バラクーダ・スカイ

第27話: バトル・オブ・ニンジャ

Avatar photo書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2023.01.04

エボニー・アベニューをひた走る黒いキャデラックの後部座席に座るジョーイは居心地悪そうに外を見た。隣に座るラングーンは足を組みながら葉巻を吸っている。その様子はレスリングの試合後に行われる寸劇のようであり、その自然すぎる演技はマーロン・ブランド並みに洗練されている。ラングーンは意地の悪い興行師そのもののようである。ラングーンが「仕上がりはどうだ?」と尋ねると、ジョーイはラングーンに顔を向け
「問題ありません。ミスター・ラングーン」と答えた。ラングーンは汗ばんだ二重顎を撫で
「問題なんて聞いていない。勝つように仕上げたのか?」
 ジョーイは太い二の腕を見て「えぇ、現役時代ほどじゃあ、ありませんが、いい仕上がりです」
「そのデカい身体は他に何の役に立つ? 今日、役立てろ。お前には今後、他の仕事を任せてやる。ただのドアマンで一生を終えたくはないだろう?」
「えぇ、ミスター・ラングーン」
 唐突に笑みを浮かべたラングーンが「いい答えだ」と言った。

 緩やかな坂の上でキャデラックが停止すると、先に降りた運転手がドアを開け、ラングーンが降りた。ジョーイはドアを自身で開けた。プレハブ小屋のような白く平べったい建物の前でジョーイが小さくため息をついた。道場破りという言葉を言葉でしか知らないジョーイには、これまでの一連の流れは、かつてプエルトリコで経験した、電気が流れる鉄条網に囲まれたリングで行ったレスリングの試合のように性質の悪い作り物のように感じられた。ジョーイとラングーンが建物の前に並んだ。呼び鈴は見当たらなかった。入口に垂れ下がる銅鑼を見つけたジョーイは銅鑼に結びつけられた、先端にフェルトが巻かれたバチで銅鑼を叩いた。すると、建物の中から威圧するような太鼓が乱れ打たれ、戸が引かれた。ラングーンは「大した見せかけだな。先に入れ」と言い、ジョーイが建物に入った。
 張り詰めた空気が漂う板張りの道場には白い空手着に身を包んだ師範代のアーロ・ミューレンと、ハワイ州出身日系三世のニンジャ・カラテ道場オーナー、カール・コバヤシが仁王立ちしていた。コバヤシは真っ黒の甲冑、当世具足(とうせいぐそく)に陣羽織(じんばおり)。甲冑の胴全体を六枚の部分に分けた鉄製の板礼は槍も鉄砲も通さない。コバヤシが呼吸をする度に部隊を識別するための目印、合当理(がったり)の代用品である卒塔婆(そとば)が揺れた。ジョーイはシャツを脱ぎながら一風変わった道場内の雰囲気に息をのむ。道場を囲む子供たちは凹凸のある板の上で、痛みを噛み殺すために口をキツく結びながら正座しており、怨敵を見るような目でジョーイを見ている。シャツを床に置いたジョーイが「正気じゃない」と言うと、コバヤシが何か言ったものの、顔面を守るためのマスク、面頬(めんほほ)を密着させすぎたために聞き取ることはできなかった。ジョーイの後ろに立つラングーンが首を振る。これらの動きは暗黒映画に登場する、イタリア系マフィアの親玉のようだった。
「現役の頃はベビーフェイスだったんだが」とジョーイがひとりごちると、ラングーンが舌打ちして
「ミスター・コバヤシ、約束を忘れないように」と言った。すると、コバヤシは当世具足の板礼を叩いて
「武士に二言なし」と答えた。ジョーイは道場の隅で目に涙を浮かべながらミューレンとコバヤシに熱視線を送る子供たちを見た。疑うことを知らない無垢な瞳を見たジョーイは厚い胸板を撫で、目の前に立つ空手着に身を包んだミューレンを見た。大きく見積もっても身長六フィート、ボクシングならばウェルター級程度しかない体重の相手を前にして、身長七フィート丁度、二二〇ポンドを超える巨漢のジョーイがため息交じりに「試合にならない」と言うと、コバヤシが
「試合にあらず。これは死合いなり」と叫んだ。拳を固めたミューレンが
「名前は?」と尋ね、ジョーイが「ジョーイ・ラブ。愛のほうとは綴りが違う」と答えた。
「いい名前だね」
「リングネームのほうが気に入っているんだが」
「リングネーム?」
 コバヤシが「双方、構え」と叫んで太鼓を叩く。轟音が道場に響き、跳ねあがってがミューレンがジョーイの厚い胸板を蹴った。ジョーイは衝撃を胸で受けるものの、後ずさりすることなく、着地したばかりのミューレンの肩口に手を置き、右足をミューレンのまたの下に踏み込んで左足を蹴った。ジョーイは膝をつかずにミューレンの横腹にカリフラワー耳をつけて構え、斜め右に右足を踏み込んでミューレンを倒した。ミューレンがジョーイの顔面に向かって拳を放り、ジョーイの鼻から血が滴り落ちるものの、気にせずに態勢を変えてミューレンの首に太い腕を絡ませた。ミューレンは両足をバタつかせ、腕を解こうとするものの、首に極まった裸絞めから逃れることはできず、一分経たずに手足をダラリと垂らした。道場を囲む子供たちは涙を流しながらその光景をじっと見ていた。腕を解いたジョーイがミューレンの背中を叩き、意識を取り戻したミューレンが立ち上がって構えたものの、すぐに状況を理解して片膝をついた。満面の笑みを浮かべたラングーンが「試合終了」と言った。コバヤシは震える手で太鼓を叩き、小刀で切腹を試みるものの、頑丈な板札には歯が立たず、その場に座り込んだ。ラングーンは吐き捨てるように
「引き渡しの書類は後日でいい」と言い、回れ右をしてさっさと出て行った。ジョーイはシャツを肩にかけ、ミューレンに向かって「いい試合だった」と言って外に出た。
 ジョーイがキャデラックに乗り込むと、後部座席に座るラングーンは上機嫌な様子で葉巻を吸っていた。
「よくやった。が、その前にシャツを着ろ」
 ジョーイはシャツに袖を通し、ため息をついた。ラングーンが言う。
「勝ったのに、ため息なんてつくな。それとも、おれの気分に水を差したいのか?」
「いいえ、ミスター・ラングーン。そんなつもりじゃありません。ただ……」
「ただ?」
「いいえ。昔を思い出したんですよ。遠征して試合に勝つと、いつもあんな顔で睨まれました」
「レスリングはただの見世物だ」
「お言葉ですが、ミスター・ラングーン」
 手をヒラつかせたラングーンがジョーイの言葉を遮り「レスリングの話を聞くつもりはない。お前はおれの役に立った。約束通り、今後は仕事を回してやる」と言うなり、胸ポケットからとり出した金をジョーイに差し出した。金をポケットにしまったジョーイが礼を言った。


