バラクーダ・スカイ

第20話: 小カンタベリー、五人の愉快な火かき棒

Avatar photo書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2022.12.28

円卓を囲んでいるのはブリトン人を率いず、また、騎士道精神を微塵も持ち合わせない五人の男たち。この場を提供したパー、〈ピークォド〉の店主、ジョシュア・ザイトリンは店名に因んだ世界十大小説を読んだことがなく、今後も読むことはない。ザイトリンの隣に腰掛けるのは山高帽にラメ入り星形サングラス、ヒョウ柄コートのジーン・ブリード。ブリードは素揚げされた乾燥スパゲッティを齧っている。さらに隣にはミリタリーTシャツを着て、首からドッグタグを下げるブーン・ランカスター。ランカスターは口にラッキー・ストライクをくわえ、ポーカーチップをまじまじと見ながら肩まで伸ばした黒い髪を掻き上げる。ランカスターの隣に座るハーフパンツにゴルフウェアのチャールズ・バーフライが眉間に皺を寄せた。バーフライの隣に座るジェイクは球形サングラスの縁を撫で、薄ら笑いを浮かべている。ランカスターが「アーロは?」と尋ねると、ジェイクが口を開く。
「休みだよ。だから、チャーリーを呼んだんだ」
「聞いてない」
「そりゃ、ブーンに言わなかったからさ」
 ランカスターはポーカーチップを指で弄り「ジョシュアもか?」
 ため息をついたザイトリンが「言い忘れたんだ。これでいいだろう?」と言ってブリードを見た。ブリードは乾燥スパゲッティを噛み砕き、薄茶色の粉が落ちた。手をヒラつかせたジェイクがバーフライに向かって
「この通り、ランカスター上等兵は真面目なんだ。真面目だから銀星章をもらった」
 口にくわえたスパゲッティを上下させたブリードが
「それで、ベトナム人をわんさか殺した」
 ランカスターが「兵役拒否野郎は黙れ」と言い、ジェイクは口笛を一吹きしてランカスターが鼻を鳴らした。顔を顰めたザイトリンがトランプの束を芋虫のような指で混ぜはじめる。トランプを混ぜ終えたザイトリンは指でテーブルを突き「ブーン。持っているんだろう?」と言った。ドッグタグに触れたランカスターが背中からコルト・ガバメントをとり出し、テーブルに置いた。星形サングラスの縁を撫でたブリードが
「負けそうになったら、ぶっ放すつもりだったか?」
 ランカスターが「黙れ」と一喝し、ブリードはゴツゴツした手をヒラつかせた。ジェイクはコルト・ガバメントを掴んで後ろのテーブルに置いた。
「さぁ、はじめようぜ。ジョシュア、カードを配ってくれよ。今日はツイている気がするんだ」
 ザイトリンは側頭部に残すだけの髪を指でなぞり
「年中、マリファナをキメているだけでツキが回るらしい」
「グルーヴィ」
 ザイトリンによってトランプが配られる。ブリードは広い肩を上下させ、ランカスターはしかめっ面で髪を掻き上げる。バーフライはゴルフウェアの襟に触れる。球形サングラスの縁を撫でたジェイクが「折角のゲームだ。なにか話をしようぜ」と言うと、眉を動かしたランカスターが
「今、忙しい」
 ジェイクは焦げ茶色をした無精ひげを一本、摘まみ
「おれたちはペストを逃れるためにカリフォルニアの郊外にやってきた。一〇人には少ないし、女もいない。だけど、滑稽話をしちゃいけないわけじゃない。見てくれ。このテーブルは丸い。つまり円卓。イギリスを創始するかも知れないし、バルベルデの新しい大統領になるかも知れない」
「バルベルデ? そんな国、聞いたことがない」とランカスター。麦わら帽子をポンと叩いたジェイクが
「スクリーンの中にしかない、中南米にある反米親ソビエトの国だよ」
「アメリカの敵は自由の敵だ」
「でも、それほど自由じゃないぜ」
「マリファナを合法化すれば満足か? 馬鹿を言え」
「グルーヴィ。チャーリーはどう思う?」
 バーフライは足を組み「政治の話はやめておくよ。ロクなことにならないから」と言うと、ブリードがステップを踏みはじめた。ブリードは目に見えないバスドラムとハイハットペダルを踏みながら喉を震わせ、ハウリン・ウルフのようにシャウトを開始する。

 偉大なりし、我らが合衆国
 天使はピーナッツ瓶に逃げ込み、フィンランド人はマンドリンにあわせて歌う
 心臓病のスパイ、ルーレット、脳波曲線、ハイファイ、ナスの葉、蛆虫たちの大行進

 おぉ、アメリカよ! 縦横無神にして我らが誉れ!
