D.I.Y.出版日誌

連載第351回: ふりかえる

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2022.
12.31Sat

ふりかえる

ほんとうに静かだ窓からバス通りが見えるアパートに暮らしているのだけれど車の往来がすくないとか酒を買い出しに行ったドラッグストアの雰囲気とかで世の中が完全に年末年始のゆるんだ空気になっているのを感じる今年は The Birthday やチバユウスケSION村八分外道忌野清志郎シーナ&ロケッツと日本の音楽ばかりをよく聴いたでもきょうはこの静けさを味わわないのがもったいないいまもエアコンの音だけを聴いている

 月イチで飲む親友ときのう飲み納めをした予約まですこし時間があり親友が今年のこのミスを確認したいってんで同行した十年前まではまだしも気のきいた品揃えだった書店がこんなのだれが読むんだよって紙束ばかりになっていた親友もがっかりしていたおれとちがってもっと一般的な好みの親友がだよ市内にあと二軒あった系列店は何年も前に潰れているこの店もそう長くないねと親友はいった出版と読書の文化は滅びたのだろうおれを見いださなかった天罰が下ったんじゃないかな

 世間はそんな感じだけれど人格 OverDrive は充実していた寄稿作品はどれも評判がいいこれからもっと評価される柳楽先生となむさんは商業誌に掲載されたmimei さんは外国のテレビに出た一方おれはほんとうに書けなくなったみたいだきょうだってプロットをやるはずだったのにまったく進まなかったせっかくの静けさなのにな

 そういえば今年は本もたいして読まなかった長年の宿題だった重力の虹をようやく読んだくらいかな正直なところあんまり楽しめなかった来年はV.が読めるといいな

  Netflix でドント・ルック・アップを観たこんな静かで寂しい大晦日に観るべきじゃなかった役者がみんなよかったし最後まで中断せずに観たからつまらなくはなかったのだろうでも期待したようには笑えなかった。 「地球をイメージさせようとするカットバックの表現が陳腐でむだなせいもあるでもそれだけじゃなくてそもそも脚本の姿勢が笑いに対して中途半端のような気がするもっと本気で笑わせにかかってこいよ。 『グラス・オニオンの機知と諧謔を堪能したあとなので点が辛くなってしまうでもまぁこんなに寂しくなってしまうのだからそれなりによくできてはいたのかな⋯⋯

 あまりに寂しいのでTwitter を見に行って余計なことを書いてしまったそういうかまってちゃん来年こそやめたいそのためにもせっかく楽犬舎を建てたのになんか SION にそういう唄があったなほっといてほしいけど愛されたいひとが好きできらいだみたいな親に隠れてノートに漫画を描いたり仲間を集めて新聞や雑誌をつくったりして同級生に回覧してもらっていた小学校時代を思いだすあの頃からちっとも進歩がない来年はもう 48 歳だ信じらんないよね残り時間はせいぜい四半世紀最後まで大人になれないのはわかっている

 今年いちばんの成果は横書きの文章を読みやすくしたくて空白行と改段落の行間を調整したこと柳楽先生の最初の連載は手作業でコーディングしたそれが自動でやれるようになった一度のエンターで行間がやや広い改段落二度で空白行だこれたぶん世界中でおれしかやっていない以前はどうせおれしか読まないからといっさいの改行をしなかったおれを観察してあげつらう客を遠ざけるためにもそうしていたこのちょっとした発明のおかげでひとに読ませることをすこしだけ意識するようになった

 ほかにもいろんなことを自動でやれるようにしたたとえば連続約物のアキ・ツメ横書きと縦書きとで手法を使い分けている寄稿者に認証バッジをつけるとか本に無料やおすすめのタグをつけるとか見出しの人名を中黒で折り返すとかWikipedia のリンクなんかかなり凝ったことをやったこうした大きな改修は2017 年に筆名とドメインを変えたとき以来だ

  50 代男性の生涯未婚率は90 年代まではわずか一桁だったそうだむかしの男は人間性に深刻な問題があっても平気で父親になっていたのだろううちがそうだったアーミッシュみたいに家電がなかった子どもの頃は絵が描けた玩具がないから空想で遊ぶしかなかったんだちっぽけだけれどおれには大切なことだった画商でもあった父のおかげでその力をなくした性暴力について書くことが多いのは似ているからだ

 おかげで社会に適応できなかった家庭内の独自宗教ってやつなんで分かち合いわかりあえる二世のひとたちが羨ましくてならない

 まともな家で愛されて育っていたらきっと何にだってなれたコーダやプログラマにも画家にも漫画家にも興味のおもむくまま楽器を手にして音楽家にさえなれていたかもしれないじっさい家族に機会を潰されていなければ24 歳で商業作家になっていたはずだまともに稼いで恋愛し遺伝と環境を畏れず父親にもなっていたろう

 ⋯⋯いやそれだけはどうかな子どもを殴らない父親というのをうまく想像できない

 現実のおれは何にもなれず無能を蔑まれながら生きているおかげで今年は上からも下からもパワハラに遭った書けなくなったのはそのせいもあるそれでもあえて善い面に目を向けよう寄稿者にたくさんの傑作を書いてもらえたそれまでやれなかったことをいくつも実現したデジタルデバイドの最底辺から這い上がっていまじゃ曲がりなりにもPHP を書いたり Mastodon サーバを建てたりしているぽんこつ人生としては上々の成果じゃないか来年はもっといろんな力を取り戻したい

 愛されることだけはきっとないだろうけどね


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。