
- エル・マニフィカ ~仮面の記憶
- バロース社製電動タイプの前で ~テイクⅢ
- 炸裂する蛾、網を張る蜘蛛
- 窓の未来
- セックス・アフター・シガレット
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅣ
- アタリ
- 小カンタベリー、五人の愉快な火かき棒
- 回遊する熱的死
- 顔のないリヴ・リンデランド
- 有情無情の歌
- ローラースケーティング・ワルツ
- 永久機関
- エル・リオ・エテルノ
- バトル・オブ・ニンジャ
- 負け犬の木の下で
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅤ
- エアメール・スペシャル
- チープ・トーク
- ローリング・ランドロマット
- 明暗法
- オニカマス
- エル・マニフィカ ~憂鬱な仮面
- ニンジャ! 光を掴め
- バスを待ちながら
- チープ・トーク ~テイクⅡ
- ブルックリンは眠らない
- しこり
- ペーパーナイフの切れ味
- 緑の取引
- 天使の分け前
- あなたがここにいてほしい
- 発火点
- プリズム大行進
- ソムニフェルムの目覚め
- テイク・ミー・ホーム
- オン・ザ・コーナー ~劇殺! レスリングVSニンジャ・カラテ
- 血の結紮(けっさつ)
- 運命の交差点
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