 おぉ、アメリカよ! 爆撃の用意はいいか?
 おぉ、アメリカよ! 不滅にして不浄な霊魂たちよ!

 ブリードによる即興歌が終わるとジェイクが拍手した。ザイトリンは萎れたランニングシャツの間から飛び出た胸毛を撫で、ランカスターが舌打ちした。感心しきった顔のバーフライが「上手いな」と言い、ブリードは野生の熊のような口髭を撫でた。
「その通り。おれは上手い。そして、おれはカリフォルニアで最も偉大なドラマーで歌手だ」
「ミュージシャンだったのか、どおりで奇抜な恰好をしているわけだ」
「奇妙な恰好をするから偉大な人間なんじゃない。偉大な人間がたまたま、そういう恰好をしているだけだ」
 マリファナに火を点けたジェイクが「グルーヴィ」と言った。配られたトランプを見たランカスターが「おりる」と言うなり、ブリードは大袈裟に肩を上下させた。
「聞いたか? ベトナムを火の海にした大英雄がおりるだと。ブーンの言う自由も大したことない」
 ランカスターはテーブルを殴り「これはゲームだ。第一、おれは狙撃兵だ。二度と間違えるな」
 広げた両手を波打たせたブリードが「英雄は心が狭い」と言った。ジェイクは球形サングラスの縁を撫で
「やり方はそれぞれ。ブーンは慎重派ってだけさ。それじゃあ、お喋りしよう。時計回りがいい。ジョシュア?」
「こういうことは言い出した奴からだろう?」とザイトリン。手をヒラつかせたジェイクが
「とっておきがあるんだ。だから、後手にさせてくれよ」
「なにを話したらいい? というか、何を聞きたい? この通り、面白い話なんてないぞ?」
「考えなくていい。印象深かったこととか、感じたままのもの。オチなんて考えなくていい。どんな小話も磨かれていないダイヤモンドと同じぐらい価値があるんだからな」
 二重顎を撫でたザイトリンはふぅふぅ息を漏らしながら口を開く。
「そうだな……それじゃあ、印象深かったことにしよう。言っておくが、今、思い出したことだから、笑い話でもないんだが……五歳か六歳の頃、親父に連れられてダラスに行ったことがある。その時、ダラスに有名な律法学者が住んでいたんだ。親父は敬虔なユダヤ教徒で、アドナイがするなと命じたことは一切、しなかった。その時、おれは自動車の助手席に座りながら外を見ていた。見たいと思うようなものはなかったんだが、とにかく、外ばかりを見ていた。親父は考え方や指の動かし方まで厳格だったから窮屈だったんだな。しばらくすると、急に親父が〈目を瞑れ〉と言った。おれは〈どうして?〉なんて聞かずに目を瞑ろうとしたが、あまりにも急だったし、不思議に思ったから、ちょっとだけ目を開けて窓の外を盗み見ることにした。窓の外、道路には人が丸太みたいに転がっていた。自動車事故だ。トラックとジプシーの幌馬車がぶつかったらしい。転がっていたのは馬車から放り出されたジプシーだった。トラックの運転手は見えなかった。ひょっとすると車内で死んでいたのかもな。ふと、親父が〈ゴライめ〉とつぶやくのが聞こえた。その時、おれは親父ともアドナイとも仲良くなれそうにないってことを悟ったよ」
「終わりか?」とブリードが言い、ザイトリンがうなずいた。ブリードは乾燥スパゲッティを指揮棒のように振り
「まるでオチがない。いいか? 演奏には締まりが必要だ。コード、メロディ、リズム、すべてを揃えたキック、形式はなんでもいいにせよ、終止がなければ形無しになる。今から手本を見せてやる。心して聞け? ブリード師のありがたいお話だからな。初めてロスに行ったのは五九年。おれは一六になったばかり、駆け出しの小僧っ子。その時、おれはアンドリュー・サラグッドの運転手をしていた。アンドリューの仕事はラジオ放送用に使えそうなリズム&ブルースのバンドを発掘することだったが、奴は音楽に精通しているというより、ドラッグに精通している男だった。まぁ、よくあるタイプだ。ここまでは珍しくない。ロスに着いてホテルの部屋に入るなり、アンドリューがトイレに駆け込んだ。何も言わなかったが、トイレでヘロインをキメてることはわかった。何度ノックしても返事なし。ちぇっ、キメた挙句に眠っちまったんだ。とはいえ、ロスまで来て何もしないなんてもったいない。そこで、おれはロスを散策することにした。