くみた柑のオキラクニッキ

連載第6回: 離婚のススメ

Avatar photo書いた人: くみた柑
2023.
01.03Tue

離婚のススメ

母との楽しかった思い出を掘り起こすとどうも母と二人きりで外出している時のことばかりだということに気がついた

私は三人きょうだいの末っ子だけれど姉と兄とはとても歳が離れているすでに母の手を離れた姉と兄は日中ほとんど家にいなかったので小さい頃の私は一人っ子のような状態だった

母が買い物に行くときは必ずついていった二人だけの時間というのは母を独り占めしているようで私にとって特別な時間だった

夕方ミシン仕事を終えた母は近くの商店街まで買い物に行く当然のように私はついていったしかし私の楽しみは買い物ではなく商店街にある焼き鳥屋さんだ

スーパーで好きなお菓子を買ってもらえることはほとんどなかったがその商店街で買い物をするときは当然の儀式であるかのように母は私に焼き鳥タレを買ってくれたそして母が選ぶのはきまってレバーだった

これはお母さんのお薬だからと母は謎の発言をしていたがレバーを好んで食べていたのは貧血だったからだ大きな子宮筋腫ができていた母は月経のたびに大量に出血をしていたが子宮筋腫は良性の腫瘍であるため手術や入院代を払いたくない父から治療は必要ないと言われていたこれらは何年も後になって知る情報だ

買い物途中での焼き鳥は大人な今思い起こせばなるほど父に無駄遣いを禁止されていたからかと納得するお菓子を買って帰ることはできないけれど途中で焼き鳥を買ってその場で食べれば証拠を残すことはないそれに母にとって焼き鳥のレバーは貧血のお薬だからこれは無駄遣いではないのだきっと

母は母なりにそうして父の目を盗んでほんの少しの贅沢を楽しんでいたのかもしれない

母は毎日ご飯を作ってくれていたし母の料理は美味しかった

けれど思い出として強く残っているのは商店街で食べる焼き鳥だったりたまに二人で外出した時にお店で頼むクリームソーダだったりする

だからといって母の手料理の思い出がないわけではない

母が作ってくれる料理で大好きだったのが誕生日とクリスマスだけの特別メニュースパゲティナポリタンとローストチキンだ

和食中心のメニューが多い中この洋風なメニューの特別感は子ども心にワクワクがとまらなかった私が大人になるにつれ自然になくなってしまったメニューだったけれど社会人になってからその話をしたらその年の誕生日に作ってくれた一番新しい記憶だからかそれとも父と離婚をしたあとだからかわからないけれどどの誕生日やクリスマスよりもその時に食べたナポリタンとローストチキンの味そしてその時の母の笑顔を鮮明に覚えている

二人きりで外出している時の母はとても伸び伸びしていた

いつも穏やかに笑っている

しかし家にいる母を思い浮かべると父と険しい顔をして何か言い合っている顔か虚ろな目で震えながら涙を流している顔だ私がテレビを見て笑っている隣でふと気がつくと母が泣いているのだ

父がいる家では母が心から休まることはなかったのかもしれない

世間体を気にしてそして私達子どもが片親だと不自由すると思い母はずっとこの状況に耐え続けていた

父と母の離婚は私達子どもからの提案だった

私が高校を卒業するタイミングで切り出した

母は子どもたちが結婚するまでは片親になるわけにはいかない世間体を気にして反対した

私は片親をどうこういうような人とは結婚しないから安心してと笑った

ちなみに姉はその時もう結婚していた

だから大丈夫だよと何度も説得した

もう母は父から開放されるべきなのだ

離婚してからの母は自由にお菓子を買ってきたし冷凍庫の中にはアイスがいっぱい詰まっていたし誰にも文句を言われず趣味の社交ダンスを楽しんだ

私が思い出す幸せな記憶の中には父が登場しない

私に幸せをくれるのはいつも母だった

父から守ってくれたのも母だった

離婚した後も母は変わらず働き者で仕事も家事も完璧にこなしていた

うちは貧乏無駄使いはできないと父から長年刷り込まれた呪いは消えなかったけれど自分の好きなものにことにお金を使えるようになって楽しそうだった

そして実はそんなに貧乏でなかったことも後にわかるわけだけれど

離婚してまもなく超がつくマザコンな私と上げ膳据え膳が夢だった母のために姉が母と私の二人だけの箱根旅行を企画してくれたその旅行は本当に楽しくて母の笑顔をたくさん見れたし私もめちゃくちゃはしゃいだことを覚えている母は離婚してからはとても元気だったし時間はまだたくさんあると思っていた

元気なうちにもっと美味しい食事を食べにいけばよかった

もっと旅行に連れていけばよかった

もっとたくさん母を楽しませてあげたかった

ふと気づいたら元気だと思っていた母はいつのまにか年老いていた

もっとあの時

ああしていれば

こうしていれば

悔やむことばかりだけれどあの時離婚の話を切り出して本当によかったと思う

実家に帰って賑やかなお正月を過ごしテーブルの上に所狭しと並んだご馳走や三段重に丁寧に詰められたお節の写真がSNSに流れてくるたびに母の面影がちらついて胸がきゅっとなる

私はそんなにお節が好きではなくてお正月も3日頃になればまたお節かと思ってしまっていたけれど今はもう私のためにお節を作ってくれる人はいないお節が好きではなくてもやはりお正月の思い出というものは残っていてそこには母の姿がある

私が作る毎年微妙に違うお節も誰かの記憶の中に残っていくのだろうか


2013年に第一作目となる『記憶の森の魔女』をKindleにて出版。他に、タイムリープを題材としたロングセラー作品『今度君に逢えたら』、初のコメディとなる『行き先はきくな』など。電子書籍を中心に活動中。
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