バラクーダ・スカイ

第17話: セックス・アフター・シガレット

Avatar photo書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2022.12.25

ベッドの上で手を伸ばしたステイシーは細長い煙草に火を点けた。床に落ちたまま、ラグと頬を寄せ合うラジオからはニール・ヤングが七九年に発表したライブ盤『ライブ・ラスト』の一曲目『シュガー・マウンテン』が流れている。一九歳の誕生日にヤングがツアー中の滞在先であるヴィクトリア・ホテルで書き上げた『シュガー・マウンテン』は二〇歳になり次第、去ることが運命づけられているバンド、スクワイアーズでのキャリアが終わりに近づいていることを示唆するものであり、刻一刻と失われていく青春と荒涼としたフォークの世界へ歩き出そうとするヤングの決意が聴きとれる。コーヒーが注がれたカップをステイシーに渡したエミールがラジオを拾おうとすると、ステイシーは首を横に振った。エミールが椅子に腰掛ける。煙草の灰を平べったい陶器の灰皿に落としたステイシーはコーヒーを一口啜るなり顔を顰めた。
「紙フィルター、あったでしょ?」
 エミールは一五分ほど掛けて粉がカップの底に沈殿したコーヒーを飲み「あぁ」と言った。
「中々、戻って来ないから探しているんだと思った」
「朝はこれがいい」
 こめかみを撫でたステイシーが小声でうなり、コーヒーを啜る。
「小さい頃、パパにしょっちゅうキャンプに連れて行かれた。山とか川とか。クレイ・ウォールはそれぐらいしかないところだから。パパは男の子が欲しかったのね。一緒にキャッチボールをしたかったのかも。エミール、家族は?」
 エミールは顎に生えた無精ひげを撫で
「ダラスに元女房と息子がいる」
「キャッチボールは?」
「たまに」
 細長い煙草を吸ったステイシーが「子供って可愛い?」と尋ねると、エミールがうなずいた。
「元女房は、おれみたいになって欲しくないと言うし、おれ自身、そう思うところはあるが」
「離婚の原因は? 不倫なんて言わないでよ」
 喉を鳴らしたエミールが「性格の不一致」と言った。ステイシーが言う。
「一致なんてするわけない」
「ダラスは遠い。おれがレンジャーだったら、話も変わっていただろうが」
「仕事のせいにするのもナシ」
「おれのせいか?」
「いいえ、お互いが悪い。でも、言い分を聞いて、お互いの丁度いい落としどころを探すべきなんて言うほど、世間知らずじゃないつもり」
 コーヒーを飲み干したエミールがカップの底に沈殿した黒ずんだ残り滓を見る。
「どうすれば良かったと思う?」
 枕の隣にカップを置いたステイシーが寝返りを打ち、毛布に包まる。
「助言を求めている?」
「いいや、ただのお喋りだ。今が変わるわけじゃない」
「いつだって、口に出す時には過ぎ去っている。残っているのは、このコーヒーみたいなもの」
「不味いか?」
「いいえ、小さな時を思い出しただけ」
「苦い思い出か」
「過ぎ去ったことはどれも甘く感じる」
「今も変わらず、死んだ親父みたいなレンジャーになりたいと思うおれは甘いと思うか?」
「さぁ、知らない。会ったこともない人については言えない。どんな人だったの?」
「親父からはすべてを教わった」
「すべて?」
「歩き方、心構え、銃の扱い、馬、ライターもマッチも持たずに火を起こす方法、罠猟、仲間に報せるための石の組み方、星の位置から時間を計る方法、追跡のイロハ……」
「OK、エミール。第三次大戦が起きたら、あなたについていく」
 椅子から立ち上がったエミールが
「少しの間、おれはサンディエゴの保安官事務所にいる。困ったことがあったら言ってくれ」
「仕事に行くの?」
 エミールは白いカウボーイハットをかぶり「これでも保安官代理だからな」と言った。灰皿に煙草を揉み消したステイシーが「元奥さんの気持ちがわかった気がする」と言い、エミールは喉を鳴らした。

 モーテルに戻ったエミールは制服に着替えると、すぐに外に出てピックアップトラックに乗り込んだ。助手席は制帽が我が物顔で占領していた。舌打ちしたエミールがアクセルを踏んだ。