色んな店で飲んで、食って、踊って……全部、アンドリューからクスねた金。とはいえ、一応は代わりの仕事をしていたし、必要経費ってやつだ。いい気分で裏通りを歩いていると、ゴミ置き場からサックスの音が聴こえた。ロスじゃゴミ箱だってヒップなんだ。おれがゴミ置き場に向かって叫ぶと、雷鳴みたいに素早い、それまで聴いたこともないフレーズが聴こえた。ゴミ置き場の中から、身体を引き摺りながらアフロが出てきた。アフロはヘラヘラ笑っていた。妙に温和な笑顔だったから、こいつもヘロインをキメたんだろう。だが、ヘロインをやっているからって、そいつの才能がたしかだってことは、おれにもわかった。おれはアンドリューの名刺を渡して、是非、電話してくれと頼んだ。そいつはヘラヘラ笑ったままだったが、いくらなんでも話ぐらいは通じただろう。ホテルに戻った時、アンドリューは部屋の中を行ったり来たりしながら煙草を吸っていた。おれがアフロの話をしようと口を開いた瞬間、あいつはおれを殴った。〈金を返しやがれ! コソドロが!〉それから、アンドリューは床に転がったおれを蹴り上げた。死ぬんじゃないかと思ったが、部屋に女が入ってきたことで助かった。女はアンドリューといい仲だったらしくて、さっさとセックスしたかったんだろう。女は、おれが腹這いになっているっていうのに、アンドリューのズボンをずり下ろしてフェラチオをはじめた。勿怪の幸い。おれは腹這いのまま部屋から逃げた。今思えば、腹這いのまま階段を下りるなんて、まるでブーンみたいだな。おいおい、ブーン。そう怖い顔をするな。ただの冗談だ。外に出たら通りがかった車を停めてヒッチハイク。それで帰った。アンドリューとはそれ以来、会っていない。風の噂じゃあ、捕まったとか、死んだとか聞いたがね。だが、あの時のアフロがチャーリー・パーカーで、あれから間もなく死んだってことを知ったのは、随分と経ってからだったが……あんなプレイをする奴は見たことがないし、これからも出てこないだろう。確信している。なぜなら、おれ以外の天才なんて、同じ時代に現れるはずがないんだからな」
 ジェイクは口笛で『リラクシン・アット・カマリロ』を吹いた。呆れ顔のランカスターが
「誇大妄想だ。特に、お前が天才なんていう箇所が」
 ブリードはテーブルに肘をつき「妄想かどうかは、おれの演奏を聴けばわかる。音楽は耳で聴くものじゃない。心に響くものだ。好き嫌いなんてものも本当のところ存在しない。心を閉ざしているだけ。さぁ、ブーン。お鉢が回ってきたぞ。今度もおりるか? それとも、戦略的撤退か?」
ドッグタグに触れたランカスターが「おれは撤退しない。絶対にだ」と言い、ジェイクは笑みを浮かべた。ラッキー・ストライクに火を点けたランカスターが言う。
「狙撃手になったばかりの頃の話をしよう。その時の相棒はクレイグ・アレン。アレンはニュージャージーの州兵あがりで……嘘の言えない奴だった。アレンはいつも、さっさと負傷して除隊したいと言っていたから、おれはうんざりしていた。戦争の勝ちを譲ることがどういう意味かわかっていたからだ。おれもアレンも不慣れだったが、幸運なことに組んでから厄介事に出くわすことがなかった。まわりから幸運の女神に愛されているなんて冷やかされて、そのまま鵜呑みにするぐらいには呑気だった。ある日、ジャングルの中でアレンがベトコンの銃を見つけた。〈おい、ブーン。こいつをトロフィーに持ち帰ろうぜ〉そう言って、アレンが銃を持ち上げた。大馬鹿だ。見え透いた撒き餌だ。すぐにその場を去るべきだった。銃に巻き付けられた爆弾が爆発した。おれは無傷だったが、音に気付いたベトコンどもが走って来るのがわかった。おれは走り出したが、どういうわけだか少し離れた木に登った。混乱していると、とんでもなく馬鹿げたことをすることがある。スコープを覗くと、ベトコンに捕まったアレンが見えた。アレンの片腕は吹き飛んでいた。泣き喚きながら命乞いしていた。ベトコンがアレンに何か言うと、アレンは首を振り、奴の耳をナイフで削ぎ落した。次はもう片方の耳。さらに次は鼻。一〇分しないうちにアレンの顔からほとんどの皮膚が削ぎ落された。ベトコンはあたりを見ていた。他に仲間がいると考えたんだろう。実際、おれは目と鼻の先……木の上だ。誰も出て来る様子がないと踏んだベトコンは拳銃を構えた。不意に、アレンと目が合った。削ぎ落された皮膚で滴り落ちる血で真っ赤な瞳。アレンが助けて欲しがっていることはわかっていた。だが、それをすればおれも奴と同じ目に遭う。だから、何もしなかった。ただ、スコープを覗くだけ。銃声がジャングルの中に響き、獣の鳴き声が聞こえた。おれは二度と馬鹿げたことをしないことを誓った。あんな惨めな思いは二度とごめんだからな」