作家、ジャズピアニスト、画家。同人誌サークル「ロクス・ソルス」主催者。代表作『暈』『コロナの時代の愛』など。『☆』は人格OverDrive誌上での連載完結後、一部で熱狂的な支持を得た。

連載目次


  1. 星条旗
  2. テキサス人
  3. 保釈保証書不要につき
  4. バロース社製電動タイプ前にて
  5. アスク・ミー・ナウ
  6. ユートピアを求めて
  7. ヴェクサシオン
  8. フィジカル
  9. バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅡ
  10. ジェリーとルーシー
  11. プレイヤー・レコード
  12. イースタン・タウンシップから遠く離れて
  13. エル・マニフィカ ~仮面の記憶
  14. バロース社製電動タイプの前で ~テイクⅢ
  15. 炸裂する蛾、網を張る蜘蛛
  16. 窓の未来
  17. セックス・アフター・シガレット
  18. バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅣ
  19. アタリ
  20. 小カンタベリー、五人の愉快な火かき棒
  21. 回遊する熱的死
  22. 顔のないリヴ・リンデランド
  23. 有情無情の歌
  24. ローラースケーティング・ワルツ
  25. 永久機関
  26. エル・リオ・エテルノ
  27. バトル・オブ・ニンジャ
  28. 負け犬の木の下で
  29. バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅤ
  30. エアメール・スペシャル
  31. チープ・トーク
  32. ローリング・ランドロマット
  33. 明暗法
  34. オニカマス
  35. エル・マニフィカ ~憂鬱な仮面
  36. ニンジャ! 光を掴め
  37. バスを待ちながら
  38. チープ・トーク ~テイクⅡ
  39. ブルックリンは眠らない
  40. しこり
  41. ペーパーナイフの切れ味
  42. 緑の取引
  43. 天使の分け前
  44. あなたがここにいてほしい
  45. 発火点
  46. プリズム大行進
  47. ソムニフェルムの目覚め
  48. テイク・ミー・ホーム
  49. オン・ザ・コーナー ~劇殺! レスリングVSニンジャ・カラテ
  50. 血の結紮(けっさつ)
  51. 運命の交差点
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