 エモリー通りに停められたキャンピング・カーを改造したフード・トラックの前でエミールは自動車を停止させた。トラックの車体は緑色と狐色が蛇腹を描いており、〈チャック・ドラゴン〉とタイプされたプレートが輝いている。自動車から降りたエミールがトラックに近付き、フード・トラックの中からスモーキング・キャップをかぶった男が顔を出した。
「どうも、保安官さん。ご機嫌いかが? 営業許可ならこの通り……町のみんなに聞いてくれ。町のみんなはこう言うだろう。つまり〈チャック・ドラゴン〉は町のみんなに笑顔と健康をお届けする、真っ当な納税を心掛けた模範市民だってさ」
 エミールが「チャック・ワゴン」と言うと、男は大袈裟に頭を振り、スモーキング・キャップの房が左右に揺れた。男は〈上等な裸馬〉という文字がプリントされた黄色いTシャツの胸元を指差した。笑みを浮かべたエミールが
「商売をどうこう言うつもりはない。コーヒーを二つくれ」
「いい注文だ。保安官殿はいい注文をした。惚れ惚れするようなものだ。見てくれ。このコーヒー・マシン。一見するとただのマシンだが、この隣にあるオモチャのピアノと連動しているんだ。保安官殿は『うたかたの日々』を観たことがあるかい?」
「いいや」
「そりゃあ、もったいない。ビデオショップで探すといい。それで、その映画にはピアノの鍵盤を弾くとカクテルを作ってくれるピアノ・カクテルっていうマシンがあるんだが、こいつはそれのコーヒー版。ピアノ・コーヒーさ。デューク・エリントンの『Cジャム・ブルース』を弾くと、コーヒーを作ってくれる。まぁ、見ていてくれ」
 そう言うなり、男は小さな鍵盤の上に手を置いてG音を七回、C音を一回、リズミカルに叩いた。マシンの内部が回転し、上部に取り付けられたガラス瓶から湯が注がれていく。そして、マシンの下部から石油のように真っ黒い液体が流れ落ちる。男は鼻の下を撫で
「どうだい? 最高だろ? だが、まだこれは試作品なんだ。曲を増やしたい。『A列車で行こう』、『サテン・ドール』もいい。これをうんと増やして、ビッグバンドにしてもいい。だが、そうするとこの〈チャック・ドラゴン〉号を改造しなくちゃならない。一杯のコーヒーのために何人ものミュージシャンが精を出すなんて贅沢だろう?」
「面白い話だが、コーヒーは二つだ」
 笑みを浮かべた男が頭を振り、スモーキング・キャップの房が揺れた。男は再び『Cジャム・ブルース』のメロディを弾きはじめた。速度は先ほどよりも上がっていた。
「こっちは濃いめになっている。テンポと連動するんだ。速ければ速いほどボディがしっかりしたものになる」
「それはお前が作ったのか?」
「もちろん。こんな発明、おれより他にいない」
「映画に出ているんだろう?」
「まぁ、そう。でも、これだけ贅沢なものはおれ以外に作れる奴はない。コーヒー一杯に一曲。別にチップをくれと言うわけじゃない。模範市民だし」
 コーヒーを受け取ったエミールが金を払い〈チャック・ドラゴン〉号を見ながら言う。
「知っているか? チャック・ワゴンはテキサスのチャールズ・グッドナイトが考案したことを」
「もちろん、おやすみチャールズは大した奴だ。この通り、おれはロングドライブ。カウボーイみたいなものだしさ。テキサスには行ったことはないが、きっとみんな大した奴さ」
 エミールは制帽のつばを撫で「ありがとう」と言ってチップを渡した。
「あんた、テキサス出身なのかい?」
「エミール・バーリング。テキサス人だ。エルパソの保安官代理をしている」
「こりゃあ、おどろ木、ももの木。おれはアシュトン・スツーカ。よろしく」
 エミールは「よろしく」と言い、二人は握手を交わした。