 ジェイクは湿った煙を吐き出し「油断大敵さ」と言うと、髪を掻き上げたランカスターが
「そう、おれは油断しなかった。だから、今、ここにいる。しかし、運を使い果たしたらしい」と言ってトランプを指差した。バーフライはグラスに注がれたウィスキーを一口飲み
「親父がハワイで日本人を殺したことを自慢していたのを思い出したよ。親父は水兵で、日本人が操縦する、軍艦に突っ込むだけの飛行機を機銃で撃ち落としたと自慢していた。親父はその話が好きでたまらなかったらしくて、酔う度にその話を聞かされた。何度聞かされても、初めて聞いたみたいな顔をしなくちゃならなかったから、親父が酒を飲む度、いつくるんだ? と身構えた。話はいつも少し違った。軍艦といったり、戦艦といったり、潜水艦と言ったこともあったから、おれは嘘だと思っていた。ある日も親父は同じことを話した。おれは目を丸くして、信じられないといった顔で話を聞いた。話の最後、気が付くと親父は顔をクシャクシャにしていた。それまではナチと手を組んだ極悪非道の日本人を殺したと胸を張っていた親父がだ。親父は機銃で飛行機の羽を吹き飛ばしたと言った。緑色の弾丸みたいな残骸が軍艦に向かってきたとも。日本人と目が合ったとも言っていたな。残骸は海に落っこちて、そのまま沈んだとか。親父はあの目が忘れられないと言った。人殺しの目、人殺しの目……そう繰り返しておれの目を指差した。その晩、親父は頭をブチ抜いた」
 ザイトリンはメズーザーに触れるように胸毛に手を伸ばし「自殺したのか?」と尋ねた。
「あぁ。それで、掃除はおれがやった。気が狂いそうだったよ」
 眉を上下させたブリードが「人殺しならブーンに聞いたほうがいい。そうだろう?」と言うと、ランカスターは灰皿に煙草の火をもみ消した。ランカスターの目は吊り上がり、嵐の到来を予感させるものだった。
「ブーン、やめとけ。暴力じゃ解決しないってことはベトナムで学んだだろう?」とジェイク。ランカスターは握りこぶしでテーブルを殴り、ポーカーチップが飛び跳ねた。
「おれは人殺しじゃない。アメリカのために、自由のために戦った。なのに、兵役拒否野郎に人殺し呼ばわりだ!」
 ドーナッツ状の煙を吐き出したジェイクが「セラヴィ」と言い、真っ黒い球形サングラスのレンズを撫でた。
「どんなものも輝いている。そして、ボケてもいる。物体の一点から出た、あらゆる光線はレンズを通り過ぎると像面の一点に集まるっていう基本性質があるが、厳密にはこれは成立しない。物体の一点から出た個々の光線はレンズの表面でスネルの法則に従って屈折するから球面形状の像面だとある範囲に散らばる。とはいえ、非球面形状にしても駄目だ。収差……球面収差、コマ収差、非点収差、像面湾曲、歪曲収差、軸上色収差、倍率色収差」
 肩を竦めたザイトリンが「キメすぎたらしい」と言い、ジェイクは手をヒラつかせた。
「締まりのない話だ。おれが一番だったな」とブリード。ザイトリンが
「さぁ、勝負といこう」と言い、ランカスターは不満げに舌打ちした。男たちはテーブルにトランプを置いた。
「おれはおりた」
「ブタ。ジェイクのせいでツキが逃げた」
「ジョシュアはダイエットしろっていうことだ。おれはワンペア」
「……ツーペア」
