ジェイクは引っ張り出した引き出しの上に置いたタイプライターを立ったまま、アーネスト・ヘミングウェイのようにタイプしている。ジェイクは機械的に紙を引き千切って後ろに放り、紙はデボン紀の地層のように積み重なっていく。天井から垂れ下がるペグ型の樹脂製洗濯ばさみで留められた紙は言葉のダイヤモンド、ステファヌ・マラルメ調。それらは板皮類や棘魚類のように実験的、退廃的なアルファベットの咆哮。ジェイクは膝だけを動かしながら脈動する言語を刻んでいく。唇の間に挟まれたまま、熱を失ったマリファナは怠惰と無気力の果てに回転し、紫色のプラスチックマグに満たされたミルクの中で浮かぶクラッカーの欠片は恐竜の歩行に怯えながら草陰に隠れ潜む哺乳類のように震える。ジェイクは「人の優しさというミルク」という、シェイクスピア風ソネットの断片を口ずさんで笑みを浮かべた。回転を続けるデンオン製レコードプレイヤーDP六〇Mは針を擦り続けている。さながら、愛を歌う昆虫のように。キーの上に置かれた十の手指、ビーチサンダルを履いた十の足指。合計二〇、ケルト人たちによって指折り数えられた数的煩雑が拍節と文節を刻んでいく。トレーラー・ハウスの小さな窓、ステンレスの窓枠はグリーンフラッシュを放ち、一瞬だけ緑色に輝いて闇が落ちる。そして、ライターがマリファナに赤胴色の命を点火する。
手をヒラつかせたジェイクは唇の隙間から煙を吐き出し、白色の中を悠々と泳ぐ魚のような文字列をむしり取って後ろに放り投げる。白と黒、紙とインキの幻想は炭素、酸素、ストロンチウムの中で時間を止めた永遠の断片が堆積を続けていく。
連載目次
- 星条旗
- テキサス人
- 保釈保証書不要につき
- バロース社製電動タイプ前にて
- アスク・ミー・ナウ
- ユートピアを求めて
- ヴェクサシオン
- フィジカル
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅡ
- ジェリーとルーシー
- プレイヤー・レコード
- イースタン・タウンシップから遠く離れて
- エル・マニフィカ ~仮面の記憶
- バロース社製電動タイプの前で ~テイクⅢ
- 炸裂する蛾、網を張る蜘蛛
- 窓の未来
- セックス・アフター・シガレット
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅣ
- アタリ
- 小カンタベリー、五人の愉快な火かき棒
- 回遊する熱的死
- 顔のないリヴ・リンデランド
- 有情無情の歌
- ローラースケーティング・ワルツ
- 永久機関
- エル・リオ・エテルノ
- バトル・オブ・ニンジャ
- 負け犬の木の下で
- バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅤ
- エアメール・スペシャル
- チープ・トーク
- ローリング・ランドロマット
- 明暗法
- オニカマス
- エル・マニフィカ ~憂鬱な仮面
- ニンジャ! 光を掴め
- バスを待ちながら
- チープ・トーク ~テイクⅡ
- ブルックリンは眠らない
- しこり
- ペーパーナイフの切れ味
- 緑の取引
- 天使の分け前
- あなたがここにいてほしい
- 発火点
- プリズム大行進
- ソムニフェルムの目覚め
- テイク・ミー・ホーム
- オン・ザ・コーナー ~劇殺! レスリングVSニンジャ・カラテ
- 血の結紮(けっさつ)
- 運命の交差点
『バラクーダ・スカイ』の次にはこれを読め!