 ドナックス・アベニューにある郵便局の前に停められた白いバンの窓ガラスをノックすると、僅かにガラスが下がってワイズマンの額が見えた。エミールは片手でドアを開け、コーヒーを差し出した。
「保安官、自ら張り込みとはな」
エミールが助手席に腰を下ろすと、ワイズマンが言う。
「いきなり、顔も知らない人と張り込みなんて気が滅入るでしょ?」
 エミールとワイズマンは示し合わせたようにコーヒーを啜った。エミールは制帽のつばを撫で
「気を遣う必要はない。これはテキサスの問題だからな。護送中に腕を折られて、まんまと逃げられるなんて恥以外の何物でもない」
「恥じゃないよ。トラブルはいつだって、誰にだって起こるんだから」
「ピスビーに言ってやるといい。有給休暇を消化できると喜んでいるだろうが」
「嫌いなのかい?」
 首を横に振ったエミールが「悪い奴じゃない。仕事を仕事だと思って真面目にやっている」
「だけど、君はそのことを不満に思っている。ぼくに言わせれば、仕事は仕事だよ。それ以上じゃない」
「命を懸けている」
「ガススタンドの店員も、肉屋も、ヨガのインストラクターも命を懸けているよ。ガススタンドは爆発するかも知れないし、肉屋だって、冷蔵庫にうっかり閉じ込められたりすれば、そのまま牛肉と一緒。ヨガのインストラクターは……」
 ワイズマンは咳払いして悪態をついた。エミールが
「インストラクターは?」と尋ねると、ワイズマンは額を撫で
「ちょっと愚痴らせて欲しい。すぐに忘れてくれると嬉しい。実は……妻がヨガのインストラクターにぞっこんなんだ。毎日のように子供たちを連れて行く始末さ」
「不倫しているのか?」
「そこまでじゃないと思いたいけれど、実際はそうだろうね。頭が痛いよ」
「離婚したほうがいい」
「ぼくは完璧を求めない。妻に完璧な女性として振舞って欲しいわけじゃないし、そもそも、ぼく自身が完璧には程遠いような人間だ。だから……」
「女房が不倫しても許してやるわけか?」
「まぁ、そういうこと。このことを話したのは君が初めてなんだ。だから、誰にも言わないでくれると嬉しい」
 コーヒーを一口飲んだエミールが「すぐに忘れる」と言った。二人はドナックス・アベニューの先にある白いアパートを見た。二階建てで、玄関先というものがない。ただドアがあるだけのおもちゃのようなアパート。電柱よりも高く育ったヤシは電線すれすれ。白んだ太陽が糸のような光線を垂らしている。エミールは制帽を脱ぐと、真っ黒いウェーブがかった髪を一撫でして「長い一日になりそうだ」と言った。エミールは胸ポケットにしまった煙草の紙箱をとり出し、ワイズマンが顔を顰めた。
「煙草は遠慮してもらえるかい?」
「嫌いか?」
「妻が煙草臭くなった服を嫌がるんだ」
「毎日、尻に敷かれて楽しいか?」
「楽しくはないけど、家族ってそういうものでしょ? 我慢しなきゃ。子供たちのためにもね。バーリング、家族は?」
「エミールでいい」
「エミール、家族はいる?」
 手をヒラつかせたエミールが苦笑いを浮かべ
「午前中に二度も同じ質問をされるなんてな」
 ワイズマンはコーヒーを飲み、足を組んだ。エミールが言う。
「ダラスに息子と元女房が住んでいる」
「関係は良好?」
「息子とはな」
「元妻は?」
 大きなため息をついたエミールが
「おれがどうしようもない男で、国境警備局に派遣されてさっさと殉職して欲しいと思っているだろう。そうすれば、リロイの教育資金を用意できる」
「死にたいの?」
「いいや、おれには夢がある」
「どんな夢?」
「テキサス・レンジャーになることだ。親父はいいレンジャーだった。おれにもう少しキャリア、星の数があれば良かったんだが、カークに言わせると、おれは粗暴者らしい」
「君の資料は読んだよ」
「悪口が書かれていたか?」
「本当は内緒だけど〈エルパソで最高の保安官代理〉と書かれていた」
 苦笑いを浮かべたエミールは無精ひげを撫で「カークは冗談が好きなんだ」
「冗談で、そういう資料をファックスしないよ」
「それじゃあ、最高の保安官代理らしく振舞わせてもらおう」
 ワイズマンはハンドルに腕を置き「それがいい。地道なことは大事だから」と言った。