 四人がジェイクの顔を覗き込む。ジェイクはベアトリーチェに導かれるダンテのように両手を挙げた。休業中というボードが掛けられているはずのドアが開き、ザイトリンが口を開く。開け放たれたドアの前に立つのはケシの刺繍がされたヌーディスーツを着た男と、レザージャケットにレザーパンツ、コカインが詰められたガラスパイプを口にくわえたブロンド女。ジェイクが口笛を吹くと、女はヘッケラー&コッホ社が設計した短機関銃、H&KMP五を構えた。野生の勘、あるいは音楽的感性に従ったブリードがヒョウ柄コートを翻してバーカウンターを飛び越える。テーブルを蹴飛ばしてひっくり返したランカスターの耳の奥に響くのは装弾数三〇のパラペラム弾の咆哮ではなく、熱帯雨林に生息する害虫たちの羽ばたき。ザイトリンは顕現した神を前にして即座に平伏す敬虔な信徒のように床に伏せ、芋虫のような指を折りながら、おぼろげになったエルサレムのためにシェマを唱える。ポーカーチップとともに椅子から転げ落ちたジェイクは床に落ちたコルト・ガバメントを掴み、ランカスターに向かって投げた。
「上等兵!」
 ジェイクの言葉で意識がクアンガイ省の沼地に飛んだランカスターはコルト・ガバメントの引き金を無表情で引いた。ランカスターは漂っているはずのない、腐乱した肉体と汚水が混ざった魚醤のような臭いに鼻をピクつかせる。ブロンド女はドアに身を隠し、空の弾倉を放り投げて怒鳴る。
「撃ち返すんじゃねぇ! 的になれよ!」
 ジェイクは床に落ちたポーカーチップを拾い集め、笑みを浮かべる。ヌーディスーツの男がブロンド女に向かって「一旦、引き上げる」と言って女の手を無理やり引いて、その場を去った。
 銃声が止む。割れた酒瓶から酒が滴り落ち、床一面は雨模様。おもちゃ箱をひっくり返したような店内は硝煙とアルコールの憂鬱な調べを奏でている。手をヒラつかせたジェイクが言う。
「余興は終わりみたいだぜ」
 膨れた身体を小さく折っていたザイトリンはゆっくりと立ち上がり、アルコールの臭いが染み込んだランニングシャツに触れた。バーカウンターからゆっくりと山高帽が顔を出し、ブリードはコニャックの瓶を抱えていた。団子鼻に触れたザイトリンが
「それをどうするつもりだ?」
 ブリードは栓が開いたコニャックを一口飲み「この通り、飲むつもりだ」と言った。ランカスターは震えており、唇の隙間からは断片的で非連続的な記憶の残滓が漏れ出している。立ち上がったジェイクがランカスターの目の前で手をヒラつかせると、スコープのように目を丸くしたランカスターの瞳にジェイクの顔が映った。
「終わったぜ。上等兵。ほら、勲章だ」
 ジェイクがランカスターのポケットにポーカーチップを入れると、ランカスターはコルト・ガバメントを背中におさめた。
「こんなことは初めてだ。どうしたらいい?」とザイトリン。ジェイクが口を開く。
「乱射は毎日、どこかで起きているぜ。クレームの電話はチャールトン・ヘストンにいれよう」
「ヨーゼフ・メンゲレとモーゼのフリをするような奴を信じられるか」
 ブリードはひっくり返ったテーブルを戻すと椅子に腰掛け「さぁ、つづきだ。ゲームは終わっていない」と言ってコニャックを飲んだ。
「金を払え」とザイトリン。しゃっくりしたブリードが
「流石はジョシュア。イスラエルも満足しているだろう。ところで、チャーリーは?」
 ジェイクは椅子に腰掛け「さぁ? 急用を思い出したのかもな」と言うと、ブリードが星形サングラスの縁を撫でた。
「それじゃあ、おれの勝ちだ。ワンペアの勝利。そして、この酒は祝杯」
胸ポケットから萎れたマリファナをとり出したジェイクが
「グルーヴィ、光あるうち光の中を歩め。みんなも吸おうぜ。まわして吸うと味が良くなる」

 二〇分後に消防が到着したものの、異様な光景を目にした隊員たちは店に入ることを躊躇していた。彼らに向かって形だけの儀礼的な挨拶を済ませたチャック・ワイズマン保安官は店に入るなり、頬を掻き、コニャックで茹で上がった軟体動物のような顔をしながらゲームに興じる四人の男たちを見た。乱射された店の中、笑顔でトランプを振り回す男たちは一八七七年にジェームズ・クラーク・マクスウェルが『物質と運動』に記した〈同じ原因は常に同じ結果を生む〉という冒頭の一節を想起させた。目をぱちくりさせたワイズマンが口を開く。
「通報で来たんだけど、お邪魔だったかい?」
 ジェイクは手をヒラつかせ、ポーカーチップを指差した。
「グルーヴィ、丁度、ツキがまわってきたところなんだ」
「勝負は?」
 マリファナの煙を吐き出したジェイクが
「五ドル勝っている。今、この場で一ドル渡したら目を瞑ってくれるかい?」
