バラクーダ・スカイ

第4話: バロース社製電動タイプ前にて

Avatar photo書いた人: イシュマエル・ノヴォーク, 投稿日時: 2022.12.12

崖の上に建つ、ビーチを一望できる豪邸。大きなガラス窓は開け放たれ、潮風に揺られたカーテンがひらめく。毎晩の乱痴気騒ぎ、カフェイン、アンフェタミン、コカイン、惰性のセックス。夜毎漂う享楽の粒子は暖炉の上に飾られたゴールド・ディスクを曇らせている。大きなソファに腰掛けているリッキー・デリーロは、かつて自分を輝かせた主演映画『悪党をやっつけろ』のビデオを観ている。画面の中の彼は今よりも痩せていて、髪の毛も多い。端正な顔立ちをした若き日のデリーロはドイツの潜水艦に立ち向かう若い水兵を演じている。潜水艦が魚雷を発射すると、グレゴリー・ペックに似せた演技のオットー・ジマーが大声で「総員、衝撃に備えろ」と叫んだ。しかし、ご都合主義が黒いモビーディックを不発弾に変える。ソファでくつろぐデリーロは手を叩きながら大笑い。オットー・ジマーが演じたマイク・ギャラクシー艦長は大らかで型破りな男なので文学的な所作は無視される。無知、無謀さが銀河的な調和を物語に吹き込んでいる。いつの間にか甲板に移動したデリーロの前髪から海水が滴り落ち、カメラに向かってウィンク。そして歌い出す。甘いストリングスの音色はメロトロンだが中々に荘厳な響きである。作曲家のシェイマス・ローダンが南カリフォルニア大学でアーノルド・ショーンバーグから学んだものは、このような書法ではないものの、フランクリン・ルーズベルトの肖像は黒いモビーディックよりも意地が悪い。アントン・ウェーベルン以来の天才と称されたローダンが特殊奏法や念入りに操作された音色、跳躍する旋律を活用することができるのは三文映画の中だけ。
 デリーロの豪邸の前に旧式ビュイックが停まる。光沢のある黒い車体。運転席の男はダッシュボードからソニー製のカセットウォークマンをとり出してイヤホンを耳にいれる。そして、再生ボタンを押し、グスタフ・マーラーの交響曲が流れ出す。男はバックミラーを覗き、衣服に乱れがないか確認する。この男にとって、仕事の際にネクタイが曲がっていることは一大事なのだ。男は革靴を覆うようにビニール袋を履き、医療用手袋をはめるとエンジンをかけたままビュイックを降りた。男は堂々と玄関に向かった。その様子はデリーロよりも家主然としたものなので不審者には見えない。もっとも、一夏を過ごすための別荘が点在するだけの一画を深夜に訪れる者は稀なので心配ご無用。揺らめくカーテン。心地よい潮風。多重録音されてエコーがかった足音。ぼんやり灯る外灯は蜃気楼のように霞んで見える。画面の中のデリーロが海面を指差し「さぁ、〈ハリネズミ〉の出番だ」と叫ぶ。Xの幾何学に基づく弾体が発射され、海面が屹立する。海水を浴びたデリーロがゴリラのように胸を叩く。海面が手招きする。画面の前でソファに腰掛けるデリーロは興奮した顔で在りし日の自分自身を過剰に褒め称える。消音器つきの自動拳銃によるカーテン・コール。ブラウン管に血がこびりつく。

 タイプライターから吐き出された紙を引き千切ったジェイクは灰皿に寝かしつけたマリファナを口にくわえて火を点けた。ジェイクが首を回すと、煙はソレノイド状に巻き上げられていく。ソレノイドが内部に可電鉄芯を設置して電流を流すことで電磁力を得るように、路傍に生える刃状の草がウォルト・ホイットマンに粗野で好色な〈おれ〉を創造させたように、乾燥した草の塊がジェイクに穏やかな刺激を与える。脳内は直流(AC)と交流(DC)。オーストラリア出身のアンガス・ヤングが半ズボンにブレザー姿のスクールボーイ・スタイルで天然パーマを振り回しながらダック・ウォークするように、ジェイクの脳内ではカンナビノイドとテトラヒドロカンナビノールがロールする。手を伸ばしたジェイクがAT&T社工業デザイナー、ヘンリー・ドレフュスが設計した受話器を握る。ポリオキシベンジルメチレングリコールアンハイドライド。一般名と呼ぶには長ったらしいフェノールとホルムアルデヒドを原料とする熱硬化性樹脂、ベークライトが塗られた黒電話。ジェイクがダイヤルを回す。


作家、ジャズピアニスト、画家。同人誌サークル「ロクス・ソルス」主催者。代表作『暈』『コロナの時代の愛』など。『☆』は人格OverDrive誌上での連載完結後、一部で熱狂的な支持を得た。

連載目次


  1. 星条旗
  2. テキサス人
  3. 保釈保証書不要につき
  4. バロース社製電動タイプ前にて
  5. アスク・ミー・ナウ
  6. ユートピアを求めて
  7. ヴェクサシオン
  8. フィジカル
  9. バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅡ
  10. ジェリーとルーシー
  11. プレイヤー・レコード
  12. イースタン・タウンシップから遠く離れて
  13. エル・マニフィカ ~仮面の記憶
  14. バロース社製電動タイプの前で ~テイクⅢ
  15. 炸裂する蛾、網を張る蜘蛛
  16. 窓の未来
  17. セックス・アフター・シガレット
  18. バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅣ
  19. アタリ
  20. 小カンタベリー、五人の愉快な火かき棒
  21. 回遊する熱的死
  22. 顔のないリヴ・リンデランド
  23. 有情無情の歌
  24. ローラースケーティング・ワルツ
  25. 永久機関
  26. エル・リオ・エテルノ
  27. バトル・オブ・ニンジャ
  28. 負け犬の木の下で
  29. バロース社製電動タイプ前にて ~テイクⅤ
  30. エアメール・スペシャル
  31. チープ・トーク
  32. ローリング・ランドロマット
  33. 明暗法
  34. オニカマス
  35. エル・マニフィカ ~憂鬱な仮面
  36. ニンジャ! 光を掴め
  37. バスを待ちながら
  38. チープ・トーク ~テイクⅡ
  39. ブルックリンは眠らない
  40. しこり
  41. ペーパーナイフの切れ味
  42. 緑の取引
  43. 天使の分け前
  44. あなたがここにいてほしい
  45. 発火点
  46. プリズム大行進
  47. ソムニフェルムの目覚め
  48. テイク・ミー・ホーム
  49. オン・ザ・コーナー ~劇殺! レスリングVSニンジャ・カラテ
  50. 血の結紮(けっさつ)
  51. 運命の交差点
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