D.I.Y.出版日誌

連載第343回: 改段落を試す

アバター画像書いた人: 杜 昌彦
2022.
10.31Mon

改段落を試す

もう五年くらい頭のなかに居座っている話をいいかげん追い出したいのだけれど鬱でどうにもならない十日くらい休みがあれば書き出せるんだけどなせめて五日書けない代わりにサイトを弄っている最近はそればかりだ

 わけもわからずただコピペするだけだった PHP はすこしずつ自力で書けるようになってきた十年前までデジタルデバイドの最底辺だったおれにしてみればたいへんな進歩なのだけれど別にそれで収入が上がるわけでもない仕事にできる水準でもなければ本が売れるわけでもないわからなかった問題が解決したときはうれしいし日本でいちばん組版にこだわったサイトだという自負もあるでもそれはうまく機能すればするほどだれも気づかないという性質のものでけっして評価されることはないおれは自己愛者ではないので客観的に認められないものに価値をみいだすことはできない

 作家の能力とは単に書かれたものだけじゃなくコミュニケーションまでをも含めてだと最近ようやく実感しているむしろ他人や世間とうまくやることが九割でおれにはそれがないだから職業作家になれなかった

 若い頃はどうにもならない制約のもとで書いていた両親は息子が外の世界にすこしでも近づこうとすると暴れた就職のしようもなく無駄なあがきが書くことだったコミュニケーションの手段が断たれていたにもかかわらずいやだからこそ書こうとしたそこに矛盾と甘えがあった破綻していた狂人の家庭に生まれ社会の理屈がわからなかった

 編集者の側にしてみれば書きたいというから仕事をやろうとしたらまともに連絡がとれない相手のしていることが見通せず仕事の段取りが組めない組めない予定はなりたたない状況がすっかり変わった頃になって需要に合わない完成品がいきなり送りつけられてくる作家志望者には作品が全世界だろうが編集者にはそうではない大きな会社だ山ほど仕事をかかえている合わせるつもりがない社外の人間とは組みようがない仕事をしたいのかしたくないのかどっちだよって話になる

 仕事にかぎらないどうなるかわからない都合にいくらでも合わせてくれるのを当然のように期待するのは虫がよすぎる最低限の礼儀だろう

 たとえていうならこんな話だいっしょに遊園地に行こうよと誘われるいつにする? と訊いたらうんそのうちいつか決まったら連絡するよと曖昧な返事この時点でとまどうけれどその後なんの音沙汰もなければさすがになかったものとあきらめて別の予定を入れるあるいは別のひとと遊びに行くそれで数ヶ月後にいきなりあした空いたよさあ行こうといわれても⋯⋯ひとには事情ってもんがあるんだよ生活を優先しなきゃならないんだと逆ギレされたところでそりゃそうだろうし察するけれどこっちとの関係が大切じゃないなんて面と向かっていえちゃうのかよとがっかりする

 しかも若き日のおれの場合友人と遊びの約束をするのとは違った関係が対等ではない社会的になんの価値もないおれのほうが相手の都合に合わせるのが筋だった

 どうにもならない事情で働けないという現実をあたかも人間性の問題であるかのように切り棄てられるのは心情的には納得いかないことにあの頃のおれのような境遇では状況や進捗を相談しようにもその手段がなく相談したところで理解されない現実はたしかにあったみんな違ってみんないいでもだれしも許された冗長性の範囲内でしか動けない差違を吸収するコストはだれかが負わねばならない自分は負わないあなたが負えと理解を求められても限度があるしその限度を見極めるのも仕事のうちだ営利企業のいち社員であればなおさらだ

 働きたいというので雇ってやろうとしたらそれきり音信不通になりずっとあとになって事情があって働けないんですといわれてもあんたいったい何がしたいんだよとなるいいものを書いたのになぜ仕事として認められなかったろうとずっと悩んできたけれどそういうことだったのだどんな事情があろうがそれがすべてだった

 おれは環境にも遺伝にも障害がある他人や社会とうまくやることができないなのにいま大勢の他人を巻き込んでいる動機はただ単にそのひとたちの文章を読みたいからだなるべくなら美しい表示で読みたいものを読みたいように読むためにはただ待っていても天から降ってきやしない自分で動くしかないそれはそうなのだが結果として優先すべき生活を抱えた他人をこちらの都合でふりまわしている書き手と編集者の立場こそ逆転しているものの若き日の過ちとどう違うというのかそのことに忸怩たる思いはあるし自分の価値を高めるには他人を巻き込むしかないんだな⋯⋯との苦い学びもある

  2015 年前後にやったこともそうだったあれも目的としてはいいものが読める出版手法を確立したいというだけだったのだけれど巻き込んだ他人に言及されることでおれの本がすこしは売れたりしたでもやり方がまずくて反感を招き協力してくれたひとたちまで危険に晒しかねなくなったそれでサイトを閉じたり筆名を変えたりして再出発したあのときに受けた脅迫やいやがらせを説明してもだれも信じない

 評価とは世渡りの結果だどんなものを書こうが認められなければ価値はない今回はあの頃よりはうまくやっていると思う反面憎まれてもいないが本が売れてもいないPHP がほんのわずか書けるようになっただけだあの頃の自分が知ったらどう思うだろう


(1975年6月18日 - )著者、出版者。喜劇的かつダークな作風で知られる。2010年から活動。2013年日本電子出版協会(JEPA)主催のセミナーにて「注目の『セルフ パブリッシング狂』10人」に選ばれる。2016年、総勢20名以上の協力を得てブラッシュアップした『血と言葉』(旧題:『悪魔とドライヴ』)が話題となる。その後、筆名を改め現在に至る。代表作に『ぼっちの帝国』『GONZO』など。独立出版レーベル「人格OverDrive」主宰。