「その金は、この店の再建にあてたほうがいいだろうね。さて、君たち。家に帰ろうとした途端、電話が鳴って、残業になったことはあるかい?」
 ザイトリンはコニャックをラッパ飲みし、縮れた胸毛を引っ張り「こいつらがホワイトカラーに見えるか?」と言い、ジェイクがシャツにプリントされたヤシを指差した。
「帰りたい時に帰ればいい」
 襟に触れたワイズマンが苦笑いを浮かべた。
「そういうわけにもいかないよ。詳しい話は事務所で聞くから。酔いが覚めた頃には家に帰れる」
 髪を掻き上げ、額を撫でたランカスターが「正当防衛だ。先に撃ってきた」
「誰が?」
「おれが知るか」
「ベトコンじゃないことはたしかだな」とブリード。ワイズマンは両手を腰にやり
「さぁ、立って。これ以上は公務執行妨害だよ」
 四人は不承不承といった態度で立ち上がり、外に出た。外は野次馬たちで溢れており、ジェイクが手を振ると、人々は怪訝な顔をした。四人は窓が格子状になったバンに乗り込み、ジェイクが言う。
「曲のリクエストをお願いするよ」
 運転席に腰掛けたワイズマンが「ラジオを聴きたいの? 君たちのニュースはまだないと思うけど」
「自分のニュースを聴きたい奴なんていないさ。音楽を聴きたいんだ。曲はクイーンがいい」
 星形サングラスの縁を撫でたブリードが「地獄へ道連れ」と言うと、軽薄な笑みを浮かべたジェイクが「グルーヴィ」と言った。ブリードは喉を震わせ、モコモコしたベースリフを口ずさみながら手を叩く。
「さぁ、行こうぜ!」


作家、ジャズピアニスト、画家。同人誌サークル「ロクス・ソルス」主催者。代表作『暈』『コロナの時代の愛』など。『☆』は人格OverDrive誌上での連載完結後、一部で熱狂的な支持を得た。

連載目次


  1. 星条旗
  2. テキサス人
  3. 保釈保証書不要につき
  4. バロース社製電動タイプ前にて
  5. アスク・ミー・ナウ
  6. ユートピアを求めて
  7. ヴェクサシオン
  8. フィジカル
  9. バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅡ
  10. ジェリーとルーシー
  11. プレイヤー・レコード
  12. イースタン・タウンシップから遠く離れて
  13. エル・マニフィカ ~仮面の記憶
  14. バロース社製電動タイプの前で ~テイクⅢ
  15. 炸裂する蛾、網を張る蜘蛛
  16. 窓の未来
  17. セックス・アフター・シガレット
  18. バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅣ
  19. アタリ
  20. 小カンタベリー、五人の愉快な火かき棒
  21. 回遊する熱的死
  22. 顔のないリヴ・リンデランド
  23. 有情無情の歌
  24. ローラースケーティング・ワルツ
  25. 永久機関
  26. エル・リオ・エテルノ
  27. バトル・オブ・ニンジャ
  28. 負け犬の木の下で
  29. バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅤ
  30. エアメール・スペシャル
  31. チープ・トーク
  32. ローリング・ランドロマット
  33. 明暗法
  34. オニカマス
  35. エル・マニフィカ ~憂鬱な仮面
  36. ニンジャ! 光を掴め
  37. バスを待ちながら
  38. チープ・トーク ~テイクⅡ
  39. ブルックリンは眠らない
  40. しこり
  41. ペーパーナイフの切れ味
  42. 緑の取引
  43. 天使の分け前
  44. あなたがここにいてほしい
  45. 発火点
  46. プリズム大行進
  47. ソムニフェルムの目覚め
  48. テイク・ミー・ホーム
  49. オン・ザ・コーナー ~劇殺! レスリングVSニンジャ・カラテ
  50. 血の結紮(けっさつ)
  51. 運命の交差点
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