 夕暮れ時まで二人は一言も発さず、ただじっとアパートを見つめていた。時折、郵便車がクラクションを鳴らしながら通り過ぎ、それ以外は目の前の通りを自動車がノロノロと通り過ぎるだけだった。ワイズマンは欠伸を噛み殺し、目を擦る。エミールは胸ポケットに入れた煙草の箱を指で突き、口を開く。
「そこのアパートに住んでいる女はどういう奴なんだ?」
「どうって、美人だよ」
 エミールは喉を鳴らして「質問を変える。なんの仕事をしている?」
「ラングーンが経営しているナイトクラブで働いているよ」
「ボスの愛人に手を出したというわけか」
「結婚していたんだから、認められていたのかも」
「急がないと先を越される。死体をダラスの裁判所に連れて行っても意味がない」
「エミール、彼女は証人保護プログラムの対象になっていない。つまり、下手に動くことはできない」
「サンディエゴの保安官はラングーンとやらに弱みを握られているのか?」
「そういうわけじゃない。ぼく自身、そうすべきだと思う。でも、裁判所の決定を覆すことはできない」
「カリフォルニアの裁判官の目は節穴なのか?」
「彼女は通報した。勇気あることだと思うけれど、それだけなんだ」
「お礼参りするには十分な理由だ」
「そうだね」
「その女は、ずっと家にいるのか?」
「いいや、仕事に行ったりしているよ。家にいるよりも安全だろうから」
「おれたちは繋ぎというわけだ」
「まぁ、そう……不本意だけど」
 二階の部屋のドアが開き、燃え上がるような赤毛をカールさせた女が出て来るのが見えた。深紅のドレスの先は腸内の襞(ひだ)のように揺れている。目をぱちくりさせたワイズマンが
「噂の彼女だよ」と言うと、制帽のつばを撫でたエミールがバンを降りた。ドナックス・アベニューを横切ったエミールは赤毛の女に近付いた。女からはセダーウッドの香りが漂っている。女が
「何?」と言うと、エミールは「送ってやる」と言って女の腕を掴み、そのままバンの後部座席に詰め込んだ。運転席のワイズマンが
「マズイことになる」
「気にするな。危険な目に遭うかも知れない善良な市民を送り届けることは保安官の仕事だ」
「テキサスなら多少は荒っぽくても良いだろうけれど、ここじゃあ、マズイんだ」
 エミールは襟元を指差し「五つ星が泣くぞ。どちらにせよ、こぼれたミルクは元に戻らない」と言い、大きなため息をついたワイズマンがハンドルを切ってアクセルを踏んだ。

 後部座席に座るゼラ・ドミトリクは細長い脚を組みながら不機嫌な顔で煙草を吸っている。ワイズマンは言い訳を考えているような顔でパワーウィンドウを下げた。真っ白い煙と青白い煙、主流煙と副流煙による幽遠の境地。煙を吐き出したドミトリクが言う。
「保安官のワイズマン。それで、あんたは?」
「エミール・バーリングだ」
「服が違う」
「お前の元旦那が起こした事件の後始末をしに来た」
「テキサスの警官ってわけね」
「保安官代理だ」
「どっちでもいい」
 エミールは喉を鳴らし「お前の元旦那が起こしたテキサスでの件で用がある。おれの仲間の腕を折ったことでも」と言うと、ドミトリクは半分ほど吸っただけの煙草を外に投げ捨てた。
「勝手にすれば?」
「そう。だから、勝手にさせてもらった」
「あんたに話すことなんてない」
「おれもない。だが、お前にお礼参りしたくてたまらない奴には言いたいことがある」
「そう」と言ったドミトリクが脚を組みなおした。
 アイリス通りでワイズマンがバンを停止させると、ドミトリクがドアを開けた。エミールは制帽のつばを撫で
「これからフライを捕まえるまでは毎日、送り迎えしてやる」
「私の自由を侵害している。訴えてやる」
「保安官事務所に抗議の電話を入れて構わない。だが、忘れるな。これは善良な市民が危害を加えられないようにするためのものだ」
ドミトリクが「くたばれ」と言ってドアを閉めた。ワイズマンはセダーウッドと煙草の臭いを追い出すためにパワーウィンドウを限界まで下げた。ため息をついたワイズマンが
「マズイことになるよ」
「チマチマするのは性に合わない」
「公権濫用」
「凶悪犯を逮捕するためだ」
「そのために権利が無視されるようなら、この国は崩壊する」
「違う。崩壊させないためだ」
 ワイズマンはハンドルを切り、アクセルを踏み込んだ。

