バラクーダ・スカイ
第19話: アタリ
膨らんだ黒いゴミ袋を肩にかけたジェリーは三本のフリーウェイが並ぶオロ・ビスタ・ロードの果てを歩いている。斜めに生えたシラカバ、空き缶とブルーシートが詰め込まれた手押し車、大地を征服しようと企むアスファルト舗装に抵抗するゲリラ兵のような雑草。雑草の上には二つに折られた吸い殻や泥と砂埃で厚化粧をしたスナック菓子のビニール袋が散乱している。ジェリーは堅牢な公営住宅を改装した超長期滞在者向けホテルに入った。あちらこちらの壁紙が垂れ下がった廊下には呻き声や罵声が響いていた。部屋に入るなり、ジェリーは赤黒いカーペットの上に黒いゴミ袋を置いて、ゴミ袋の中からケシが刺繍されたヌーディスーツをとり出して袖を通した。それから、女物のレザージャケットをカーペットに放った。床にはルーシーが買ってきたか盗んできたポルノ雑誌と合成樹脂の男性器を模した張型が落ちている。ため息をついたジェリーが
「戻ったっていうのに、挨拶なしか?」と言うと、ブラウン管の前でトップレス姿のまま胡坐をかいたルーシーが
「今、いいところなんだから、話し掛けるんじゃねぇよ」と答えた。
ブラウン管の中では異星人を連れ去ろうとする科学者、拾ったアイテムを取り上げようとするFBI捜査官が闊歩しており、彼らの目を盗んだ異星人はリーズピースを貪りながら減り続ける体力を回復していく。ワープを重ね、井戸の中を突き進む異星人が力尽きると、ルーシーはパドルコントローラを摘まんで舌打ちし、膝を叩いた。
「クソだ。お前ぇと一緒。クソ弱ぇ、エイリアン」
ジェリーは椅子に腰掛け、床に置かれたジャックダニエルを手にとった。栓を開けたジェリーがジャックダニエルを一口飲んだ。
「洗濯してやったっていうのに、これだ。大体、どこでそんなものを拾ってきた?」
ルーシーは髪を掻き上げ、中指を突き立てた。
「ジャケットを着ろ」とジェリー。
「なんだよ、おっ勃ったのか? って、そんなわけねぇよな」
ジャックダニエルの瓶を床に置いたジェリーが「あばずれ」と言い、細く、筋張った肩を上下させたルーシーが手で首筋を扇いだ。床に置かれた電話が鳴り、ジェリーが舌打ちした。
「電話だぞ」
ルーシーはパドルコントローラを指で転がし「お前ぇが出ろよ」と言った。立ち上がったジェリーはノロノロと歩いて受話器を手にとった。
「なんだ?」
─ よぉ、ジェリー。おれだよ。
「サミー、何の用だ? と言いたいところだが、わかったのか?」
─ そりゃもう。しっかり、この目で見たんだ。自分の目が信じられないって思うぐらいに」
「自分の目で信じられないようなことで電話するな」
─ ジェリー、その言い草はなんだ? 折角、フライの居場所を突き止めたっていうのによ。
「今、どこにいる?」
─ 一〇分前に〈ピークォド〉っていうバーに入った。今日は休みみたいだけど、お尋ね者はお構いなしらしいぜ。いいご身分さ。
「住所は?」
─ 番地はどうだか知らんが、オーシャン・レーンの隅っこ。店の前にはデカいゴミ箱が二つ睨めっこしている。
「わかったような、わからないような説明だな。まぁ、いい。じゃあな」
受話器を置いたジェリーはポケットからスライドサングラスをとり出し、仄かに太陽の香りが漂うヌーディスーツの袖を撫でた。
「ルーシー、仕事だ。遊びは終わり……いいや、そんなクソみたいなテレビゲームよりも、もっと面白い遊びがある」
口にガラスパイプをくわえたルーシーはライターでパイプの中を炙りながら、真っ白い煙を吐き出した。左右に首を振ったジェリーが「ジャンキーが」と言うと、ルーシーはパドルコントローラを床に置き、赤ん坊のように四つん這いになりながらジェリーに尻を向けた。ジェリーがルーシーの足の裏を見ながら「さっさとしろ」と言うと、ルーシーは大きな黒い鞄に手を突っ込んだ。
「キンタマがねぇ」
首を鳴らしたジェリーが「最初からなかっただろう? それも忘れたのか?」
「タマだよ、タマ。タマなし野郎にはわかんねぇのか?」
ジェリーが大きなため息をついて「銃は車の中だ」と言うと、ルーシーは笑いながら床に転がった。レザージャケットを拾ったジェリーが着せ替え人形のようにしてルーシーに袖を通させる。
「まったく、世話のかかるあばずれだ」
膝に手をやり、ゆっくりと立ち上がったルーシーがだらしない笑みを浮かべた。
「一発、ヤりたい気分だ」
「そんな、お前にピッタリの仕事だ。さっさと行くぞ」
二人が部屋を出て行く。放置されたままのテレビ、ブラウン管の中ではゲームオーバーの文字と、物悲しい信号音、異星人を呼び寄せる音が持続されていた。
連載目次
- 星条旗
- テキサス人
- 保釈保証書不要につき
- バロース社製電動タイプ前にて
- アスク・ミー・ナウ
- ユートピアを求めて
- ヴェクサシオン
- フィジカル
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅡ
- ジェリーとルーシー
- プレイヤー・レコード
- イースタン・タウンシップから遠く離れて
- エル・マニフィカ ~仮面の記憶
- バロース社製電動タイプの前で ~テイクⅢ
- 炸裂する蛾、網を張る蜘蛛
- 窓の未来
- セックス・アフター・シガレット
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅣ
- アタリ
- 小カンタベリー、五人の愉快な火かき棒
- 回遊する熱的死
- 顔のないリヴ・リンデランド
- 有情無情の歌
- ローラースケーティング・ワルツ
- 永久機関
- エル・リオ・エテルノ
- バトル・オブ・ニンジャ
- 負け犬の木の下で
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅤ
- エアメール・スペシャル
- チープ・トーク
- ローリング・ランドロマット
- 明暗法
- オニカマス
- エル・マニフィカ ~憂鬱な仮面
- ニンジャ! 光を掴め
- バスを待ちながら
- チープ・トーク ~テイクⅡ
- ブルックリンは眠らない
- しこり
- ペーパーナイフの切れ味
- 緑の取引
- 天使の分け前
- あなたがここにいてほしい
- 発火点
- プリズム大行進
- ソムニフェルムの目覚め
- テイク・ミー・ホーム
- オン・ザ・コーナー ~劇殺! レスリングVSニンジャ・カラテ
- 血の結紮(けっさつ)
- 運命の交差点