 フロリダ通りのモーテルに歩いてやって来たエミールは、カウンターの奥で雑誌を読んでいた男に向かって「電話を借りたい」と言い、男が肩を竦めた。
「一ドル置いておいてくれ。今、手が離せない」
 エミールはカウンターの下に手を伸ばし、受話器を引っ張り出すとダイヤルを回す。そして、牛革ベルトの腕時計を見た。二〇時ちょうどだった。
─ もしもし?
「エリか? おれだ」
─ この時まで電話の前で待っていたみたい。
「リロイはいるか?」
─ えぇ、いる。昨日、話した通りよ。
 受話器が置かれる重苦しい音が聞こえ、エミールはカウンターを指で突いた。
─ 父さん?
「リロイ、久しぶりだな。元気にしていたか?」
─ うん。
「学校はどうだ?」
─ ……楽しいよ。
「そうか。友だちはどうだ?」
─ そこそこ。
「うまくいっているようで嬉しい。お前はおれの誇りだからな」
─ 父さん、何かあるんでしょ?
「あぁ、そう……日曜日の件だ。すまないが、会うのは今度にして欲しい。仲間がケガをして、その穴埋めをしなくちゃならなくなったんだ。それで、今、カリフォルニアにいる。リロイ、何か欲しいものはないか?」
─ ぼく、馬に乗りたい。
「馬は駄目だ。エリが嫌がる」
─ 母さんはエルパソに行かない。
「まぁ、そうだが……今、近くにエリはいるか?」
─ いないよ。
「そうか。エリは反対しているが、内緒で馬に乗せよう。ベンジーの牧場にいい去勢馬がいるんだ。気性が穏やかだし、乗りやすい」
─ ポニーは嫌だよ。
「あぁ、そう……レニが子供はポニーに乗るものと考えているんだ。ベンジーは違う。警備隊のベンジー。前に会ったことがあるだろう?」
─ うぅん。
「そうだったか。まぁ、いい。ベンジーはいい奴だ。きっと、お前も好きになる。野球も観に行こう。レンジャーズとアストロズ戦。一緒にアーリントンの球場に行こう」
─ ぼく、球技は苦手。
「なら、慣れることからはじめよう。また一緒にキャッチボールをしよう」
─ 母さんが嫌がる。
「エリはおれのことで何か言っているか?」
─ わからず屋って言っている。
「まぁ、そうだ。認める。でも、ろくでなしよりはいい」
─ 父さんはわからず屋じゃないよ。
「日曜日のことは本当にすまないと思っている。必ず埋め合わせをする。だから、信じて欲しい」
─ うん。
「リロイ。それまでいい子にしていてくれ。さぁ、今日はこれぐらいにしよう。歯を磨いて、風呂に入ったらしっかり寝るんだ」
─ わかったよ。父さん。
「それじゃあ、電話を切るが、もう一度言う。お前はおれの誇りだ。物事がいいように転がるように努力する。それまでは待っていてくれ」
 エミールは受話器を置くとダイヤルフォンをカウンターの下に戻した。男が雑誌を膝の上に置いて恨めしい顔をすると、エミールはさらに一ドル置いた。


作家、ジャズピアニスト、画家。同人誌サークル「ロクス・ソルス」主催者。代表作『暈』『コロナの時代の愛』など。『☆』は人格OverDrive誌上での連載完結後、一部で熱狂的な支持を得た。

連載目次


  1. 星条旗
  2. テキサス人
  3. 保釈保証書不要につき
  4. バロース社製電動タイプ前にて
  5. アスク・ミー・ナウ
  6. ユートピアを求めて
  7. ヴェクサシオン
  8. フィジカル
  9. バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅡ
  10. ジェリーとルーシー
  11. プレイヤー・レコード
  12. イースタン・タウンシップから遠く離れて
  13. エル・マニフィカ ~仮面の記憶
  14. バロース社製電動タイプの前で ~テイクⅢ
  15. 炸裂する蛾、網を張る蜘蛛
  16. 窓の未来
  17. セックス・アフター・シガレット
  18. バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅣ
  19. アタリ
  20. 小カンタベリー、五人の愉快な火かき棒
  21. 回遊する熱的死
  22. 顔のないリヴ・リンデランド
  23. 有情無情の歌
  24. ローラースケーティング・ワルツ
  25. 永久機関
  26. エル・リオ・エテルノ
  27. バトル・オブ・ニンジャ
  28. 負け犬の木の下で
  29. バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅤ
  30. エアメール・スペシャル
  31. チープ・トーク
  32. ローリング・ランドロマット
  33. 明暗法
  34. オニカマス
  35. エル・マニフィカ ~憂鬱な仮面
  36. ニンジャ! 光を掴め
  37. バスを待ちながら
  38. チープ・トーク ~テイクⅡ
  39. ブルックリンは眠らない
  40. しこり
  41. ペーパーナイフの切れ味
  42. 緑の取引
  43. 天使の分け前
  44. あなたがここにいてほしい
  45. 発火点
  46. プリズム大行進
  47. ソムニフェルムの目覚め
  48. テイク・ミー・ホーム
  49. オン・ザ・コーナー ~劇殺! レスリングVSニンジャ・カラテ
  50. 血の結紮(けっさつ)
  51. 運命の交差点
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